第43話 精神的要素
「なるほどな。そういうことか」
マリウスの話を聞き終えた俺は、闘技場の壁に寄りかかって立ちながら、何度か頷いた。
この訓練の期間、どうも俺の思考は、やれ魔力量だやれ魔法の精度だと技術的理論的な部分にばかり偏っていた気がする。
でも考えてみれば、原作でマリウスの能力が覚醒したのは、窮地に陥ったエミーリアを助けようとした時だった。
もちろん、魔力や魔法の技術といった基礎がなければ、【魔剣の王】を制御するという覚醒段階には至らない。
でもそういった技術的なことだけでは不十分で、覚醒には精神的な要素も必要だったのだ。
原作のマリウスにとって、不安な学校生活のスタートを手助けしてくれたエミーリアが窮地に陥る。
この世界のマリウスにとって、不安な学校生活のスタートをイレギュラーながら手助けすることとなった俺が上級生に馬鹿にされる。
完全に一緒とまでは言えないものの、状況が似てはいる。
今日までの訓練で十分すぎるほど固められた基礎の上に、マリウスが持つピンチをチャンスに変える気質、仲間のために大きな力を発揮できる気質が重なり、覚醒へと至ったわけだ。
その“仲間”が、本来のヒロインであるエミーリアじゃなくて、悪役の俺だったのは原作改変もいいところだけどね。
俺の隣で、同じく壁によりかかりながらしゃがみ込んだマリウスは、その純真な瞳でこちらを見上げて言う。
「アルガくんの言った通り、まだまだスタートラインだもんね。これからもっと強くなれるように頑張るよ。だから、その……」
少しの間の後、マリウスはいつもより細い声で俺の態度をうかがうように尋ねた。
「対抗戦が終わっても、僕の訓練に付き合ってくれるかな?」
なるほど。
俺がマリウスを鍛え始めたのは、確かに対抗戦で良い成績を収めるためという名目だった。
だから彼は、その対抗戦が終わってしまえば、この訓練の時間も終わってしまうのではないかとちょっと不安になったのだ。
でも俺が、主人公の成長具合を定期的に確認できるこの状況を手放すわけがない。
そういった意味では、逆にエミーリアがマリウスと組まなかったことが好都合に働いているかもね。
「存分に鍛えてやる。まあ、今までのように毎日というわけにはいかないかもしれないがな」
俺は俺で、他にもやるべきことがあるし、マリウスはマリウスでこなしてもらわないといけないイベントがいくつもある。
ずっと主人公を悪役が独占しとくわけにはいかない。
今回のように、俺がその場にいない成長のきっかけに繋がることもあるし。
「ありがとう、いつか絶対にアルガくんのことを超えてみせるよ」
「ふん」
憧れとやる気に満ちた目で俺を見つめるマリウス。
正直、いきなりここまで主人公の好感度をあげるつもりはなかったんだけどな。
まあいっか、悪いことじゃないし。
時刻は夕暮れ時。
沈みかけた太陽の灯が、空も雲も真っ赤に染め上げている。
そんな空の下で、覚醒した主人公と悪役が二人。
いつか悪役を超えんとする主人公は、太陽に負けぬほど熱い炎を密かに心の中に宿している。
……なんかめっちゃ良いシーンみたいになってない!?
いやー、俺のポジションがエミーリアだったら、なお絵になってたんだろうな。
まあ、自分で言うのもあれだけどアルガは結構イケメンだし、マリウスは主人公なのだから当然ビジュがいいし、これはこれで悪くない画なんだけど。
「ひとまずは明日の対抗戦だ」
俺の言葉に、マリウスはぎゅっと拳を握りしめて答える。
「そうだよね。第二ステージに進めるように頑張らないと」
「そう気負うな。今の俺たちなら、第一ステージの突破は容易い。ペーパーテストの問題は覚えているな?」
「うん。ばっちり暗記したよ」
「なら問題はない。ひとまず今日は、互いに身体を休めるとしよ……」
俺の言葉が終わらないうちに、闘技場の扉を誰かが開ける。
そして入ってきたのは、大人の余裕を感じさせる微笑みを浮かべたラウラだった。
この表情をしてるってことは、今は『血薔薇』モードだ。
「どうかしたか?」
「別に用ってわけじゃないわ。すごい量の魔力を感じたから、ちょっと様子を見に来ただけ。……その子が、マリウスかしら?」
「は、はい。マリウスです」
返事をしたマリウスはラウラを前にして、身体を硬直させる。
それは露出高めなラウラのナイスバディに見惚れてしまったから……ではない。
本能的に、彼女がただ者ではないことを感じ取ったのだ。
現在、俺の屋敷と学校と王都フェルンハイムというマリウスの行動範囲の中で、純粋な戦闘能力が最も高いのは間違いなくこのラウラ。
正直、俺も彼女と戦えば、絶対負けるとは言わないが絶対勝てるとも言えない。
だから絶対に死にたくない俺は、絶対に今の時点で彼女と戦いたくはない。
絶対絶対うるさいけども。
「マリウスの名前を知っていたのか」
「ええ。フローラちゃんから聞いたわ」
「そうか。フローラは一度、マリウスと会っていたな。マリウス、彼女はラウラという。この屋敷の住人だが……彼女がここにいることは極秘だ。決して口外するな」
「ラウラさん……分かった。誰にも言わないよ」
マリウスは基本的に、義理堅く約束を守る男だ。
今の彼の俺に対する信頼度なら、ラウラの話を外に漏らしたりはしないと確信できる。
「でも、マリウスくんの名前はもっと前にも聞いたことがあったわ」
「誰からだ?」
「『運命』よ」
「……やはりか」
想像通りの異名に、俺は渋い表情を浮かべた。
一方のマリウスは、なんのこっちゃ分からない様子で首を傾げる。
『運命』についての話も、マリウスにはおってしないといけないかもな。
今すぐにというわけではないけど。
「私は、『運命』がマリウスという名前を口にしているのをすれ違いざまに聞いただけだから、深いことは知らないわ。でも彼がこの場にいるってことは……アルガ、あなたは本当に『運命』に抗うつもりなのね」
「そうだ」
「ふふっ。それはいつか、面白い戦いを味わえそう」
薔薇の強い香りを身に纏う彼女は、本当のご馳走を前にしたかのように紅く長い舌を出して微笑む。
それからマリウスに言った。
「あなたもいつか、私と楽しい戦いができるくらい強くなってれるのを待っているわ」
「え、えっと、はい……?」
終始戸惑い気味のマリウスの額を、ラウラは右手の人差し指でからかうように軽く押す。
そして彼女は、踵を返して闘技場を出ていった。
何しに来たんだよ。
まあ、俺が先ほど爆発させた魔力が気になって見に来たってただそれだけなんだろうけど。
「なんか……すごい人だったね……。貴族家の屋敷は、やっぱりいろんな人がいるんだ……」
「あれはかなり特殊だ。あまりラウラを基準に物事を考えない方がいい」
ぽかんとした表情のマリウスに、俺は半ば呆れながらそう語り掛けたのだった。
※ ※ ※ ※
時を同じくしてヴァルエ王立魔法学校。
学校長バーデンの部屋へ、エレオノーレがやってきていた。
マリウスのせいで怒られている……のではない。
ただ用件はそのマリウスのことだ。
「【魔剣の王】を制御した……間違いないのだな?」
「間違いねえっすよ。あれは完全に覚醒してる」
エレオノーレは、マリウスが深淵魔法を扱えるようになったらすぐに報告に来るようにと、バーデンに言いつけられていた。
そして、上級生に絡まれたマリウスが深淵魔法を制御したのを確認した彼女は、言われた通り報告に来たのだ。
「想定より随分と早いな。何があった?」
原作でマリウスが深淵魔法を制御できるようになった際も、バーデンは同様に“想定より早い”と口にしている。
でも今回は、二日間の差とはいえバーデンの想定を原作以上に上回ってきたのだ。
眉間にしわを寄せて険しい目つきをする学校長に、エレオノーレは淡々と答える。
「詳しいことは何も分かっちゃないけど、ひとつだけ。マリウスはこのところ、アルガ・キルシュライトとだいぶ仲良くしてて、対抗戦も二人でコンビを組んでるっすよ」
「アルガ・キルシュライトか……」
バーデンは立ち上がると、エレオノーレに背を向け部屋の窓から夕暮れ時の空を見上げて呟いた。
「善に転ぶか、はたまた悪に転ぶか……」
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