第36話 ドーピング

「問題点は極めて単純だ」


 徐々にポーションが効いて回復してきたマリウスを前に、俺は右手のひらに魔力を浮かべつつ話す。

 それを、マリウスは真剣な表情で聞いている。


「【魔剣の王】によって作り出された魔剣は、まるで剣そのものが意志を持っているかのように、術者の魔力を渇望する。言ってみれば、お前は自分で作り出した魔剣に魔力を奪われているわけだ」

「うん。そこさえ制御できるようになれば、僕の深淵魔法も使える深淵魔法になるよね」

「そのための方法はいくつかある。ただ今回は、魔法の精度うんぬんよりも、もっと根本的なところに視点を置く」

「根本的なところ?」

「お前自身の魔力量だ」


 人間の魔力の器に限界値があるように、魔剣にも持てる魔力の限界がある。

 現時点では、その魔剣の魔力の限界値がマリウスの魔力量を上回っているために、すっからかんになるまで魔力を吸われかねない状況に陥っているのだ。


 これがまあ厄介な話で、マリウスって今の時点でも魔剣を作り出す部分における術式構築の精度はかなり高いんだよね。

 それゆえに、自分の魔力量よりも高い限界値を持つ魔剣を作れてしまうのだ。

 ただそれを活かすためのエネルギーが足りていない。

 完全に同じとは言えなくとも、近しいイメージとしては、超高性能の車を持っているのにそれを走らせるためのガソリンが入っていないような状態。

 であれば、ガソリンを供給してあげればいい。


「ひとくちに魔力量を増やすと言っても、これもまた手段は様々だ。ただ大抵の場合、魔力を増やすというのは大きく二つのパターンに分けられる。これくらいは分かるな?」


 段々、魔法の教師になって講義をしているような気分になってきたよ。

 ただこれも、口調とかはいろいろ違えど、エミーリアがやるはずだったことをなぞっているだけなんだよね。

 コンビを組んだマリウスが深淵魔法を使えないと知った原作のエミーリアも、俺と同じように講義じみた感じで解決策への道筋を示していた。

 メタ的な思考をすると、ここにはゲームプレイヤーにある程度の魔法の理論的なものを示す役割も持つイベントだったのかもしれない。

 そして優秀な生徒マリウスくんは、俺の質問に見事に正解で返してくる。


「魔力量を増やすパターンは……今ある器の中で使える魔力量を増やすか、あるいは器そのものを大きくするか、だよね?」

「その通りだ。今からお前には、今ある器の中で魔力量を増やす方の訓練をしてもらう」


 ぶっちゃけ、体内に持てる魔力の限界値を例えば百とした時に、実際に百の魔力を有している人間などほとんどいない。

 ほぼすべての人間が、魔力量に関して、限界値に対する伸びしろを残していると言われている。

 それはマリウスも例外ではない。

 彼の伸びしろの部分を伸ばしてあげれば、ひとまず対抗戦までに魔剣の制御はできるようになるはずだ。


 ただ当の本人は、どことなく不安そうな顔をしていた。

 それもそのはず、マリウスだって、魔力を増やすことが解決につながることくらいは分かっているのだ。

 当然、そのための努力を彼は積んできた。

 しかし今一歩、必要とされるレベルには達していない上に、対抗戦までそんなに時間がない。

 不安になるのも無理はないね。

 でもこっちには、ちゃんと秘策がある。


「魔力を増やすのに一番基本的とされている方法は分かるな?」

「えっと、魔力は筋力と似たようなものとされてるから、使うことで強くなるね」

「やることは、その基本とあまり変わらない。ただ少しばかり、ドーピングをする」

「ドーピング?」


 首をかしげるマリウス。

 俺はおもむろに、懐から小瓶を取り出した。

 その中には、怪しげな液体が入っている。


「あの……アルガくん……それは……?」


 明らかにやばそうな液体を見て、マリウスの不安の色が濃くなった。


「お前を高みへ導く魔法の薬だ。一時的にお前の魔力を高めてくれる」


 もったいつけて言ったけど、何を隠そうこの瓶の中身は瞬間魔力増強ポーションである。

 魔国ブフードが開発したあれだ。

 例のアルバン事件の時に、ナディアや盗賊たちからこのポーションを没収していたのである。

 メディの研究用に使われて無くなったものもあったけど、いくつかはまだ残っていた。


 マリウスの潜在能力を考えれば、この瞬間魔力増強ポーションを飲んでも副作用により器が決壊しない者――いわゆる適応者の素質は十二分に持っている。

 瞬間魔力増強ポーションを飲んで、あらかじめ一時的に魔力を増やした状態で訓練に臨むことにより、得られる効果が段違いに向上するというわけだ。


「やることはシンプルだ。これを飲んだ状態で、とにかく魔力を消費してもらう。ただじっと魔力を放出しても良いが、せっかくだから一般魔法の鍛錬も兼ねて魔法を使いまくれ」

「魔力切れを起こしたら、またそのポーションを飲んで復活して訓練……って感じかな?」

「察しがいいな。ただこのポーションの数にも限りがある上、そう一日に何度も摂取することは推奨できない。初めは様子を見ながらやっていく」

「分かった。とにかく今は、アルガくんの言うとおりにやってみるよ」


 先ほど消費した魔力もほぼほぼ回復したところで、覚悟を決めたマリウスは、俺の手から瞬間魔力増強ポーションの入った瓶を受け取る。

 栓を開けると、彼は一気にそれを飲み干した。


 ――これでもまだ限界値には程遠い……。やっぱり主人公たる者の潜在能力はすごいね。


 爆発的に魔力が増加したマリウスを見て、俺は心の中でそう呟く。

 当の本人は、これまでに経験したことのない力を手にして、驚きながら自分の手を見つめた。


「勘違いするな、それは一時的な力に過ぎない」

「うん、分かってる。でもこれって、僕にはこれぐらいの魔力を宿せるだけの器があるってことだよね?」

「そうだ。ポーションに頼らずとも、これくらいはできるようになれ」


 物は試しと、マリウスは一気に魔力を解放する。

 彼の周りの空気が震え、一歩も動いていないにもかかわらず辺りの地面から砂埃が舞った。

 仮初めとはいえ力を手に入れたことで、マリウスの顔には思わず笑みが広がる。

 そんな彼の前に立つと、俺は自分も魔力を解放した。


「さあ、どんどん撃ってこい。ただ闇雲に魔法を撃つのではつまらんだろう」

「いいの? 今の僕、相当強いよ?」

「俺を誰だと思っている」


 やる気に満ち溢れた笑顔を浮かべるマリウス。

 つられて俺も、不敵な笑みを浮かべる。

 そして闘技場の中央で、二人の魔力が激しくぶつかった。




 ※ ※ ※ ※




 およそ二十分後。

 無傷で平然と立っている俺に対し、ところどころ軽い傷を負ったマリウスは、大の字であおむけになって倒れ込んでいた。


 ――思ったより強かったな。


 魔力切れで動けないマリウスを見ながら、俺は少しばかり彼の評価を改める。

 瞬間魔力増強ポーションを使ったマリウスの戦闘能力は、俺が予想していたそれを上回ってきた。

 原作では、マリウスがこのポーションに手を出すシーンはなかったから、これはひとつ貴重なデータが取れたかもしれない。


「悔しいなぁ……」


 寝転がったまま、マリウスは唇を噛み締めて言った。


「一撃くらいは、アルガくんに届けられると思ったんだけどね。全然及ばなかったよ」

「当然だ」

「ははは。アルガくんは自信たっぷりですごいよ。それにちゃんと強いし」

「お世辞はいいから、まずは回復ポーションを飲め。今日の訓練はまだ終わりじゃない」

「うん、そうだね」


 マリウスは俺から回復ポーションを受け取り、それを何とか補給し始める。

 そして身体を休めながら、再び話を続けた。


「僕、本当に不安だったんだよ。周りはみんな貴族の子たちばっかりだし、学校では平等と言われてたって、やっぱり多少は白い目で見られたし。だからアルガくんが声をかけてくれた時、本当に嬉しかったんだ」


 そういえば、初めて会話した時もそんなことを言ってたっけ。

 まあ、マリウスの状況を考えれば、その心情を察するのはそう難しいことじゃない。


「未だに、どうしてアルガくんは僕のことを誘ってくれたんだろうって思うことがあるよ」

「言ったはずだ。お前と組むのが最適解だと判断したまで。全ては俺のためだ」

「そういえばそうだったね」


 そう、俺は根本的にマリウスとは違うんだ。

 アルガ・キルシュライトという“キャラクター”を抜きにした俺という人間と、主人公マリウスという“キャラクター”は真逆なんだ。

 俺の行動理念は、とにかく自分が生き延びること。

 あんなセリフを吐けるマリウスみたいに、立派なキャラクターでも人間でもない。


“僕の大好きな人たちが幸せに暮らすためなら、この命を投げ打ったって構わない。”


 原作のとあるシーンでマリウスが放ったセリフが、そっくりそのまま彼の声で脳内再生される。

 俺はそれを振り払うように、頭を何度か振ったのだった。

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