第24話 入学式前の教室

 フローラやエルザとのティータイム、そして転移門の設置を経て本編が始まる前最後の一日が終わった。

 そして夜が明け、いよいよ始まりの一日がやってくる。


 ――大丈夫。シミュレーションは完璧だ。


 ヴァルエ王立魔法学校へ向かう道を歩きながら、俺は頭の中を整理していた。

 今日から“本編”が始まる。

 ゲーム内で繰り返し見たいろいろなイベントが発生して、その分たくさんの破滅フラグが降りかかってくるわけだ。

 キルシュライト家を建て直したことで、リスクが多少は軽減されたとはいえ、ここで気を抜いてしまったら何の意味もない。

 もちろん、アルガ独自の破滅フラグで俺が死ぬ場合もあるけど、この世界が何かしらのバッドエンドルートを辿って滅びたりすれば、それはそれで破滅に至ってしまうのだ。

 フラグにしたってストーリーにしたって、壊滅させないといけないものはたくさんあるよ、本当に。


「お兄様、見えてきましたね」


 隣を歩くフローラが、目の前に見えてきた豪華な造りの門を指し示す。

 俺は黙って頷きながら、心の中では感動の嵐を吹き荒れさせていた。


 ――うおおおおお……! 本物のヴァルエ王立魔法学校だあああああ……!


 この場所は、はじまりの場所であり『無限の運命』にとって非常に重要なスポット。

 それだけに、ゲームプレイヤーの俺としてはかなり思い入れが深い。

 正直に言えば、今すぐにでも『本物のヴァルエ王立魔法学校だよ! ワクワク大探検ツアー』を開催したいところだけど、まあそうもいかないよね。


「ではお兄様、私たちは先に会場の方へと向かっておきます。何だか私まで緊張してきました」

「そう大したことではない。ただの行事のひとつに過ぎない」


“ただの行事のひとつに過ぎない”なんて心にもないことを言って、俺はフローラたちと別れる。

 新入生はひとまず自分の教室へ行き、そこからクラスごとに入学式の会場となるホールへ移動するのだ。

 原作『無限の運命』の物語が始まるのは、主人公であるマリウスが入学式で学校長の話を聞いているシーンから。

 つまりそこまでは、特にストーリーに関連するイベントは起こらない。


「おい……あれがキルシュライト家のアルガだぞ……」

「俺、“五星”って生で見るの初めてだ……」

「うわ、確かに偉そうな顔してやがるぜ」

「でもキルシュライト家って、やばい状況だったんじゃないのか? アルガが当主になってから、急に回復したって聞いたぞ」

「いや、すごいのはアルガじゃなくて妹のフローラだって噂だぞ」


 モブキャラたちがこそこそ話しているのが聞こえてくるけど、まあ気にしない。

 それにしても、入学式の日とはいえ、ひとりで行動している新入生はやっぱり少ないな。

 貴族家同士には、それぞれに様々な関係性があるため、友人だったり取り巻きだったり関係性はいろいろあるにしろ、割と集団で行動している生徒が多いのだ。

 でも俺は、あんまりそういう繋がりとかないからね。

 一応、“五星”キルシュライト家一派的な貴族家の繋がりはあるけど、親しい同い年の貴族なんてのはいない。

 今回の新入生でいえば、きちんと話したことがあるのはそれこそビアンカくらいのものだ。


 ――一年生になったら~友達百人……できるわけないな、だって俺、アルガ・キルシュライトだもん。


 少しはくだらないことを考える余裕も保ちつつ、俺はひとりで歩いていく。

 そしていよいよ、教室の扉の前までやってきた。

 入学前の適性検査の結果によって、新入生は六つのクラスに振り分けられる。

 優秀な順にS、A、B、C、D、Eクラスがあり、半年に一回行われる大きなテストの成績によって、上のクラスに昇格できることもあれば、下のクラスに落ちてしまうこともある。

 さすがにアルガほどの才能の持ち主ともなれば、最初はSクラスからのスタートだ。

 原作では、怠惰ゆえに降格となり、それに納得がいかず降格した先のクラスで威張り散らかしてクラスメイトにボコボコにされる……なんて展開もあったけど、それは俺がちゃんと努力すればいいわけで、比較的簡単に壊せる破滅ルートといえる。


 ――よし、開けるぞ。


 俺は小さく息を吐いて、教室の扉を押し開けた。

 一瞬、中にいた全員の視線がこちらを向く。

 しかし俺は気にする素振りを見せずに、座席表を確認して自分の席へ向かった。

 すると徐々に、俺が入ってきたことで止まった会話が再開される。


 教室へ来るまでに、他のクラスの教室の前も通ったが、このSクラスだけはどことなく妙な雰囲気が流れていた。


 ぱっと見れば、その原因は明らか。

 ひとつは、教室の中央列最後方の席で、凛とした良い姿勢を保ちながら全体の様子を眺めている王女エミーリアだ。

 魔法学校の中では、王族だろうと貴族だろうと一生徒として平等に扱うという決まりがあるとはいえ、やはりそうはいかないものである。

 ここにいる貴族の子供たちは、下手に自分が上位の人間の機嫌を損ねれば、それが家を没落させるきっかけになりかねないとよく分かっている。

 だからエミーリアに対しても、どう接するべきか一旦は様子見をしようというところに落ち着いているのだ。


 ――いや、それにしても本物のエミーリアだぁ……。


 俺の席は教室の窓側最後尾。

 だからちらりと視線を横にやるだけで、王女の姿を捉えることができる。

 その圧倒的に美しいキャラデザインと王女という立場から、王道のヒロインとして人気キャラランキングでも上位の常連だったエミーリア。

 生で見るとやっぱりとんでもなく美しい。

 というか、これはゲーム世界に転生しているから当たり前なんだけど、みんな顔面偏差値が高すぎるんだよな。

 自分で言うのも変だけど、このアルガの顔立ちもなかなかに整っているし。


 そしてもうひとつの妙な雰囲気の原因は、俺が唯一話したことのあるクラスメイトであるビアンカだ。

“五星”、しかも直近でいろいろとゴタゴタのあったいわくつきの“五星”ということで、これもまたみんなどのように接するべきか迷いどころなのである。


 それは当然、同じく“五星”である俺に対しても同じ。

 おまけに俺の場合は、傲慢で怠惰でろくでもない奴というイメージがまだ残っているため、当たり前のように誰ひとりとして話しかけてこない。


 そして、そんな何とも言えない空気を加速させる人物がさらに一名。

 扉を開けて、様子を見るように首を左右に動かしてから教室へ入ってきた。

 金色の髪の毛に茶色い瞳。

 背丈は俺と同じくらいで、例によって整った顔立ちをしている。

 少しおどおどした様子で、教室の空気を伺う彼こそ、主人公マリウス。

 原作通りにことが進めば、この世界の中心を担うことになる男だ。


 このヴァルエ魔法学校に、平民の子供が合格すること自体が珍しい。

 おまけに最上位のSクラスともなれば、入学前から大きな話題となっていた。

 教室内の誰もが、“こいつが噂の新入生か”という目でマリウスを見る。

 マリウス自身もその視線を感じているのか、少し居心地が悪そうにしつつも、自分の席を確認して席に着いた。


 マリウス、エミーリア、ビアンカ、俺。

 生徒側の役者が揃ったところで、またひとり登場人物が現れる。


「よーし、クソガキども席に着けー」


 いくら、どんな身分の者であろうと一生徒として扱うという決まりがあるとはいえ、第一王女もいる教室に特大の暴言を吐きながら入ってきた彼女。

 ボサボサの髪で、ダルそうな目をしておりタバコを咥えている。

 ただ何よりも教師らしからぬ点は、彼女の身長が小学生の女の子ほどしかないことだった。

 あの見た目でタバコなんて咥えてたら、日本では即職質だよ。

 幼い見た目にアウトロー気味の態度という何ともアンバランスな彼女が、俺たちのクラスの担任教師だ。


「あー、このクラスの担任を押し付けられたエレオノーレだ。そんじゃお前ら……殺し合いでもするか」


 シーン静まり返る教室。

 しばらくの沈黙の後、エレオノーレは溜息をつきながら言った。


「冗談だ。ったく、近頃のガキは冗談も通じねえのか?」


 この学校内でなければもう三回くらい死刑になってそうなエレオノーレだが、このクラスを任されているだけあって魔法の才能は超優秀だ。

 あと……このやさぐれキャラ、あまりに幼い見た目で舐められないために無理してやってるんだよね。

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