第21話 戦後談②
「してやられた……」
アルバンの逮捕から一か月後。
宮廷から届いた文書を読んで、ビアンカは頭を抱えた。
文書の内容はダイスラー家への処分を簡単に伝えるもので、後ほど宮廷へと出向くように指示されている。
結論から言えば、ビアンカ自身には何のお咎めもなし。
一方のアルバンとクルトは、投獄に加え、貴族としての身分を一切はく奪されることとなった。
ここまでは、事前に予想していた処分の範囲内。
しかし、文書に付け加えて記されていたのは、ダイスラー家から“五星”としての地位、および領土を没収しないという通達だった。
おまけに末尾には、この決定が同じく“五星”であるアルガ・キルシュライトの進言を考慮してのことだと追記されている。
――アルガは最初からこういうつもりだったのね……一体どこまで先を読んでいるのかしら、あの男は。
そう。
ビアンカに“五星”からの退陣する旨を述べさせたうえで、国王らにあーだこーだ進言し“五星”に留まらせる。
ここまでで、アルガの計画はワンセットだったのである。
ビアンカが“五星”から退くと言ったのが、アルガとの取引によるものであることは表沙汰になっていない。
これではまるで、責任を取って名誉ある地位を手放さざるを得なかったビアンカを、アルガが救ったように見える。
他の貴族家、特にダイスラー家と深いつながりを持っていた“五星”以外の貴族たちにしてみれば、自分たちが築いた“五星”とのパイプが無くなりかけたところに、救世主が現れたようなものだ。
ほっとすると同時に、彼らの気持ちはキルシュライト家へと傾くだろう。
形式上は同じ“五星”同士だとしても、キルシュライト家とダイスラー家の間に実質的な力の上下関係が生まれたことが、世間にもはっきりと分かる処分となったのだ。
さらに他の“五星”の三家は、ダイスラー家退陣後の利権を狙ってアルガと反対の意見を述べていたため、この事案は実質アルガのひとり勝ち。
ビアンカは最初から最後まで、都合よく利用されてしまったというわけである。
もちろん彼女も、“五星”ダイスラー家の当主という立場を手に入れているので、大きなメリットはあったわけだが。
「はあ……いつか必ずあの男を見返してみせるわ」
口ではそう言いながらも、ビアンカの頭の中にはとある瞬間のアルガの声が響いていた。
魔国ブフードの国王ゲルトが彼女に向けて投げた槍から、アルガが身を挺して守ってくれた時の声。
“ビアンカ!”
普段は傲慢なうえに人外かと思うような魔力を持つアルガの声に、あの一瞬だけ、素の人間の感情が宿っていたような気がした。
慌てた表情も含めて、どうにもアルガらしくない言動だったと、ビアンカは感じたのだ。
「不思議な人ね」
ビアンカは小さく呟くと、文書を机の中へとしまうのだった。
※ ※ ※ ※
ダイスラー家への処分が公表されてから、さらに一ヶ月が経ち、にわかに騒ぎ立ったバルテイ王国もすっかり日常を取り戻した。
そんななか、俺とフローラは、馬車に乗って街へと出向いていた。
俺たちを見る人々の目には、初めて視察に訪れた時ほどの驚きや恐怖は感じられない。
それは定期的に俺たちがこの街を訪れているからだし、俺が傲慢ではありつつも粗暴というわけではないと認識されてきたからでもある。
相変わらず、フローラの人気は凄まじいもので、俺を見る目とフローラを見る目に温度差があることには変わりないけどね。
「それでお兄様、今日は街にどんな用事があるんですか?」
「先日、俺たちの母のことを考えていてな」
「お母様の……」
俺が母親に言及することはこれまでほとんどなかったため、フローラは意外そうな顔をする。
フローラからしてみれば、俺が母親のことを話題にしてくれるのは嬉しいものの、母の話となればどこか心をえぐられるような気分にもなるため、いろいろな感情が混ざり合った複雑な表情が浮かんだ。
「父は知っての通りの人間だったし、俺が当主となってからも、家の復興のために奔走したため時間が取れなかった。ただずっと、きちんとした母の墓がないことが気がかりでな」
もちろん、キルシュライト家ほどの家ともなれば、先祖代々の墓地は持っている。
しかし俺たちの父が当主となって以降、その墓にはほとんど近づかなかったため、たまにカールが清掃してくれる程度になっていたのだ。
おまけにろくでなしのバカ親父は、自分の妻、俺たちの母の名を墓石に刻むことすらしていない。
「諸々の事態が少しは落ち着いたこの際だ。母の墓を建てようと思っている」
「……なるほど」
「寂しいか」
「そのようなことは……いえ、やはり少し寂しいです」
フローラが寂しがるのには、少し特殊な事情がある。
というのも、俺たちの母親の遺体は発見されていない。
領内のとある平原において、母親が愛用していた時計と、大量の血痕が発見されたのみだ。
魔力を用いた鑑定により血液は母親のものと証明され、出血量から生存の見込みはないと判断されたのだ。
状況を見れば、母親の死亡は確実。
そのことはフローラも分かっている。
しかし心の片隅に、遺体が見つかっていないのだからまだ生きているかもしれないという、希望と呼ぶには取るに足らない感情が残っているのである。
墓を建てて母の名前を刻んでしまえば、その微かな感情を否定してしまうような気がしているのだ。
その表情からは彼女の葛藤が伝わってきて、ちょっとこちらの胸も痛くなってくるような気がする。
「もし墓と考えるのが嫌なら、母が帰ってくるための目印と考えても構わない。とにかく、何かしらの形を造っておきたくてな」
馬車はゆっくりと進み、俺の目的の店の前へと到着した。
フローラと一緒に馬車を降り、店の中へと入る。
そこには壁掛け時計や置時計など様々な種類の時計が置かれ、奥の方で眉間にしわの寄った初老の男が作業をしている。
俺たちが姿を見せると、店主である彼は驚いて腰を抜かした。
「なっ!? ア、アルガ様にフローラ様!?」
「こんにちは。突然お邪魔してすみません」
にこやかに手を振るフローラの横で、俺は早速ここへ来た用件を切り出す。
「ルッツだな。国内でもトップクラスの腕を持つ時計職人と聞いている」
「は、はい、いかにも。時計を作る腕には自信がございます」
母親は指輪やネックレスといった装飾品にはあまり興味を示さなかったが、唯一時計だけは、気に入ったものをたくさん収集してその日の気分で付け替えたりしていた。
そこで今回、母の墓を建てるにあたって、時計をモチーフにしたものを作ろうというわけだ。
いわゆる墓のセオリーからは外れるけど、あまり墓々してない方が、フローラの心情に良いかもしれないしね。
……墓々してるなんて気持ち悪い言葉を作り出してしまったけども。
「私の作る時計は、百年経とうと一秒たりともズレが生じないほどの精度です。もしアルガ様が時計をご所望とあらば、全力を尽くして高精度の時計を製作させていただきます」
時計というのは、どうしても一日ごとに数秒の誤差が出てしまうものだ。
魔力を活かして製作する時計とはいっても、百年間ズレが生じないというのは恐ろしい腕だね。
でも今回は、その逆を求めている。
「ルッツ。お前の腕であれば、狙ってズレを生じさせることも可能だな?」
「あえて誤差を出すのですか……? それはもちろん可能ですが……」
「お兄様、いったい何を……?」
きょとんとする二人の前で、俺はルッツに依頼を出した。
「金はいくらでも出す。お前が今までに作ったことがないほど、大きなサイズの時計が必要だ。そしてその時計には……二年でちょうど十秒の誤差が出るように設計しろ」
「か、かしこまりました……」
「お兄様、もしかしてまた何か新たな計画を……?」
俺の奇妙な依頼を聞いて、フローラが察したように尋ねてくる。
そんな妹へ、俺は静かに答えた。
「母を思う気持ちに、全くもって他意はない」
その言葉を聞いて、フローラは小さく頷く。
「分かりました。お兄様の言うことでしたら、私は信じて従うのみです。例えそれが、炎の中を裸足で歩くようなことだったとしても」
「いや、そこまでのことは言ってないが」
そうだ、この妹、いろんな角度から重いんだったわ。
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