第16話 エルザvsナディア②&"乱入者たち"
ナディアやディルクのように、瞬間魔力増強ポーションを飲んでも副作用による器の決壊を起こさない者を、魔国ブフードでは『適応者』と呼ぶ。
高いリスクに打ち勝って力を手にしたナディアは、増強した魔力を活かしてエルザに攻勢をかけた。
「【重鋼乱脚】!」
普通の肌から鋼へと変化した脚で、ナディアは次々に蹴りを見舞った。
彼女の深淵魔法は【人体鋼化】。
身体を自由自在に鋼へと変化させる、攻撃力にも防御力にも長ける能力だ。
そこらの剣士が斬りつけた程度では、彼女の鋼化した身体に傷をつけることはできない。
「うぐっ……!」
スピードを活かして回避し続けていたエルザだったが、ついにナディアの右脚がその左肩を捉えた。
強烈なキックを受けて、エルザがバランスを崩す。
その隙を見逃さず、ナディアはさらに左脚でエルザの右肩を蹴り上げた。
「あがっ……!」
ゴキッと嫌な音がして、エルザが顔をしかめる。
彼女は右肩を抑えながら、バックステップでナディアから距離を取った。
「今のは折れたんじゃないかしら? さっきまでの余裕は、どこにも見当たらないわね」
まるで勝利を確信したかのように、ナディアは言う。
確かに現状の魔力量を比べれば、ポーションで増強したナディアの方が、生身のエルザに勝っている。
一般的な魔法戦の理論でいけば、魔力量で上回るナディアの方が勝利に近いと言って間違いない。
しかし――エルザが一般的な魔法戦の理論が当てはまる相手ではないことを、ナディアは知らなかった。
「いやいや、まだ余裕かな」
「虚勢を張るのは醜いわよ?」
嘲笑うようなナディアの前で、エルザもまた一本の小瓶を取り出す。
そして彼女は、それを一気に飲み干した。
「今のは?」
ナディアの問いかけに、小瓶をしまったエルザは表情に余裕を取り戻しながら答える。
「実はうちにも優秀な薬師がいるんだよね。この回復ポーションは効くよー。それに、君たちのと違って副作用の心配もなし」
そう、エルザが飲んだのはメディの作った回復ポーション。
即効性と回復効果に優れたポーションが、瞬く間にエルザのダメージを癒していく。
明らかに骨が折れていた右肩も、全く問題なく動かせるようになった。
――まあ、副作用が出なくなるまでの道のりは大変だったけどね。
メディが作ったポーションの試作品を飲んで、数時間トイレにこもったこともあるし、丸一日味覚が無くなったこともある。
何だかんだでメディに対しては面倒見がよいエルザは、ポーション作りの練習に付き合った日々を思い返して、ふふっと笑いをこぼした。
「あなたがどれだけ回復しても、それを上回るダメージを与えてあげるわ」
余裕を取り戻したエルザに苛立ったナディアは、再び距離を詰めると、渾身の右ストレートを放つ。
「【重鋼魔拳】」
強烈なパンチを、エルザは左手の手のひらでがしっと受け止めた。
魔力で上回るナディアが、ぐいぐい鋼の拳を押し込むが、わずかに後ずさりしながらも、エルザは決して相手から手を離さない。
「何のつもり?」
ナディアが怪訝な顔をするなか、エルザはにやりと笑って言った。
「【魔力強奪】」
「あっ……!?」
エルザの【魔力強奪】は、その手で触れた対象から魔力を強奪する。
身体から一気に力が抜けていく感覚を味わい、ナディアは思わず膝から崩れ落ちた。
ポーションによって増強された魔力のうち、およそ三分の一をエルザが強奪する。
これにより、二人の魔力の大小関係も逆転した。
「ま、まさか……あなたの深淵魔法は【神速の略奪者】……!?」
何とかエルザの手を振り払ったナディアは、目の前にいる略奪者の顔を食い入るように見つめる。
「あらら、バレちゃったか。まあ別に隠すようなものでもないけどね。ご名答、それが私の深淵魔法だよ」
「それならばなおさら……私はあなたに負けるわけにはいかないわ……!」
「急にどうし……」
エルザが言い終わらないうちに、両腕を鋼化させたナディアは強引に距離を詰めて攻撃を仕掛ける。
しかし、魔力を奪われたことで、先ほどまでのようなスピードは出せない。
「【魔力強奪】」
「うっ……!」
あっさりとエルザに捕まったナディアは、再び魔力を奪われ脱力感に顔をしかめた。
そんな彼女を見下ろしながら、エルザは冷静に言う。
「もう気付いてるんじゃない? 魔力を増やしてしまった時点で、君の負けが確定していたことに」
「それでも……あなたには……」
――私の深淵魔法に気づいてから、明らかにナディアの様子がおかしい気がする。
もはやダイスラー家との企みなどまるで頭になく、自分を倒すことだけにやっきになっている様子のナディアを見て、エルザは違和感を覚えた。
しかし、やっきになっているとはいっても、二度の【魔力強奪】を食らったことで、ナディアの現在の魔力量はかなり減少している。
ポーションを使っていない本来の魔力量すらも下回っている状態で、ナディアに勝ち筋らしい勝ち筋は残されていなかった。
――決着を一旦つけて、話を聞こうか。
「【魔水塊砲】」
エルザが放ったのは、一般水魔法の攻撃魔法。
しかし、もともと高い魔力を持つ彼女にナディアから奪った魔力が加わったことで、その破壊力は抜群だ。
「あ、あ、あ……」
眼前に迫った巨大な水の塊に、開いたナディアの口から言葉にならない声が漏れる。
「あああああ……!」
「魔力なんてポーションで無理やり増やすようなもんじゃないよ。……って、思いっきり人から盗んで増やしてる私が言っても説得力ないかな?」
エルザの声は、水に飲まれたナディアには届かない。
そのまま水塊に押される形で、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされたナディアは、数十メートルいったところでようやく止まった。
わずかに意識はあるものの、もう身体を動かす力は残っていない。
「これはもらうね」
エルザはナディアに近づくと、泥棒らしく魔神を操る魔道具の首輪を盗み取った。
「ゲルト様……ゲルト様……ゲルト様……」
「【拘束魔錠】」
うわごとのように呟く倒れ込んだナディアに、エルザは魔法の手錠をかける。
そして言った。
「いくつか話を聞かせてもらうよ」
――エルザvsナディア、勝者エルザ。
※ ※ ※ ※
『荒野の狼』のアジト。
突如として乱入してきた魔国ブフードの最高幹部バルタザールに、全員の視線が注がれる。
「バルタザール……!」
魔国ブフードの実態は謎に包まれているが、幾人かの主要メンバーたちは、高額の懸賞金が懸けられたお尋ね者になっている。
バルタザールもそのひとりであるため、この場にいる大半が彼の名前くらいは知っていた。
しかし当の本人は、四方八方からむけられる警戒心も敵意もまるで気にしない。
「うるさいなぁ……。でっけぇおっさんには興味ないんだよ。ナディアちゃんはどこにいるかって聞いてんの」
「ナディアは重要な取引相手だが、今はここにいない」
ディルクが答えると、バルタザールは明らかに不満そうな顔をした。
「なーんだ、ナディアちゃんいないのか。じゃあ無駄足だったな」
小さく肩をすくめると、バルタザールはくるりと踵を返した。
しかし、その前に騎士たちが立ちはだかる。
「お前のようなお尋ね者を騎士団が見逃すと思うか?」
「ここにいる盗賊たちとまとめて、牢屋に入れてやる」
ぐるりと騎士に取り囲まれ、退路を断たれる魔国ブフード最高幹部。
しかしその顔には、焦燥どころか一ミリの闘志すらもない。
「邪魔」
まるで歩道に置かれた石を見たかのように、バルタザールは呟く。
そして次の瞬間。
「「「「「ぐわあああああ!!!!!」」」」」
バルタザールを取り囲んでいた騎士たちが、一斉にあちらこちらへ吹き飛ばされた。
ただ飛ばされただけでなく、みな一様に激しい火傷を負っている。
しかし、この間バルタザールは全くもって動いていない。
「な、何が起きたんだ……」
「今あいつ何もしてないよな!?」
「これが魔国ブフードの最高幹部……!」
「気を付けろ! 下手に近づけば死ぬぞ!」
クリストフの言葉で騎士たちに緊張感が走るなか、バルタザールは振り向いてディルクに言った。
「ナディアちゃんのこと、重要な取引相手って言ってたよね。じゃあ君を助ければ、ナディアちゃんは喜んでくれるのかな?」
「そ、そうだな」
これ幸いと何度も頷くディルク。
その返答を聞いたバルタザールは、その人懐っこい笑顔に似合わないセリフを言い放つ。
「じゃあここの騎士たち、皆殺しにしちゃおっか」
※ ※ ※ ※
「何だったんだあいつ……やばすぎる……」
最初にバルタザールが現われた時の攻撃を受けた騎士のひとり――アヒムは、遺跡の壁を突き破って内部まで吹き飛ばされていた。
激しい火傷を負ったものの、メディのポーションを持っていたため、何とか動ける状態までは回復できた。
アヒムはゆっくり身体を起こすと、遺跡の中を歩き始める。
「近づいて捕まえられると思った瞬間、えげつない熱風を浴びて気付いたら遺跡の中……ううっ、おそろしっ」
バルタザールのことを思い出して身震いするアヒムの耳に、不意にガチャガチャという音が聞こえてくる。
一瞬びくっとしたアヒムだったが、剣を手にしつつ音のする方へ向かった。
そしてたどり着いたのは、頭領ディルクの部屋。
部屋の奥には、懸命に檻から脱出しようとする女性――ラウラがいる。
彼女はアヒムに気が付くと、その手に持っている剣を見て盛大に身体を震わせた。
「ひっ……こ、殺さないでください……」
「あ、安心しろ。俺は騎士だ。盗賊に捕まってこんなところに入れられたのか?」
「騎士の方でしたか……。 そ、そうなんです……恥ずかしながら捕まってしまって……」
「今すぐ助けてやる。ちょっと待ってくれ、鍵を探すから」
檻の鍵を探そうとしたアヒムに、ラウラは自分の荷物を指差しながら言う。
「そこのカバンを取っていただけませんか……?」
「ああ、これか?」
アヒムは言われるがままに、カバンを取って檻の隙間からラウラに渡した。
するとラウラは、カバンから小さな針を取り出す。
そして彼女はためらいなく、それを自分の首筋に突き刺した。
「な、何をしてるんだ……!?」
驚くアヒムの前で、ラウラはガクンと首を垂れる。
そして次に彼女が顔を上げた時、弱々しく不安げなさっきまでの表情はそこになかった。
「ありがとうね、坊や」
そう言ったラウラの背中から、巨大な翼が出現する。
よく見ると、翼の羽は一枚一枚薔薇の花びらでできている。
そして彼女はおもむろに天井を見上げると、一気に魔力を解き放った。
凄まじい衝撃が走り、檻は一瞬で破壊される。
ラウラ・シュトルツ。
臆病で一切魔力を扱えないひ弱な女性。
しかし彼女にはもうひとつの人格がある。
その人格に付けられた異名は――『血薔薇』のラウラ。
原作『無限の運命』における最強格のキャラのひとりである。
彼女がここに居合わせたのもまた、アルガが破滅フラグ回避のために原作ストーリーを壊したからなのだが――時を同じくしてアルバンと対峙するアルガは、そんなことを知る由もないのだった。
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