第14話 アルガvsアルバン①&エルザvsナディア①

「アルガ・キルシュライト……。まさかお前がここを嗅ぎつけてくるとはな」


 アルバンにとっては、この森の中に俺たちが現われたのは明らかな想定外。

 しかし彼は、余裕そうな態度を一切崩さない。

 それは必死に取り繕っているわけではなく、俺たちに負けることはないという自信で溢れているように見える。


「ただお前たちがここへ来たのは、むしろこちらにとって好都合だ。妙な捏造をせずとも、アルガ・キルシュライトが魔神復活の現場にいたという事実ができあがったのだからな」

「それは魔神復活が実現したらの話だろう」


 そうなる前に、俺たちはアルバンとクルト、それにナディアを拘束する。

 三人をまとめて捕えることができれば、それがダイスラー家と魔国ブフードのたくらみを証明する何よりの証拠になるからね。


 ――この勝負、負けた方の家が潰れる。


 ダイスラー家を倒し、キルシュライト家の勢力を広げ大きく反映させる。

 一年間以上に渡って進めてきた計画の、いよいよ集大成だ。


「ふむ。どうやら話をする必要など、もはや無さそうだ」


 アルバンの言う通り、俺たちの間で話すべきことなど何もない。

 ただただ、戦いをもって勝敗を決めるだけ。


 俺はちらりとビアンカに視線を送った。

 それを合図に、彼女が強く右足で地面を踏みつける。


「【大地突柱】」


 アルバン、クルト、ナディアのそれぞれの足元から、勢いよく土の巨大な柱が突き出した。

 ビアンカの深淵魔法は【躍動する大地】。

 大地を自由自在に操って戦う破壊力の高い深淵魔法だ。

 足元から勢いよく突き上げられた三人は、それぞれ別々の方向に勢いよく吹き飛ぶ。


「必ず勝て」


 それぞれの相手を追いかけるエルザとビアンカにそう告げると、俺もアルバンの吹き飛んだ方へと走った。




 ※ ※ ※ ※




 俺がアルバンの元へたどり着くと、彼はすでに尋常じゃない量の魔力を解放していた。

 さすがは“五星”の一角。

 俺が今まで戦った相手の中では、一番の魔力量だ。

 そしてニヤリと歪んだ余裕の笑みが浮かぶその顔には、わずかながら怒りも見て取れた。


「今の魔法……不意打ちを食らったが、あれは間違いなくビアンカの魔法だ」

「ああ、お前の娘の魔法だな」

「いつも遊び歩いて仕方のない奴だとは思っていたが……お前に娘が味方するとはどういう風の吹き回しだ?」

「おやおや。話をする必要はないんじゃなかったか?」

「ふはははは。口だけは一丁前だな、小僧」


 小僧、か。

 目の前にいるアルバンは、俺より四十歳以上も年上。

 確かに小僧だけど、この状況において年齢なんか何の役にも立たない。

 年功序列よりも、実力主義。

 それがこの世界のルールだ。


「まあいい。父親が死んだことで“五星”の座が転がり込んできただけの小僧に、本当の“五星”がどんなものか教えてやろう」


 すでにかなりの量を解放されていたアルバンの魔力が、一段と増幅する。

 そしてアルバンは、大きく両腕を広げると物理的に俺を見下しながら唱えた。


「【豪炎鳥】」


 アルバンの深淵魔法は強烈な火力を特徴とする【真紅の豪炎】。

 その幅十メートルはあろうかという巨大な炎の鳥が、大きく翼を広げてこちらに襲い掛かってくる。

 炎の鳥が通った跡には、焼き尽くされた木々が灰となって残るのみ。


 ――やっぱりとんでもない火力だな。でも、想定の範囲内だよ。


 眼前に迫り大きく口ばしを開ける炎の鳥を前に、俺は拳を握り締めた。


「【壊滅拳】」


【天地壊滅】の魔力をまとわせた生身の拳で、俺はごうごうと燃え盛る炎の鳥を殴りつける。

 激しく魔力がぶつかり合い、圧縮され放出された魔力によって、無数に黒い光の筋が走った。

 そして数秒後。

 俺が拳を押し切るように振るうと同時に、炎の鳥が跡形もなく消滅する。


「本当の“五星”を教えてくれると言っていたが……ふむ、こんなものか」

「ほう、なかなかやるな。曲がりなりにも“五星”同士の戦い、少しは楽しめそうだ」


 さっきの攻撃は、まだアルバンの全力ではない。

 しかし今、アルバンの表情から歪んだ笑顔が消えた。


「本気で行くぞ。お前を殺す」


 次の瞬間、まるで津波のような炎の波が爆風と共に出現する。

 そしてその巨大な炎は、俺の身体も周りの木々も全てまとめて飲み込んだ。


「灰になったか」


 ただ焼き尽くされた跡が残るだけの地面を見て、勝利を確信したアルバンが低い声で呟く。

 しかし俺は、そのから彼に呼びかけた。


「どこを見ている」


 振り返ったアルバンの顔に、ここへきて初めて、余裕のない焦燥の表情が浮かぶ。


「回避した……のか……?」

「ああ。確かに攻撃範囲は広く、威力も抜群。ただ、いくらなんでもスピードを欠きすぎている」

「ば、馬鹿な……! 調子に乗るなよ小僧……! 【爆豪炎】!」


 アルバンは身体をひねって反転すると、超至近距離から魔法攻撃を放ってくる。

 しかし俺は、それをいとも簡単にかわすと、アルバンの腹部を思いっきり殴りつけた。


「がふっ……!」


 強烈なパンチを食らったアルバンは、顔をしかめながら二、三歩後ずさりする。


 ――さすがにただ殴ったくらいじゃ吹き飛ばされないか。“五星”なだけはあるね。


 そんなことを考えながら、俺は一気に【天地壊滅】の魔力を解放する。

 初めてビアンカと会った時に出会った盗賊は、この魔力を見ただけで戦意を喪失してしまったっけ。

 アルバンも戦意喪失とまではいかなくても、不条理な想定外に顔を引きつらせている。

 辺りを漆黒の魔力が包むなか、俺は静かにアルバンに告げた。


「こちらも本気で行くぞ」




 ※ ※ ※ ※




 時は少し戻ってアルガとアルバンが戦い始めた頃。

 エルザも自分の相手であるナディアと対峙していた。

 正面に立つナディアが、構えを取りながらエルザに言う。


「そういえば、盗賊団の頭領ディルクが、妙な仮面の二人組がいるなんて話をしていたわ。今日は三人組だったけど、あれはあなたたちのことね?」

「さあねー。まあ、盗賊なら何人か倒したけどさ」

「……ずいぶん余裕そうね。まるで、負けることなんて頭の中に一ミリもないみたい」


 ひょうひょうとしたエルザの態度に、ナディアは思わず顔をしかめる。

“五星”アルバンには及ばないにしても、ナディアだって魔国ブフードの分団長を任せられるほどの実力者。

 戦闘にはそれなりに自信がある。

 しかし目の前のエルザは、自分よりもはるかに余裕があるように見えた。


「どうやらあなたは私に勝てると踏んでいるようだけど、あなたのご主人様はどうかしら? 傲慢怠惰な貴族のバカ息子が、長年“五星”の座を守ってきたアルバンに勝てるかしら?」

「んー、貴族がどうとか“五星”がどうとか難しい話はあんな興味ないんだよねぇ。でも二つ教えておいてあげるよ。一つ、アルガのことを甘く見ない方がいい。あの子のことをただの貴族のバカ息子だと思っていると、痛い目を見るよ?」


 初めてアルガと会った日。

 勝利を確信したはずが、逆に全く手も足も出なかったこと。

 そしてこの一年間。

 恐ろしいほどのスピードで、魔力量や魔法の精度を向上させてきたアルガの姿。


 ――アルガが負ける姿なんて、想像がつかない。


 エルザはアルガがアルバンに負ける心配など、全くしていない。

 そして直感的に感じるのは、『大賢者アーデルベルトの手記』を全巻手に入れるために、アルガが一番手を組むに値する人間だということ。

 だからこそ。


「もう一つ。別にアルガは私の主人じゃないから」


 そう言い放ち、エルザは強く地面を蹴る。


 ――魔力による身体強化。アルガの鍛錬を見てコツを盗んだおかげで、圧倒的に効率が良くなったね。


 初めてアルガと戦った時とは比べ物にならないスピードで、エルザはナディアの懐に飛び込む。

 そしてみぞおちを突き上げるように、右手の掌底を叩き込んだ。


 ――は、速い……!


 まともに食らって吹き飛んだナディアは、慌てて体勢を立て直す。

 しかし圧倒的なスピードで、エルザが眼前まで迫っていた。


「……っ!」


 今度は間一髪、地面に転がるようにして攻撃を避けたナディアを、エルザが静かに見下ろす。


 ――さすがにこのままじゃ勝てないわね……。


 ナディアは何とか立ち上がると、おもむろに小瓶を取り出した。

 エルザにも見覚えのある小瓶。

 瞬間魔力増強ポーションだ。


「あー、ちょっとちょっと。それやばい薬じゃないの? やめときなよ」


 エルザが制止したが、それを気にも留めずナディアはポーションを一気に飲み干した。

 しかし彼女の身体に苦し気な変化はなく、魔力が異常なほどに増大する。

 目を見開くエルザに、ナディアは小瓶を投げ捨てて言った。


「ご心配には感謝するわ。でも大丈夫、私は“適応者”だから」




 ※ ※ ※ ※




「うおおおおお!」

「おらあああああ!」


 盗賊団『荒野の狼』のアジト。

 豪快に剣を交えるクリストフとディルク、そしてその周りで互いのリーダーを援護しようとする騎士と盗賊によって、戦況は激しさを増していた。

 トップ同士の戦いは、互いに一歩も引かず熾烈を極める。

 そんななか、遺跡内部のディルクの部屋では、例の檻に囚われた女性が必死に脱出を試みていた。


「ふええ……戦ってる音がして怖いです……早く逃げなきゃ殺されちゃいます……」


 金属製の檻は、細い彼女の腕ではびくともしない。


「せめて荷物に手が届けば何とかなるんですけど……」


 とても手の届かない場所に置かれた自分の荷物を見て、弱々しい声を漏らす女性。

 名前をラウラ・シュトルツという彼女は、檻を握り締めながら悔し気に唇を噛むのだった。

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