骨格標本への道
@mia
第1話
夏休みやお正月に泊まりに行くおじいちゃんの家の一室には、動物の骨格標本がいくつも置いてある。
そのほとんどがひいおじいちゃんの作ったものらしい。ひいおじいちゃんは狩猟をする人で食べられる鳥を狩っていたが、知り合いの農家さんに頼まれると畑を荒らす イノシシなども狩ったらしい。そして、いつの頃からかその獲物たちを骨格標本にするようになったそうだ。
そんな家で育ったおじいちゃんは生き物に興味を持ち、小学校の理科の先生になった。おじいちゃんが若い頃は家の周辺にはまだ野良猫や野良犬がいて、空き地などに死骸があった。それを自分で処理して骨格標本にしたのだとおじいちゃんは言っていた。
そんなことができたなんて時代が緩かったのか、この町が緩かったのか、頭が……、何でもありません。
その家に住みながらお父さんは特に生き物に興味を持たなかったようで、ちょっと有名な企業で事務職として働いている。勉強のできた人のようだ。朝早く家を出て帰りは僕たちが寝てからで、幼いときは平日にほとんど顔を合わせることがなかった。
お父さんはあまりしゃべらない人だけれど幼い僕たちと遊ぶのを嫌がらない人だった。休日には姉さんと僕をお母さんと二人で市内の公園に連れて行ってくれた。市内には遊具の多い大きい公園とブランコと滑り台しかない小さい公園がいくつかあったが、車で大きい公園に連れて行ってくれた。一緒に遊具で遊んでくれた。親はスマホを見て子どもは勝手に遊んでいる、そんな親子がいるなんて信じられないくらい遊んでくれた。
ほかにも動物園、水族館、博物館などにも連れて行ってくれた。夏休みにおじいちゃんの家に連れて行ってくれた。
姉さんも僕も骨格標本を気持ち悪いとか怖いとか思わなかった。置いてある部屋は明るかったし、他にも外国土産と思われる仮面や何を表しているのかわからない像などもあった。小さいときから見ていたので標本もただの置物だと思っていた。それに僕はひいおばあちゃんのものだったという日本人形のほうが怖かった。でも特に怖いものがなさそうな姉さんだったのにおじいちゃんの家に行くのを嫌がった。
姉さんは小学五年生になると地元でやってるバスケットチームに入り、お父さんと出かけることはなくなっていた。休みの日でも練習があるので父さんと僕と二人で出かけるようになった。お母さんは小学生の姉を一人にしないように家に残った。姉さんは練習が終わって帰ってくると、その後お母さんとスーパーへ一緒に買い物へ行ったりしていた。
僕も中学生になるとサッカー部に入り、練習で休日がなくなった。
もう家族そろって出かけることはなくなっていた。夏休みなどの長期休みもほとんど毎日のように練習があったから。
僕はお正月だけはお父さんとおじいちゃんの家に行ったが姉さんはそれすらしなかった。おじいちゃんもおばあちゃんも姉さんに会えないのをとても残念がっていた。
姉さんはあの家に行くことが嫌なのではなくお父さんと一緒に出かけることを嫌がっていたと気づいた。僕が中学生のときに一度、姉さんになぜお父さんのことが嫌なのか聞いたことがあったが、本人にもよくわかっていないようだった。
家族で出かけることがなくなってお父さんは休日に一人で出かけるようになった。
会社で仕事をすることもあるし、勉強会ということでいろいろな職種の人と会うこともあるとお父さんは言っていた。
大学受験が迫ると姉さんは県外の大学を選び、猛烈に勉強していた。いやそれ以前から。お金の関係で国公立大学しかだめだと言われたから。合格すると満面の笑みでさっさと寮に入ってしまった。夏休みはサークルやアルバイトがあると帰ってこなかった。お正月も帰ってこない予定だったらしいがお母さんに「帰ってこないなら、家族みんなで寮に行く」と言われて、いや脅されて渋々帰ってきた。夏に帰らなかったことをいろいろ言われていたので、本当に寮に来るかもしれないと思ったそうだ。
姉さんに「なんでお母さんを止めないのよ」と怒られたが、僕のせい? 違うよね。
おじいちゃんの家にも一人で行っていた。おじいちゃんにもおばあちゃんにも、なぜみんなで来ないのか聞かれて、サークルで日にちが合わなかったと答えたらしい。
僕にはわからない。なぜお父さんをそこまで嫌がるのか。
子どもの相手をする大変さはわかるようになった。幼い僕にはわからなかったが就職してからわかった。休日はゆっくりしたいと心の底から思う。子どもの相手をするなんて僕には無理だ。両親の大変さに感謝しかない。
お父さんは子どものために頑張っていたのに嫌がられるなんて……。僕がお父さんだったら泣く。
しかし、姉さんの野生の勘というか本能のようなものは当たっていた。それがわかったのは僕が就職して数年後のことだ。
お父さんが逮捕された。
家族に内緒で借りていた古い一軒家に本物の人間の骨格標本があり、箱に数人分の人骨を保管していた。でも、自分で殺してはいないと言っている。死体を見つけてきて処理しただけ。入ってくる情報はすべてテレビやネットからだった。
お父さんは興味がないように見えたが、本当はひいおじいちゃんやおじいちゃんよりも興味を持っていたようだ。ただそれを表に出していないだけだった。
休日に一人で出かけていた半分くらいは仕事や勉強会に行っていた。でも残りの半分は骨のために費やされた。
もしずっと家族で出かけていたら、こんなことにはならなかったのか。それは無理だと自分でも思う。
僕が中学でサッカー部に入ったので、その時点で家族で出かけることはなくなった。でも休日に活動のない部活に入ったとしても、親と出かけることはなかったと思う。そういう年齢だ。
遅かれ早かれお父さんはこうなっていたのだろう。
姉さんはお父さんのそういう資質を感じ取っていたのかもしれない。
お父さんがこれからどうなるがわからない。息子の僕も。
僕はお父さんのことを心に刻み真っ当な道を進まなければいけない。
ああ、でも僕は……、ひいおじいちゃん、おじいちゃん、お父さんと続いてきた道に踏み込んでしまうような気がする。
そんな考えを振り払うように頭を振るが、骨の白さが頭から消えない。頭の中が真っ白になる。
骨格標本への道 @mia
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