たぶんこんな感じかもな童話集

清見こうじ

第1話 たぶん白雪姫

 昔々、あるところに一人の美しいお妃さまがおりました。


 お妃さまには、大きな悩みがありました。


「はあぁ、白雪姫ったら、また少し背が伸びて、大人びてきたみたい……」


 義理の娘である白雪姫は、ちまたでも評判の美しい姫君でした。


 特にここ1年は成長目覚ましく、美しく健やかに育っています。


 それは、良いのですが。


「なんであの子はあのスタイルを維持できるのかしら?」


 気を抜くとついふっくらしてしまうお腹周りに一瞬目をやり、お妃さまはまた溜息をつきました。

 

 とはいえ、最近は常態的に食べる量が減ったせいか、ウエストがすっきり引き締まって、それはそれでよいのですが。


「うらやま……いえいえ、問題はそこではないわ!」


 ギュッと拳を握りしめ、お妃さまが大きく頷きました。


「今日こそ、決断の時! これ以上、あの子を放置することはできないわ!」


************** 

 

 それからお妃さまは、白雪姫の部屋に行きました。


「ねえ、白雪姫? ちょっと相談があるのだけれど……って! なにそれ!?」


 白雪姫の部屋に入って目にしたものをみて、お妃さまは絶句しました。


 けれど、漂う油の匂いに、ついお腹が鳴ります。


 すると、鈴が転がるような愛らしい声で、白雪姫が答えました。


「あ? ちょっとお腹減っちゃったからぁ~。最近お昼ご飯、量少なくない? 夕ご飯までもたないのよぉ~。だから、おやつ代わりに」


「おやつ代わりにローストチキンを何皿食べてるんですかぁっ! その残った骨の数だけ見ても、20羽以上の鶏使ってますよね?!」


「あ~、そんなに食べたかな? 養鶏場で目についただけ締めて調理場持って行ったから。あと、ローストチキンじゃなくてフライドチキンも作らせましたぁ」


「貴重な揚げ油も浪費したんかい!」


「あ、羽は自分でむしりましたよ。ちゃんとお手伝い出来てエライでしょ!」


「その前に、勝手に鶏を締めるんじゃない!」


「え~いいじゃないですかぁ~うちの鶏だし?」


 ドヤっている白雪姫の愛らしい笑顔を苦々しく見ながら、お妃さまはがっくり肩を落としました。


 確かにお城の養鶏場の鶏です。


 来週の晩餐会のためにやっとの思いで購入した鶏です。


 食材に加工された鶏肉だと被害に遭うかもしれないと、餌代がかかるのを承知で生きたまま温存しておいた鶏です。


 まさか、お姫様が自分で生きた鶏を締めて調理用にしてしまうとか……予想以上の食いしん坊ぶりにお妃さまは目の前が真っ暗になりました。


 建国記念日の晩餐会に、せめて見栄えがするようにと、お妃さまが私物を売却して調達した資金で購入した鶏だったのに。


 そう、白雪姫は、国一番の美少女で、国一番の食いしん坊で大食漢でした。


 わりと常軌を逸した大食らいです。


 しかもここ数年、どんどん食べる量が増えてます。


 すでに国庫で蓄えた穀物は飢饉用も含めて残りわずか。次の年貢回収までも保たないかもしれません。


 食べられるものなら何でも食べる、好き嫌いのない白雪姫だったので、今まで何とかなりましたが、その食材も底を尽きようとしています。


 お城の財政は傾きまくって、もう倒れそうです。


 これでは飢饉が来なくても、国が滅んでしまいます。


 そして、お妃さまは、ある決断を下しました。


「……ねえ、白雪姫? おやつというなら、甘いモノ、食べたくないかしら?」


 懸命に怒りを鎮めて、ことさら平静に、お妃さまは訊きました。


『甘いモノ』という単語に、白雪姫がピクッと反応しました。


 何でも食べるとはいえ、若い娘です。甘味は大好きです。


「お城の北の黒い森に、大粒の木苺が成る穴場があるんだけど。甘酸っぱいけど、甘みが強くて、それはそれは美味しいんですって。それを使って晩餐会で使うジャムを作ろうと思うのよ。でもね、私は来週のその晩餐会の準備があってお城を空けられなくて。最近召使いの数も減らしたでしょう? 食費分を浮かせるために。だから、狩人の爺やと一緒に、苺狩りに行ってきてもらえないかしら?」


「……木苺……甘くて大きい……」


「もちろん、その場で食べてもいいわよ。もぎたては新鮮で、この上もなく美味しいんですって」


「もぎたての木苺……」


「ああ、そういえば、猪が出るそうだけど、狩人の爺やなら仕留めてくれるでしょう。そうしたら、久しぶりに猪の丸焼きも食べられるかもしれないわねえ」


「猪の丸焼き!! 行ってきます!!」


 そう叫ぶと、白雪姫は狩人の爺やを引っ張って意気揚々と黒い森に出かけていきました。


  


  


 さて、賢明な読者の皆様は、もうお分かりですね?


 これは、お妃さまの策略です。


 国中の食糧を食べ尽くされる前に、まんまと白雪姫を森の奥に追いやり、追放しようというのです。


『迷いの森』と呼ばれる黒い森は狩人の爺やですら、目印なしでは戻れない、魔の森です。


 そして思惑通り、白雪姫は森で迷子になってしまいました。


  


 なお、狩人の爺やは、目印に固いパンをちぎって道に撒いていきましたが、全部白雪姫に食べられてしまい、道に迷ってたどり着いた、お菓子の家を白雪姫に根こそぎ食べられてしまったうえ追加を強要され材料まですべて食べられてしまった森の魔女のおばあさんと慰め合っているうちに、恋が芽生えて手を取り合って駆け落ちしましたが、それはまた別のお話。


  

 黒い森でひとりきりになってしまった白雪姫でしたが、野生の本能で今度は七人のこびとの家にたどり着きました。


 道に迷って美しい白雪姫を温かく迎えた七人のこびと達、でしたが。


 ものの3日で、こびとの家の食糧も根こそぎ食い尽くした白雪姫。


 あわれなこびと達は、白雪姫を養うためにブラック企業並みの過重労働を強いられる日々が始まりました。


  


*************  


「何とかしてください! このままでは、我々は野垂れ死んでしまいます!」


「……誠に遺憾であり……」


 たまりかねて、お城に陳情してきたこびと代表に、謝罪だかなんだか分からない言葉でお茶を濁すお妃さま。


「誤魔化すな! 話が通じないなら国王陛下上役出せ!」


「そ、それは困りますっ!」


 情勢に頓着せず白雪姫を甘やかし、なおかつ財政家計のやりくりをお妃さまに任せきりの国王ですが、怒らせたらややこしいことになります。


 今だって白雪姫が勝手に猪狩りに出かけてしまい森で行方不明になった、迷いの森では捜索できない、と言い訳しているのですから。


「……こうなったら、私が、ヤる、しかない……」


 決意を胸に、幸い、迷いの森でも迷わないこびとナビを連れて、白雪姫のもとに赴いたお妃さまでした。


  

************


 老婆に扮装して、リンゴを山ほど詰めた籠を背負ってお妃さまはこびとの家の窓辺でくつろぐ白雪姫に声をかけました。


「おや、美しいお嬢さん、ひとついか……」


 セリフを言い切る前に、籠ごと強奪されてしまいました。


「アーレー」


 などと悲鳴を上げて泣き叫びましたが、想定内! むしろグッジョブ! そして今がチャンス!


 リンゴに夢中でかぶりつく白雪姫の背後で、果物ナイフを構えたお妃さま。


 ところが。


「う」


 何と、白雪姫は勢い余ってリンゴを丸ごと飲み込んで、喉を詰まらせてしまったのです。


 そしてそのまま、息が出来ず、眠るように意識を失ってしまいました。


「なんか、なんとかなった?」


 呆然として呟いたお妃さまでしたが。


「これは、何という美しい女性なのだ」


 ものすごくタイミングよく現れた、道に迷った王子様っぽい人が、白雪姫(返事がない、しかばねのようだ)に一目ぼれして、引き取っていきました(道案内しました)。


  


 と、いうわけで。


  


 めでたく食糧難の危機を回避したあとも、地道に領地経営をしたお妃さまは、影の国王陛下と呼ばれつつ、天寿を全ういたしました。


  


 あ、どこかの王国で、突然美しい花嫁を迎えたとか、原因不明の飢饉に襲われたとか、そんな噂話も聞こえてきましたが、それはまた、別のお話(かな?)

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