名前の無い人間

九戯諒

名前の無い人間

 名前が欲しい———。

 名も無きスラム街で生まれ、父を知らず、母を知らず、ゴミを食べ、盗み、恐喝を繰り返しながら、俺は生きてきた。

 そんな俺に最初に与えられた名前は『ドレイ』だった。俺に最初の名前を与えてくれたのは、横幅の広い、四十くらいの成金だった。スラム街近くの都市で盗みを働いた俺は、警察に捕まる寸前だった。そんな時、胴の長い黒塗りの車の扉が開いて、成金が降りてきた。成金は俺の顔をしばらく見てから、警察に金を渡し、俺を連れ帰った。

 その日から、俺は『ドレイ』という名前を手に入れた。最高の気分だった。成金は俺を呼ぶとき、いつも『ドレイ』と言った。決して変わることのない、永遠の名。それを手に入れることができた俺は、成金のどんな命令にも従った。

 だが、ある時を境に、成金は俺のことを『アズール』と呼ぶようになった。俺の髪の色がアズールという色なのだそうだ。『ドレイ』だと思っていた俺の名は、俺の名ではなかった。成金は、俺が大切にしていた俺の名を、簡単に奪い去った。

 簡単に変わるのだとしたら、それは名前ではない。名前とは、永遠に変わることのないものでなければならない。今回の『アズール』も、どうせ、簡単に変わってしまうに違いない。だから、俺は、成金の家を出た。



 それからすぐに、俺は警察に捕まった。だが、俺はついに、永遠に変わることのない名前を手に入れることができた。



 3204583番。



 今度こそ、

 俺は、ようやく、人間になった。

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名前の無い人間 九戯諒 @kokonogiryo

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