第4話『とある魔王の超架空話(メタフィクション)』

 シャーラプールの町は、石畳で舗装された綺麗な町だった。

 水路があり、レンガ造りの町並みに馬車がところ狭しと行き交う様は、中世ヨーロッパの都市部を連想させる。


「やっと着いたー!」


 インドア派であまり歩き慣れていない僕にとって、森の中を4時間歩くのは結構堪えた。


「旅人かい? 森の方から来るなんて珍しいね」


 近くにいた青年に声をかけられた。

 魔王がそれに答える。


「森の向こうからやって来たんじゃ」


「あの大きな森を抜けてきたのかい? それは疲れただろう。ここはシャーラプールの町だよ。いい町だからゆっくりしていってね」


 そう言う青年を、僕は怪訝に見た。

 だってこの人、一切顔の表情を変えずに喋ってるんだもん。

 いや、それだけじゃなく、喋っている時口の形がアニメのように一定だった気がする。

 青年が離れて行ってから、魔王に言う。


「何あの人、全く表情変えずに喋ってたよ。まるで仮面被ってる人と喋ってるみたい」


  魔王がドヤ顔で答える。


「テュエよ。大人は誰しも仮面を被って生きているものじゃ」


 いや、そういうのいらないから。


「そうじゃなくて。なんか、口の形が、開いた口と閉じた口の2パターンしかなかったような……」


「気付いたか。ここの町の住民はな、顔が固定されておる」


 僕はあることに気付いた。

 つまりこれは、あれと一緒だ。


「ああ、なるほど。モブキャラだから顔の表情が1つしか用意されていないんだ」


 僕の言葉に、魔王は眉間にシワを寄せた。


「モブとか言うでない。そして用意されてないとか、制作側の都合を露出させるような発言をするでない」


 そう僕に注意すると、魔王は腕を組んで語った。


「このシャーラプールの町の人はな、顔の表情を変えることができないんじゃ。人々の顔の表情は1つに固定されておる。あいうえお、と言った時、い、のところで口は横に広がるはずなのに、ここの町の住民は、あ、と同じ口の形しかできないんじゃ」


「ああ、低予算のユーチューブ声劇と一緒の設定って訳か」


 そう言うと、魔王は怒鳴った。


「それは違う! 断じて違うぞ!」


 いきなり怒鳴られて、僕はビクッと肩を震わせた。


「えらく必死だな、魔王……」


「よいか! この町の住民は、顔の表情を奪われたのじゃ! だから何が起こっても表情を変えることができない、呪われた町なのじゃ!」


 呪われた町って……。

 ヤバい所に来てしまったのではないだろうか。


「顔の表情を奪われたって、誰に? 魔物?」


「魔物ではない。人間じゃ。この町は隣町との戦争に負け、顔の表情を奪われてしまったのじゃ」


「なんで顔の表情なんか……」


「人々の笑顔を奪うのが、戦争というものなのじゃ」


 いや、だからそういうのいらないから。


「そうじゃなくて。なんで隣町は顔の表情なんか奪ったの?」


「そう不思議に思うのも無理はない。しかし、人間というものは、愚かな生き物なのじゃ。端から見ればつまらない物でも、殺しあって奪い合う。この世で一番残虐な生物、それが人間なのじゃ」


 かつてないほど真剣な眼差しでそう語る魔王だけど、人間のオジサンにしか見えない魔王にあまり説得力は感じないのが痛いところだな。


 しばらく町中を歩いていると、噴水のある綺麗な広場で、なにやら騒ぎが起こっていることに気付いた。


「戦争だああ! また隣町が攻めて来たぞおお!」


 兵士の格好をした男が、駆けながらそう叫んでいる。

 慌てながら右往左往する町の人に、広場はごった返していた。


「なんじゃと! これからワシらは飯の時間じゃというのに!」


「戦争だって!? 大変じゃん!」


 僕たちも逃げよう!

 そう言おうと、魔王の方を見た僕は、冷や汗を流した。

 魔王の体はワナワナと震え、怒りで顔の血管が無数に浮かび上がっている。

 そして、かつてないほどの低い声で魔王は言った。


「正しさとは……愚かさとは……それが何か見せつけてやる!」


 そう言っていきなり走って行く魔王に、僕は呆気を取られた。


 無茶苦茶怒ってるじゃん!

 ってか何、逃げないの!?

 戦場に行くの!?

 えっ、僕はどうしたらいいの!?

 逃げるにしたって、どっちに逃げたらいいんだよ!


「お、おい、待ってよ魔王!」


 僕は魔王に付いていくことにした。

 戦場なんて行きたくないけど、どこに逃げたらいいのか分からない。

 いや、魔王を連れて戦場から離れたらいいんだ!

 全く関係のない町どうしの戦争に巻き込まれて死ぬのなんて、 まっぴらゴメンだ!


 僕は魔王を追いかけ、魔王に向かって叫んだ。


「あんた別にちっちゃな頃から優等生じゃないだろ!」


 僕の言葉が届いているのかいないのか、魔王は止まらない。

 そうして魔王と僕は、全く関係のない町どうしの戦場へ赴くことになったのだった。

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