第2話『呪術回線』
この世界に来て、2時間ほど経過した。
僕にはどこへ向かえばいいか分からないし、 どっちに行けば森を出れるのかも分からないので、自称魔王の指示する方角へと歩いて行く。
「あとどれくらい歩けば森を抜けられるの?」
あまりにも変化の少ない森の風景に嫌気が差してきたところで、魔王に質問した。
「あと2時間くらいこのまま進んで行けば、森を抜けた先に町があるぞ」
あと2時間か……。
まだ半分しか歩いていないらしい。
そういえば今朝、転生前の話だけど、ご飯食べてないや。
魔王も出会い頭で食べる物を持ってないかと聞いていたから、きっとお腹が空いているんだろう。
「お腹空いたね……」
僕がそう言うと、魔王はしばらく考えて言った。
「仕方ない。ウーバーでも頼むか」
シワシワのズボンのポケットから黒色のスマートフォンを取り出す魔王。
「ハァ!?」
思わず大声を出した。
いや、だってここ異世界だよね?
何、世界観ぶっ壊す道具取り出してるんだよ!
「なんでスマホなんか持ってんの!?」
そう聞くと、キョトンとした顔で魔王は答える。
「スマホくらい誰でも持っておるじゃろう」
そりゃあ、転生前の世界なら誰でも持っている物だったけど……。
えっ、もしかしてこの異世界でもスマホが普及してる……?
「この世界にもスマホがあるの?」
そう聞くと、魔王は首を横に振った。
「この世界にスマホはないぞ」
スマホが無い世界なのにスマホを持ってるの?
ダメだ。全然意味が分からない。
「じゃあなんで持ってるんだよ!?」
そう聞くと、魔王は神妙な顔をした。
「このスマホはな、おぬしが元いた世界で手に入れたんじゃ」
元いた世界で手に入れただって!?
それってつまり……。
「転生前の世界に行けるの!?」
魔王は頷いた。
「うむ。しかし、行くには少々面倒だぞ」
面倒だろうが何だろうが、僕はその方法を知りたい。いや、知っていなきゃいけない!
「どうやって行くんだ!?」
「なんじゃおぬし、元いた世界に帰りたいのか?」
「それは分からない。だけど、帰れるなら帰る方法を知っていなきゃいけない気がする」
「ふむ……」
魔王はこちらを見て、少し考えてから言った。
「いいだろう。教えてやろう」
「やった、ありがとう!」
僕が満面の笑みでそう返すと、魔王はフッと微笑んだ。
どうやら悪い気はしていないらしい。
「おぬしの元いた世界に行くためには、まず欧州原子核研究機構をハッキングして、ラージハドロンコライダーを起動させるのじゃ」
欧州原子核研究機構って……セルン?
ラージハドロンコライダーって、大型ハドロン衝突型加速器のことだよね?
僕は、難しい言葉のわりに、聞いたことある単語だなと思いながら、続きを聞いた。
「そしてラージハドロンコライダーでミニブラックホールを精製して、ワシの魔法で作ったブラックホールと繋げて、ワシの自宅に電話レンジカッコ仮を──」
そこまで聞いて、僕は突っ込んだ。
「シュタインズゲートだね。若干違うけど、ほぼシュタインズゲートだね、それ」
セルンやラージハドロンコライダーは実在する。
だけど、電話レンジは完全にシュタインズゲートのやつだろ!
僕は突っ込みを続けた。
「なにこの世界。設定ガバガバなの?」
魔王が眉間にシワを寄せて返す。
「設定とかメタ発言をするな!」
えぇ~!?
どの口がメタ発言とか指摘するんだよ!
「だいたい、僕が元いた世界にあるセルンに、どうやってハッキングするんだよ?」
そう指摘すると、魔王は不適な笑みを浮かべた。
「世界間を超えてハッキングする方法はあるぞ。おぬしにいいことを教えてやろう。5Gの電波は世界間を越えられるんじゃ」
「えっ、5Gって、5世代移動通信システムのこと?」
「ほほう。詳しいじゃないか」
魔王に褒められた。
全く嬉しくないけど……。
まあね、本当なら今日、ケータイ会社に就活する予定だったから少し勉強したんだ。
「おぬしは5Gのスマホではないのか?」
「いや、4Gだけど……。ってか、この世界に転生してスマホなんてどっか行ったけど」
「そうか。どこかに行ってしまったのは残念だったな。しかし良かったではないか。4Gの電波は世界間を越えられないから持っていても全く意味のない物だったぞ」
「そうなんだ。しかし凄いね、5Gって」
もしもこの自称魔王の言っていることが本当なら、5Gは想像を越える発明じゃないか。
「そうじゃろう、そうじゃろう」
別に魔王が5Gを発明した訳じゃないのに、魔王は自分のことのように嬉しそうに笑い、言った。
「この5Gのスマホがあれば、ハッキングもできる。世界間を超えてメールもできる。何より、ワシはNetflixを見るために異世界転移してこのスマホを手に入れたんじゃ」
「そんなことの為に異世界転移するなよ!」
なぜ魔王が鬼滅とか転生アニメに詳しいのか、謎が解けた。
別に解きたい謎ではなかったけど。
「ワシは勇者がレベル1の頃からずっと、このスマホでアニメやユーチューブを見ているからな。そこらのニートより詳しいぞ」
「そこ自慢しちゃうんだ!」
この自称魔王、言ってることが無茶苦茶だな。
魔王が勇者に負けた理由って、絶対そこにあるよね。
「それで、どうする? ウーバー頼むか?」
急に話を戻された。
そういえばそんな話、してたっけ。
「あ、ああ、うん」
そう返事すると、魔王は「ようし、ちょっと待ってろ」と、スマホを操作し始めた。
そしてしばらくし、急に声を出した。
「あ……」
低い、一言。
その単音一つで、何かしらの嫌なことを告げられる予感が立ったが、聞かないわけにはいかない。
「どうしたの?」
魔王は少し声を震わせて言った。
「ワシのペイペイの残高、あと91円しかない」
僕は怪訝に魔王を見た。
「ということは?」
「今月はキタちゃんのサポートカード引くために沢山課金してカードの制限くらってるから……」
ワナワナ震えながらスマホを見る魔王を、憐れみながら見続ける。
「この世界にも、廃課金者とかいるんだ……」
魔王は肩を落とすと、その場に蹲った。
その顔を覗いて、僕は仰天した。
げっ!
いい大人が涙流して泣いてる!
「不覚じゃあ!」
なんて哀れな人なのだろう……。
僕は魔王の肩に手を置いた。
「仕方ないよ、元気出しな。ウーバーは諦めて、町までゆっくり歩いて行こう!」
僕がそう言うと、魔王はさらにボリュームを上げて泣き出したのだった。
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