凍障

花崎つつじ

第1話


 〈アーム末端 凍障を確認〉


 ポップアップを丁寧に消し、アームを擦り合わせる。手と手の間に息を吹き込んでみるが、白い息は出ない。


 アームどころか、全身うまく動かない。冬は不得意だ。


 私たち『ブルームーン社』生まれのヒューマノイドは、ヒューマンに奉仕するだけの存在。

 ゆえに、屋外で長時間活動するための設計はされていない。


 とくに極寒の冬の空の下では、機体やCPUの保護のために大量のエネルギーを消費する。停止状態に陥ってしまう可能性が極めて高くなるため、私たちは冬場の外出を控える傾向にある。ヒューマン風に言うならば、私たちは冬が嫌いだ。


 アームをブロック塀につき、必死に機体を前へ動かす。メモリが正しければ、あと少し、もう少しで医院に辿り着く。そして記憶通りならば、医院に勤めるドクターは、ボロボロの私を追い返したりはしない。


 私が屋外をさまよい始めてから、40時間23分33秒が経過。

 バッテリーの損耗は通常時より1.8倍ほど早い。CPUとバッテリー保護のため演算能力を縮小したが、丸2日稼働し続けることによる負荷は想像以上だった。この夜が明けるまでに医院に辿り着けなかった場合、今度こそ本当に、全ての機能を停止することになる。


 歩くしかない。

 濡れたレンズ越しに見たこのスラムの景色は、まだ記憶に新しい。




 ヒューマノイドの死。その先には一体何があるのか。

私が生まれるずっと前から、ヒューマンによって数多くの論争が重ねられてきた。


 狭い十字路に差し掛かる。

 覚束ない足取りで進む。選択肢は2つしか残されていない。前進か、機能停止か。


 凍ったカーブミラーに映る私は、ひどい顔をしている。


 そもそも、ヒューマノイドは生命体ではない。

ヒューマンやその他動物のような生命活動をしておらず、そして私たちには、感情や魂が宿らない。

 まるで生き物のように扱うヒューマンもいる。こどもや感受性の高いヒューマンに多い。しかし結局のところ、私たちは道具でしかない。そして実際にほとんどのヒューマンは、私たちを身体の拡張、道具として扱い、ふるまう。


 人っ子一人居ない道端で、カラスがごみ溜めに群がっている。

 塀に手を付きしばらく眺めていると、ひときわ大きい体のカラスが空を見上げた。つられて私も天を仰ぐ。


 満天の星と、青白い半月が、暗く落ち込んだスラムを照らしている。寒く長い夜の、一縷の望み。


 ぴしゃ、ぴしゃ、

 水溜まりを踏み抜く、固い足音。確実に私へと向かってきていた。


 遅かった。

 カラスが一斉に飛び立つ。アスファルトとカーボンの機体がぶつかり合い、鈍い音が鳴る。

 後頭部損傷。私の機体は、大きな水溜まりにうつ伏せに倒れこんだ。カランと硬い音を立てて、顔の横で何かがバウンドする。凶器。おそらく、金属製のベースボールバット。


 ヒューマンは死ぬが、ヒューマノイドに死などない。

視界を侵食するエラーコードをクリアして、地面に落ちた星を眺める。



  そんなら、あんたは今日からプロテアでどうだ?



 CPUの冷却水がもれだしている。警告音が鳴り響く。緊急シャットダウンまであと1分。視界にノイズが走り、星が揺れる。白い、雲のような何かで星が隠れる。雲がこちらを見下ろす。


 表情制御、聴覚プロセッサ共に停止。

 おもしろい。生きてもいないのだから、死ぬこともない。そうにきまっている


 それなのにわたしは、しぬのか

 ほしがきえる












「おーい、起きてるか?」


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