金色の殲滅者 無能で捨てられた勇者だが、投げ銭したら城が崩壊した
レオナールD
プロローグ 追放勇者と虫けら魔王
広い平原を黒い影が蠢いている。
無数の草木を踏みつけ、そこに棲まう獣を飲み込みながら闊歩しているのは黒い甲殻で武装した虫の大群だった。
数千、数万、あるいはそれ以上の数え切れない甲殻虫が平原を黒く染めながら進んでいる。彼らが過ぎ去った後に草の一本も生えない荒野と化しており、それは死神の行進のようにすら見える破滅の光景だった。
恐るべきことに、カナブンによく似た形状の甲殻虫は一匹一匹がアフリカゾウほどの大きさがある。それが群れを成しているのだから、もはや人間の手には負えない災厄だった。
「おっかないな……アレが『蟲王』の軍勢か」
そんな黒い虫の大群を遠く離れた場所から窺って、一人の少年がブルリと肩を震わせる。
「何というか……黒い虫の群れっていうのは生理的な嫌悪感があるよな。見ているだけで鳥肌が立ってくるというか、眼球から脳まで汚染されている気持ちになるよ」
ザワザワと肌が粟立ってくるのに耐えきれず、少年が自分の二の腕を手で撫でた。
蟲の大群を眺めて「うえー」と舌を出しているのは黒衣を纏った十代半ばの少年である。
黒髪黒目というこの国で珍しい特徴の持ち主であり、顔立ちは地味めであるがそれなりに整っていた。
「弱気なことを言われると困るわよ。貴方には、これからアレをどうにかしてもらわなくちゃいけないんだから」
鳥肌の立った両腕を何度も擦っている少年に呆れたような声がかけられた。
少年の背中に話しかけたのは、同じく黒衣を身に付けた二十歳前後の女性である。
澄んだ青銀色の長髪を背中に流しており、美しく整った相貌と絶妙なプロポーションの持ち主。野暮ったい黒衣よりも、艶やかなドレスを身につけている方がずっと似合うだろう。
「あれが人類の大敵、人の生息域に現れれば国家滅亡必至の災厄。魔王種の一角である『蟲王デカラビア』なのね」
女性が望遠鏡のような筒を覗き込みながら嘆息する。
銀髪の女性が見ているのは、無数に蠢いて草原を黒く塗りつぶしている甲殻虫の大群ではない。
その後方からのっしのっしと緩慢な足取りで続いてくる『山』だった。
「ああ……デカいよな。何を喰ったら、あんなずんぐりむっくりに育つんだか……」
銀髪の女性が見つめている『山』に視線をやり、黒衣の少年も苦笑した。
真に恐るべき災厄は蠢く虫の大群ではない。その後方からゆっくりと近づいてくる巨大な怪物である。
見上げるほどの黒山……その正体は、成長し過ぎてありえないほど肥大化した虫だった。
数百メートル以上の巨体を揺らしながら接近してくる怪物の名前は『蟲王デカラビア』。この世界における人類の天敵……『魔王種』に指定されている災害級の魔物である。
種族としては蠢いている虫の大群と同種にあたるのだが、共食いをひたすらに繰り返したことで突然変異したそれは一つの自然災害とすらいえるだろう。
今も進行方向上にいる同胞をガリガリと噛み砕きながら接近してきており、あと十数分ほどで二人がいる丘に到着するだろう。
「どこかの馬鹿な勇者様が巣穴を突っついたらしくてね……出てきちゃったみたいなのよ。御覧の通りにお散歩中ってわけ」
「このまま進んでいったら町まで飲み込まれるな。やれやれ……大した力もないくせに蛇の尾を踏むような真似をしやがって。本当に世話が焼けるぜ」
二人は顔を合わせて溜息をつく。
デカラビアと配下の虫の群れが出てきたのは、彼らを退治するべく乗り込んだ『勇者』が原因である。
意気揚々とデカラビアの巣穴に乗り込んだ勇者達は大量の巨虫、その親玉であるデカラビアを前にして、あっさりと敗走してしまった。
生きて巣穴を脱する代償として、暗闇で眠っていた彼らを外に引っ張り出して。
このままでは、身のほど知らずの勇者のせいで国そのものがデカラビアと大群によって喰いつくされかねない。
「彼らを止めることができるとしたら、『金色の殲滅者』と畏れられる貴方だけでしょうね」
「おだてるなよ。結局、同郷であるアイツらの尻拭いをしろって言いたいんだろう……鬱陶しい話だよな」
「そうねえ。でも……やってくれるんでしょう?」
「やるけどな……だけど、それはあのクソを喰って育ったような馬鹿のためじゃない」
黒衣の少年は罵倒の言葉を吐き捨てて、立ち上がった。
「連中を放っておいたら、セーラさんや子供達まで危ない目に遭うからだ。あの傲慢なお姫様や馬鹿勇者のせいで無関係なみんなが割を食うだなんて、俺が許すものかよ」
「良いご返事だこと。それじゃあ、よろしくね……銭形一鉄くん?」
銀髪の女性は色っぽい声で黒衣の少年……銭形一鉄の耳に囁きかけて、その場から跡形もなく姿を消した。
魔法でも使ったように……実際に使ったのかもしれないが、女性が消え去ったことで平原を見下ろす小高い丘には一鉄だけが残される。
「さて……まずは露払いといこう。周りにいるキモい大群から駆除していこうか」
一鉄はスキルを発動させ、虚空から一枚のコインを取り出した。
それはこの国で流通している一般的な貨幣であり、『10万
「【投げ銭】」
一鉄は軽い口調で言い捨てて、指の間に挟んだ金貨を投擲した。
それほど力を込めるでもなく投げられた金貨は一瞬で黄金色の閃光へと姿を変え、迫りくる虫けらを蹴散らして爆発する。
巻きあがる砂塵がカーテンとなって視界を曇らせる中、それまで平然と進軍していた虫達が混乱してワチャワチャと右往左往しているのが見えた。
「……本気で気持ち悪いな」
顔を顰める一鉄。視界が晴れると、先ほどまで平原だった地形に大きなクレーターが生じており、そこに密集していた数十匹の甲殻虫が粉々に吹き飛ばされていた。
たった一枚の金貨にどれほどの力が込められていたのだろう……一発の閃撃によって、勇者達が敗走を強いられた巨虫の一部を葬り去ってしまった。
「本気で寒気がしてきたから、さっさと終わらせることにしよう。虫としてこの世に生まれたことを呪ってくれ」
一鉄は次々と金貨を取り出して、虫の大群めがけて放っていく。
黄金の閃撃が幾度となく草原に瞬いて、破壊の爆裂を引き起こす。
その圧倒的な破壊力。ミサイルを連発するような高火力攻撃こそが、裏社会に置いて『最強』と謳われる殺し屋……『金色の殲滅者』の本領発揮である。
数分後には平原を覆っていた虫の群れは大部分が駆除された。元がどんな形状だったかわからないほど粉々になった肉片と、地面に広がる体液だけが残される。
「さて、一通り片付いたけど……そっちはどうするのかな?」
万単位の怪物を殺し尽くした一鉄はその余韻すら匂わせることなく、大量のクレーターの向こうに声を投げかける。そこには親玉である巨大な『山』……デカラビアが鎮座していた。
「巣穴に戻るなら止めはしない。そのままゆるりと引き返してくれ」
『…………』
一鉄の言葉を理解したわけでもないだろうに、デカラビアがわずかに動きを止めた。
しばし停止していた魔王種の巨虫であったが、すぐにのっしのっしと進軍を再開する。
「……あっそ、じゃあいいよ」
一鉄は興味を無くしたように冷めた顔でつぶやいて、両手の指の間に金貨を取り出した。
「それじゃあ……魔王討伐といこうか。捨てられた無能な勇者と虫けらの魔王……どちらが上か試してみようか?」
一鉄はつまらなそうな顔から一転して凶暴な笑顔になり、左右の手から金貨を投げる。
平原に金色の閃光が瞬いて、花火がいくつも上がった。
山のような巨大な甲殻虫と隕石のような破壊を撒き散らす少年。まるでこの世の終わりのような地獄絵図がそこにはあった。
『金色の殲滅者』
依頼を受ければ、王族でも魔王でも誰でも殺す。
狙われたら命がないとまで謳われている、裏社会最強の殺し屋。
その日、王族ですらも震え上がらせる殺戮者の武勇伝がまた一つ、増えることになるのだった。
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