星と鏡の殺人
新幹線を降りて改札を出る。駅はだいぶシンプルなつくりだ。西口と東口が左右に見渡せる駅舎は、短くてまっすぐなトンネルを思わせる。
メトロ嬢はさっそくお土産を買いに行ってしまったようなので、ぼくはなんとなく東口のほうへ歩いていく。そちらにはバスターミナルがあり、西口方面より往来する人は多そうだ。ツアー客らしき団体が大きな荷物を手に手に連れ立って歩いている。制服やスーツ姿で傘を持ち、足早に出ていくのは地元の人々だろうか。
外へ出ると、目の前の広場でなにか騒ぎが起きているようだ。地面を指さしたり、スマホをかざしたり、遠巻きに覗きこんだり、小さな人ごみができている。ぼくは駆けつけた(これは癖なので治らないのだ)。
人の輪の中心、広場の地面には、人がひとり倒れている。肉が焦げたようなにおいと、かすかにユリのような花の香りが漂っている。
「なにがあったんですか」と、訳を知っていそうな駅員姿の男性に尋ねたが、「人が倒れています。救急車を呼びました」とだけ答え、ひどく動揺している。どうやらそれほど訳を知ってはいなさそうだ。
倒れているのは体格のいい男性のようだ。ほとんど焼け焦げているが、黒髪に黒づくめの格好であったことが見て取れる。そばにしゃがみこんでみると、男性の体は上半身がとくにひどく焼けており、ぴくりとも動かない。呼吸、心拍、脈はすでにない。
首には金の鎖に小さな金の十字架のネックレスが掛かっている。ぼくはうろ覚えの十字を切った。「亡くなっています」ぼくは告げた。
人ごみの人々は、ぼくのことを医療関係者か警察関係者か、そんな職業の人間だと思っているのか、死体に近づいて死亡確認まで行っていることを怪しんでいないようだ。なんだか申し訳ない。
ぼくは立ち上がり、加賀棒茶のペットボトルを口にして気分を落ち着けた。救急車が到着するまでに、なにが起きたのか考えることにする。まず、男性の死因はやけど、つまり焼死だろうが、これが事故なのか、事件なのか、あるいは自殺なのか。
その場にいる人たちから証言を集めてみる。
1.死んだ男性の恋人・ビアンカさん
「カルロス(死んだ男性の名前)と私は観光で来ました。私は駅の建物を背景にカルロスをスマホで撮っていた。タイミングを見計らって一枚撮った直後、とつぜんカルロスから炎が上がった。なにが起きたかわからない。写真を撮っているとき、カルロス本人にも周りの人にも、怪しい動きはなかったと思う」
そのとき撮ったという写真を見せてもらうと、生前のカルロス氏が腕を組んだポーズで仁王立ちし、日焼けした顔と白い歯のコントラストがまぶしい笑顔を浮かべている。周囲二~三メートルほどには人がおらず、火器や、火元になりそうな物もない。
2.目撃者・ムラカミさん
「現場近くのベンチに座って休んでいた。広場の真ん中でなにかが光った感じがして、そのあとぼうっと音がして、火と煙が上がるのを見た。最初は人が燃えているなんてわからなかった。近づくと男の人が燃えながら倒れていて、とっさに持っていた水筒のお茶をかけてしまった。一緒に集まってきた人たちも上着ではたいたりして火を消した。目の前でこんなことが起きて、ショックです」
3.駅員・マツダさん
「駅舎内の東口付近でお客さんの対応などをしていた。広場で人が騒いでいるので駆けつけた。そのなかで倒れている人は大怪我をしているようだったので、救急車を呼び、同僚にも知らせた。訳がわかりません」
マツダさんは、ぼくが「なにかあったんですか」と尋ねた駅員だ。ハンカチでしきりに顔の汗をぬぐっている。
ぼくが広場の大きな屋根を見上げながら考えこんでいると、いつのまにかメトロ嬢が隣に来ていた。買い物を済ませたらしく、黄色いバッグを提げている。
ぼくが事情を伝えると、メトロ嬢はなかばあきれたような様子で語りはじめた。
「つまり、子供のときにやった理科の実験みたいなことが起きたんですね。この金沢駅の東口前広場の上には、三千枚以上のガラスを貼りあわせたドーム状の屋根。今日は北陸とは思えないほどに晴れていて気温も高い。カルロスさんは、写真を撮っているうちに、いわばレンズのような形状をしたドームの焦点に立ってしまった。より光を集めやすい黒服と黒髪のうえ、引火しやすい香水(カルバン・クラインのエタニティですね)をたっぷりとかけていたことで、集中した太陽光はカルロスさんを火種として発火。焼けて亡くなってしまったんですね」
メトロ嬢はカルロスさんに向かって目をつむり、手を合わせた。
たしかにそれはぼくも考えついたことなのだが、本当にそんなことがあるだろうか? 太陽光が当たるたびに人の行き交う広場に高温の焦点が発生していたら、危険きわまりない。
しかし、メトロ嬢の推理を聞いていたマツダさんは腑に落ちたように、
「そうだったのか。同様の不審死はこれまでに二件起きているんです。謎が解けました」などと言っている。「金沢は本当に晴れの日が少ないんです。今日のように日光がまぶしいほどに降りそそぐ日は、真夏のほんの限られたひとときです。われわれは太陽を見る機会がほとんどないから、そんな理由は想像もできなかった」
ぼくが金沢の気候に思いをはせて気を滅入らせていると、救急車のサイレンが聞こえてきた。
振り向くと、メトロ嬢がバッグからぬいぐるみを取り出してぼくに見せびらかす。
「めちゃくちゃ可愛くないですか、この着物のピカチュウ。ポケモンセンターカナザワ限定らしいです。そうそう、これあげます。先生に似てたんで」
小さなステッカーを手渡された。青いラディッシュのような物体に目と口があり(しかも笑顔だ)、足が生えている。マンドラゴラの仲間みたいだが、これもポケモンの一種なのだろう。値札には「ナゾノクサ」とある。ぼくはこいつに似ているのか……。
冴えない気分で救急車を見送ってから、くだんの巨大なガラスのドーム越しに空を見上げると、早くも暗めの雲が立ちこめてきて、さきほど人をひとり殺したはずの太陽を隠してしまっている。東京に負けないくらい暑いが、日なたはない。
ぼくとメトロ嬢はバスターミナルに向かい、ひがし茶屋街へ行くバスを探しはじめた。真夏の金沢の町をバスに揺られながらもしばらくは、焦げたにおいとユリの香水の香り、そして人体が幻のように光を放って消えてしまうイメージが、ぼくの頭から離れなかった。
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