第二十二話 千尋の回顧 -3-

 そして、今。

 拓人は傍らですっかり眠りについている。

 千尋の行為になにひとつ言わず、羞恥心にも耐えながら、応えてくれた。


 嬉しくて楽しくて、愛おしくて。


 時間をかけてゆっくり、じっくりと高めていくと、拓人にもそれが通じたようで、最後には意識を飛ばすほどだった。


 腕の中にずっと閉じ込めておきたい。


 ぎゅっと抱きしめ、まだ目覚めない拓人の瞼にキスを落とす。

 鼻先、頬に唇。すべてにキスを終えると、漸く拓人が目を開いた。

 ゆるゆると開いたそれは、すぐに千尋を認めて、笑みを象る。寝ぼけているのだろう。

 それがまた可愛いのだが。

「…ち、ひろ。かわいい…」

 そう言って、キスをしてくる。

 やはり寝ぼけている。かわいいのは拓人の方だ。


 何度も言っているのに。


 それに乗じてまたキスをし返すと、むくむくと欲求が湧いてきて。

「拓人…、もう一回、いい?」

 拓人は疲れきってそれどころではないだろう事は分かっているのだが、漸く手に入った存在に何度も確かめたくなって、断られるのを覚悟で尋ねたのだ。

「…? 今?」

「うん。今。すぐ」

 拓人は目ボケ眼で逡巡したのち。

「…いいよ」

 小さい声で顔を赤くしながらそう答えた。


 拓人との時間がまた流れ出した。

 四月から拓人は大学に通いだす。

 千尋は拓人の借りたアパートへ越してきた。

 同性同士だろうが高齢者だろうが外国人だろうが、入居してくれるならなんでもいいという家主。

 平屋のそこはなかなかの年代物だったが、いくらでもリフォーム可なのがありがたい。これからゆっくり手を加えていくつもりでいた。

 ちなみに、家賃含め生活費は、それぞれ決まった額を口座に入れている。

 三分の二が千尋で、残りが拓人だ。

 千尋はようやく安定した収入を得られる様になり、全部もつと言ったのだが、拓人は譲らなかった。

 いつか言った通り、おんぶに抱っこは嫌らしい。気概があっていい事だが、拓人を養う自分に浸りたかった千尋は、少々落胆もした。

「千尋、夕飯たべよ!」

「ん」

 部屋数はそれなりにあって、居間に続く一室を工房のようにして使っている。

 仕事場で受けた仕事を家でもやりたくてそうさせてもらったのだ。

 部屋は居間とそれに隣り合った客間、他にも客間が二つと浴室、台所が続く。

 全て畳敷きだったが、工房に使う部屋だけは先にリフォームして床張りに変えてあった。

 そこへ拓人が夕食を告げに来た。

 食事は担当が決まっている。今の所、朝は千尋で夜は拓人。昼は今は拓人が主で、仕事がない日は千尋が作る。

 これで授業が始まればまた変わっては来るのだろうけれど。

 千尋は別段家事は苦でなく。一人暮らしが長く、簡単なものは作れる。それに、バイト先は律の勤める飲食店で。調理も手伝うからそれなりにできた。

 逆に拓人はまだ慣れてはいない。

 それでも元来器用なのか、サイトを見ては簡単なものから作る様になっていた。できるだけ、簡単! と、つくレシピばかりを検索しているらしい。

 洗濯は朝、干すのは千尋で取り入れて畳むのは拓人。掃除は日々は千尋で、土曜日にまとめてするのは主に拓人。千尋が休みなら一緒に行う。分担制だ。

 他人との生活は、ひも状態だった若かりし頃とは違って初めて。

 それでも拓人とは苦にならなかった。

 拓人はなにかを強要しない。こうだと思ったやり方はそれぞれ、それを尊重してくれるからストレスを感じなかった。

「拓人って、相手が悪かったらきっと、そいつをぐずぐずにするだろうな…」

 ごろんと拓人の膝に頭を乗せて寝転がった千尋は、見下ろす拓人に目を向ける。

「なに? それって、ディスってる?」

「違う。気が利くってこと。拓人、好き。大好き」

「もう。それ、口癖だね? それで機嫌とろうと思ってる?」

「思ってる…。とれた?」

 拓人はたまらず笑い出す。

「…とれた」

 照れた拓人が見下ろしてくる。手を伸ばしてその頬に触れると、どちらともなく引き寄せて、キスをした。

 はたから見ればどれだけ浮かれているのかと思われるだろう。別に思われてもいい。


 俺は今、幸せなのだから。


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