記憶の花の散る頃に ~婚約破棄を告げられた令嬢は、隣国の宮廷魔術師と新たな恋を芽吹かせる~
江東乃かりん
第1話
「わたくしは、必要とされていませんもの。……婚約者からも、家族からも……」
そう言って悲しく微笑む彼女を慰める方法は、果たしてあれでよかったのだろうか。
時を経ても、未だ思うことがある。
それでも……。
「俺には君を……苦しみから解放する
「わたくしを……解放してくださるのですか……?」
「当然だ。君はこの国で唯一の、俺の…………友人だから」
例え時が巻き戻ったとしても、俺は君を救うために同じ選択をしただろう。
●〇●
「フォーリア・クウィンクェ! 私はお前との婚約を破棄し、新たにダリア・クウィンクェと婚約を結ぶことを宣言する!」
「殿下、理由をお聞かせください……」
華々しい雰囲気を演出していたパーティ会場で、その場に不相応なほど剣呑な雰囲気を晒した集団がいる。
婚約破棄をつけつけられたフォーリア・クウィンクェ公爵令嬢が、蒼く澄んだ瞳に動揺を浮かべながらも、気丈に振る舞おうとしている。
彼女と対峙しているのが、婚約破棄を高らかに宣言したガリス・シリンガ。この国の第一王子で王太子だ。
この場は、年を同じくした二人も通う学園の卒業パーティー……のはずだった。それを王太子とあろうものの手によって、場を乱されてしまった。幸福に満ちた祝いの気分を皆の内から吹き飛ばしてしまったことを悪びれもせず、王太子は堂々とした態度で元婚約者となるクウィンクェ公爵令嬢を見下している。
王太子の彼の後ろには、庇護欲を誘う可愛らしい少女が隠れている。そして王太子……いや、厳密には少女に味方するように、数人の少年が近くで控えていた。彼らは王太子の側近たちだが、その様子は少女を守る騎士のようだ。
「理由は聞かずとも、分かるだろう?」
――ああ、明らかだ。クウィンクェ公爵令嬢と婚約しているにも関わらず、殿下が後ろにいる女と不義を働いている、ということが……。
……などと茶化すことが出来たら、どんなに良かっただろうか。そんなことを口にすれば、王太子に逆上されるに違いない。
そうなれば渦中にいるクウィンクェ公爵令嬢がより辛い追いやられるであろうことから、災いとなる口を噤むしかない。いまはまだ……歯がゆいが、俺が口を出すべきタイミングではないのだから。
「わたくしには思い当たることなど、ございません……」
震えるクウィンクェ公爵令嬢のそばには、誰もいない。誰の目から見ても明らかに孤立しているが、誰も彼女に寄り添おうとはしなかった。
王太子妃となる彼女を蹴落としたい女性の多くは、意地悪そうに薄ら笑みを浮かべている。だがそうではない人物たちも、遠巻きに様子を見ているだけだ。
クウィンクェ公爵令嬢に味方がいない理由。それは、彼女に関する悪意のある噂のせいだろう。
「嘘だ! お前はダリアを虐げていただろう!」
「そうです! 私はずっとお義姉様にいじめられていました! 私は妾の子だからって、いつもいつも……頑張って耐えてきたんです!」
「そんなことは……」
「でも、私……これ以上耐えられません!」
王太子の後ろで瞳を潤ませながら健気そうに訴えかける少女は、婚約破棄を宣言されたフォーリア・クウィンクェ公爵令嬢の腹違いの義妹にあたる。名をダリア・クウィンクェ。
フォーリア嬢の母亡き後、クウィンクェ公爵の後妻としてやってきた連れ子だが……クウィンクェ公爵とは血がつながっているらしい。それも、フォーリア嬢とはひとつしか歳が違わない。つまりダリアは、妾の子だった。
「証拠と証言も残っています」
義妹の涙声に感化されたように、王太子の側近のひとりが書類を手に同意する。果たしてその証言は、どの程度信憑性があるものなのだろうか。
「民を導くべき王太子妃となる者が、粗暴にふるまうなどもってのほかだ! お前こそ、私の婚約者に相応しくない! よって、私はフォーリアとの婚約を破棄し、貴様を国外追放とする!」
「……承知いたしました」
「公爵からの許可も得ている。即刻、退去しろ!」
王太子からの宣告を受けたフォーリア嬢の表情が翳ったのは一瞬のこと。彼女はすぐに切なげに微笑み、一礼する。
誰もが近づくことを恐れるその場に、俺は足を踏み出した。
『彼は……シスアータ・ベリディリウム……? 隣国からの留学生だわ』
『あいつも卒業生だったか。ってことはこの騒ぎが終われば隣国に戻るのか』
『後腐れないから修羅場に入っていけるのね……』
シスアータ・ベリディリウム。それが俺の名前だ。
俺の母国……すなわちこの国から見ると隣国となる、魔術学園を飛び級で卒業した宮廷魔術師……なのだが、大陸随一の収蔵数を誇る国営図書館があるこの国に留学生としてやってきた。
基本的に国営図書館は自国民しか利用できないのだが、特例として留学生であれば閲覧の権限が与えられるからだ。
目的はこの国特有の魔術に関する本で、当初の目的は果たしている。
パーティーへ出席せず、すぐにでも出立しても構わないのだが……。俺にはこの国を離れる前に、やらなければならないことがあった。それは義務感や責任感から来るものではない。
「なんだ、貴様は」
「隣国からの留学生です。王太子殿下。発言をお許しください」
「申せ」
「私に提案がございます。彼女から、殿下に関する記憶を消去しては如何でしょう?」
「どういうことだ?」
「フォーリア嬢の処遇がどうあれ、今後のお二人へ彼女が二度と手を出さないとも限らないでしょう」
俺の言うことを疑いもせずに、王太子は頷いた。
「ならば、彼女の内から殿下の記憶を切り離してしまえば良いのです。そうすることで、彼女はお二人へ悪意を抱くこともなくなり、将来においての憂いもなくなるでしょう」
「お前にそれが出来ると?」
「はい。被験者の同意を得た上で任意の記憶を切り離し、実体化させる魔術を開発いたしました」
「ふむ。その魔術でフォーリアの記憶を切り離そうと言うのだな?」
「仰る通りでございます。フォーリア嬢から切り離す記憶は、『殿下に関する記憶のすべて』……。恐らく王妃教育なども一切切り離されるでしょう。如何なさいますか?」
「構わん、やれ」
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