ブーメラン

@me262

ブーメラン

 とある地方に出張していた時である。仕事は問題なく終わったが、かなりの遠方だったこともあり、その日は現地の旅館に一泊することにした。

 海に近い宿だったので、夕食を済ませた後に軽い見物で浜辺に出掛けてみた。シーズンオフ、それも夜の海に人出などある訳がない。そう思っていたが、あいにくと先客がいた。

 護岸の上にある国道から石段を降りた先に広がる砂浜の縁には、少年が一人で波打ち際に立っている。星一つない曇天のせいで細かい所はわからないが、近くに保護者がいない所を察するに旅行者ではないだろう。

 こんな夜中に何をしているのかと、私は石段の上から少年を暫しの間観察した。少年は右手に持った物体を海に向けて思い切り投げつけている。それは海上の暗闇に溶け込んで一瞬見えなくなるが、直ぐに速度を落とさず浜辺に飛び帰り、彼が高く掲げる手の中に収まった。

 私は少年に聞こえないように小さく口笛を吹いた。ブーメランだ。今時珍しいが、やっている者もいるのだろう。

 それにしても上手いものだ。小柄な身体に比べて、かなりの大きさであるブーメランを少年は何度も海に投げるが、その全てが寸分違わず彼の手元に戻っている。数十メートルは飛んでいる筈だ。ここまで上達するには相当な練習をしたのだろう。将来は世界大会を目指しているのかもしれない。

 集中している少年を邪魔するのは悪い。見たところ他に人もいないし、海には船も見えないから、彼のブーメランが危険を及ぼすこともないだろう。私は砂浜に降りることなく宿に戻って風呂に入ると、そのまま寝ることにした。

 翌日、チェックアウトして宿を出た私は、国道沿いにある直ぐ近くのバス停を目指した。アスファルトの端を歩く私は、何気無く護岸下にある白い砂浜に目を遣る。

 くの字型の物体が波打ち際に置かれていた。ブーメランだ。昨夜見た少年が使っていた物に違いない。

 大事な物じゃないのか?

 不思議に思った私は、石段を降りて砂浜に立ち、放置されたブーメランに近付いた。足元にあるそれを手に取った私は、眉をひそめた。

 子供の頃に私が遊んでいたブーメランと違う。

 本来ブーメランという物は下面が平らで、上面はやや弧を描く様に少し膨らんでいる。これによって投げたブーメランが回転して手元に帰ってくるのだ。しかし、まるで流木から作られたと思われる、このブーメランは両面共に平らになっているのだ。これでは投げても真っ直ぐ飛ぶだけで、帰ることはない。

 あの少年は一体どうやって、このブーメランを帰していたのか?ここまで考えた私は愕然とした。

 少年は只ブーメランを投げていただけなのだ。海の中から誰かがブーメランを投げ帰していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブーメラン @me262

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ