第15話 遠い未来を書き換えろ

 メイドさんに呼ばれて2人でついていくと、とある部屋に案内された。そこには詩織さんのお父さんがソファに座っていた。勧められるまま、ソファに座り向かい合う。

「来てくれてありがとう。今回はかなり暴れたようだね。」

「ええ。護衛の方をお借りできたおかげです。本当に助かりました。」

「それで・・・娘が殺される可能性は回避できたのかな?」

「ええ。とりあえず組織の一部を壊滅させたので一時的には大丈夫です。ただ今回のことを他の人に一切話さないでください。警察にも。」

「わかった。といっても話せることはほとんどないんだがな。」

 工藤さんのお父さんは肩を竦める。まあそれもそうだろう。彼にとっては護衛を貸しただけだ。本当は今も色々聞きたいのを我慢しているのだろう。


「後は恵那が回復してくれれば全て上手くいくんだが・・・な。」

 詩織さんが悔しそうに手を握りしめる。確かに妹さんは一時的に死を回避できただけだ。難病が治ったわけではない。その時、ふと『婚約者』が最後に囁いた内容を思い出した。試してみる価値はあるだろう。俺は詩織さんのほうを向く。


「詩織さんに1つ提案があるんだけどちょっといい?」

「?なに?」

「・・・・唐突だけど、将来医学の研究者を目指す気はないかい?」

「急ね。どうして?」

「いや、妹さんの病気の研究を・・・さ。」

「!!!」

「間に合わないかもしれない。でも続けていれば未来で同じ病気の人を助けられるかもしれない。」

 詩織さんは少し考えこんでいたが、顔をあげ頷いた。

「・・・・そうね。そうするわ。」

「詩織?」

 工藤さんのお父さんが驚いたように詩織さんを見る。だが、彼女は覚悟を決めた表情をしていた。


「恵那も前呟いていたのです。こんな病気なんかなくなればいいのにって。私も同じ思いです。可能なら恵那を助けたい。だから医療関係に進もうと考えてはいました。」

「そうなのか・・・・。」

 これで前提条件はクリアだ。だが次が問題だ。だが、この提案が拒否されても別に誰かが死ぬわけじゃない。気楽にいこう。


「なら1つお願いがあるんだけどいい?」

「?何?」

「今日を境に、10年毎に詩織さんの病気の研究結果を振り返ってくれないか。誰かに説明するかのように。」

「?それになんの意味があるの?」

 もっともな質問だ。だが、未来については言うわけにはいかない。ここは詩織さんが頷いてくれるのに賭けるしかない。


「申し訳ないけど今は言えない。ただ上手くいけば事態が好転するかもしれないんだ。」

「10年毎に研究結果を振り返ることで?」

「そう。」

「何故10年毎なんだ?」

「医療は日々進歩していますが、難病と言われている妹さんの病気の解決方法がすぐに見つかるとは思えません。だから10年ごとなんです。」

「・・・わかったわ。」

 詩織さんは力強く頷いた。あっさり信じてくれた事に拍子抜けしてしまった。


「詩織?そんな意味の分からないことを信じるのか?」

「今回、私達は翔君に助けてもらいました。最初は・・怖かったですけど、今なら信じられます。それに進路は元々そちらの方で考えていましたから。10年毎にそれをやるだけならたいした手間ではないですから。構いませんよ。」

「・・・・わかった。詩織の人生だ。好きになさい。」

「ありがとうございます」

 工藤さんのお父さんも許してくれた。良かった。未来を視ないでこんな風な提案をしたのは初めてだ。


「だが。」

「「?」」

「結婚を認めたわけじゃないからな!交際は清く正しい交際になさい!!」

「「!?」」

 二人して飲み物を吹き出しそうになる。どうしてそんな話になるんだ!?詩織さんも顔を真っ赤にしてあわあわとしている。


「お父様!?」

「なんだ違うのか?最初より距離がだいぶ近いし、下の名前で呼び合うようになっているし。」

「それは・・・。」

「違いますよ。友達になってもらっただけです。これからアプローチしていきます。」

「翔君!?」

 詩織さんは顔を真っ赤にしてこちらを見ている。だが事実だ。俺としてはやはり詩織さんが大好きなのは変わらない。いつか好きになってもらえるように頑張りたい。


「ふん。見せつけおって。今度私も妻と一緒に出かけるかな・・・・。」

 詩織さんのお父さんは呟く。俺と詩織さんはなんと言っていいかわからず顔を見合わせる。

「とりあえずそれはおいておくとして・・。詩織さん。どうだろう?約束してもらえないか?」

「わかったわ。約束する。」

 それを聞いた後、詩織さんの『履歴書』を取り出し彼女の30年後の未来を視た。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 映像では詩織さんは自室であろう部屋にいた。詩織さんは40代後半とは思えないくらい若々しかった。そして手には分厚い論文を持っている。めくっているのを後ろから覗き込むと1ページ目にはこう書いてあった。


『この論文を亡き妹に捧げる。』


 ページを捲りながら詩織さんが呟く。

「この研究結果が後2、30年早く見つかれば・・・。恵那は助かったのに・・・。」

 そんな詩織さんを横目で見つつ論文を見る。うん、意味はわからないがきちんと読める。俺はその時点で一旦未来の再生を中止する。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「っ!!」

 現実に戻ってきた俺は思わず叫びたくなったが必死に我慢する。いきなり叫んだら心配をかけてしまう。だが、これで未来を視ながら書き写せば妹さんを救える。

 これが『婚約者』がアドバイスしてくれたことだ。未来の固定は1日後までしかできない。だが未来を固定するのではなく変化させた場合、先の未来を視ることができる。言われてみれば当たり前の事だが、今まで気づかなかった。

 論文の内容は写した後、専門家に見てもらえばいい。恐らく大幅に未来は変わるだろうが、知ったことではない。詩織さんが笑顔でいてくれるのが一番だ。


「翔君?大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫。ちょっとぼーっとしていた。」

「そういえば君はまだ目覚めたばかりだったね。とりあえず今日は寝なさい。明日になったらまた取り調べがあるんだろうから。」

「そうですね。そうさせていただきます。」

 俺は2人に挨拶して立ち上がる。メイドさんに部屋に案内してもらって就寝することにした。明日からはまた忙しくなる。

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