あなたの知らない『ラーメン屋へのカヨイカタ』
えーきち
第1話 極上のラーメンを食べに行こう!
『明日、ヒマ?』
――夜から用事あるけどそれまでなら
『さっき買った今月号の情報誌にラーメン特集見つけたんだけど、めっちゃ美味そうなラーメン屋があってさ』
――あ、それオレも見た、半田の店じゃね?
『そうそう、でさ、明日そのラーメン屋行かね? なんか二十杯限定のラーメンがあるらしいくて』
――いいねー!
『じゃあ開店が11時だから10時に迎えに行くわ』
――おk
なんて会話が、ふたりの間にあったのかどうかはわからない。が、それに近しいやり取りがあったからこそ、彼らはここ――有名ラーメン屋の前にいるに違いない。
目に染みるほどの蒼が空一面を彩る快晴。ではあるものの、吹きすさぶ風だけは刺すように冷たい令和七年一月某日……
「マジかぁ〜!! やっちまったぁ〜!!」
年のころ、二十代後半くらい。
小洒落た今時の男性ふたりのうちのひとりが、ラーメン屋の入り口脇に置かれた小さなテーブルを見おろしたままガックリと肩を落としていた。
彼はいったい何をやっちまったのだろうか?
彼らにいったい何があったのだろうか?
~~~~~~~~~~~
『ラーメンでも食べに行くか』
そんな軽い気持ちで多くの人がラーメン屋へ行く。まるで近所のコンビニにでも行くように。それほど、この日本でラーメンは一般的でありどこでも食べられる。
世にラーメンの情報は溢れ、インターネットや雑誌、さらにテレビでは特番まで組まれるくらい、日本人はラーメン好きである。
ネットで調べると、ラーメンが「非常に好き」または「まあ好き」と答えた人の割合は八割にものぼり、それに比べ「とても嫌い」+「やや嫌い」と答えた人はわずか五パーセントほどだと言う。
ラーメンチェーン店は全国に七千軒以上と他のジャンルと比べてもその数を大きく引き離し、専門店に至っては三万軒以上ある。
さらに、ラーメンが食べられるファミレスや町中華を足すと、その数なんと二十万軒にものぼる。
全国のそば・うどん店の数が三万件であることを考えるとそれはとんでもない店舗数であると言えるだろう。
日本に深く深く浸透したラーメン業界。
日本のトップ・オブ・麺!
世はまさにラーメン戦国時代――
毎年毎年新しいラーメン屋が次から次へとオープンして、その数以上の店が時代の流れに飲み込まれひっそりと消えていく。
令和六年――ラーメン屋の倒産件数は統計以来過去最多を記録した。
気軽に訪れるお客とは裏腹に、そこはラーメン屋の生き残りを賭けた闘いの場なのである。
ここで一度思い返してみて欲しい。
多くの人が気軽に足を運ぶラーメン屋とは、いったいどこのことだろうか?
チェーン店? 専門店? それとも町中華?
それは自分がどこのラーメン屋へよく行くのかを考えれば自ずと答えは出てくる。
『気軽に』を前提とするならば、多くの人がラーメンを食べに行くのはチェーン店である。
これには明確な理由がある。
まずチェーン店にはハズレがないということ。
先に述べたようにラーメンを食べられる店舗は異常なほど多いため、少しでも美味しくなければあっという間に潰れてしまうのだ。
その点、チェーン店は基本どこの店でも安定した美味しさが約束されている。
しかも店内は何組もの家族連れが和気藹々と食事を楽しめるほど広く、全店舗のメニューの統一で仕入れを一括管理すればコストも落とせて料金もリーズナブルだ。
家族――小さな子供連れでも気軽に行けるのがチェーン店のいいところなのだ。
町中華もチェーン店に近いがこちらはラーメン以外のメニューも多いので、『ラーメンを食べに行く』に特化した店とは言いがたい。
それでは専門店はどうだろう?
テレビで特集が組まれるラーメン屋が主にこの専門店だ。
しかし、チェーン店の四倍以上店舗があるにも関わらず、以外とその実態はあまり知られていない。
特番ではそのラーメンがどれだけ素晴らしく美味しいかだけ。正直、それで番組は成立する。
『行きつけのラーメン屋(専門店)がある』なんてよく聞く話だか、何店もの専門店を食べ歩くのはあまり一般的ではない。
異常なほどのラーメン好き――所謂ラオタの人々は、こういった専門店を好んで食べ歩く。
ラーメン専門店とは、その名の通りラーメン屋である。
メニューは各種ラーメンやつけ麺、まぜそばなど、麺類がメインで、その他はご飯系メニューと、あっても餃子や焼売、唐揚げ程度のサイドメニューくらい。
店舗は基本狭く、中にはカウンターのみ十人程度しか座れない店も少なくない。
専門店は細かく外資系、個人店、系列店と分けられる。
外資系はラーメン屋の開業または立て直しから運営まで別会社にサポートしてもらっているラーメン屋のことである。
店主はいるものの、メニューから業務形態まで細かく手を加えられ、サポート会社に契約料を支払わなければいけないラーメン屋だ。
こうやって書くとチェーン店に近いものがあるが、外資系はチェーン店のようにブランドやサービスを統一させて多店舗展開するわけではなくあくまでサポートのみであること。しかし、同じ外資系のラーメン屋はどことなくメニューが似ているので没個性のきらいがある。
個人店は読んで字の如く個人経営のラーメン屋だ。
店主と女将、他にスタッフがいるかいないか。これは超がつく有名店でも変わらない。
百店舗あれば百店舗分の独自のメニュー、味、業務形態があり、ラーメンファンがつきやすい。
個人的好みだが、チェーン店とは比べものならないほど美味しい店が多い。そうでないと、金額面でチェーン店に勝てるはずもなくつぶれてしまうからである。
テレビ特番や雑誌の特集などで紹介される超有名店は、まずこの個人店である。
先の男性ふたり組がどこで見たか聞いたかたどり着いた有名ラーメン屋も個人店だ。
最後に系列店だが、こちらは業務拡大を図った個人店グループと考えてもらえばよい。それは暖簾分けされた弟子が経営する直系店であったりあくまで雇われ店長がいるだけの支店だったりさまざまではあるが。
それでは、それを踏まえた上で先のシーンに戻ってみよう。
~~~~~~~~~~~
「マジかぁ〜!! やっちまったぁ〜!!」
場所は愛知県の知多半島――半田市にある有名ラーメン屋前。
二十代後半くらいの小洒落た今時の男性ふたりのうちのひとりが、ラーメン屋の入り口脇に置かれた小さなテーブルを見おろしガックリと肩を落としていた。
私はデニムの尻ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。
時間は十時四十五分――店の開店時間まであと十五分。
眉根をさげる男性ふたりを尻目にテーブルに置かれたA4サイズのクリップボード――記帳ボードを見ると、そこには十三時の枠までビッチリ名前が埋まっていた。
「え、なになに? どうしたって?」
「これ見てくれよ」
やっちまったであろう男性がぴえんな顔で記帳ボードを指さす。
「一時まで空いてない……え、なんで? 意味わからん。だって開店十一時じゃん……」
やっちまったらしい男性が記帳ボードをのぞき込んでいた私に気づき、寒い冬空の下に捨てられた子猫みたいな目ですがるような視線を向けてくる。
「すいません、これって昨日からとか出てたんですかね?」
「あー、いや、記帳開始は八時半ですね」
ちなみに私の順番は五番。
店前に着いたのはつい先ほどだが、ラーメンを食べ歩くようになって仲よくなった友人――麺友さんが朝八時から並んで記帳してくれていた。
「八時半かぁ……そうかぁ……」
まんまとやっちまった男性はしぶしぶ十三時の枠に名前を書き、肩にめり込むくらい首をすぼめ友人とその場を立ち去っていった。
その見た目よりも小さくなった背中に哀愁を漂わせて……
開店五分前。
彼らがこの店でラーメンを食べられるまで約二時間十五分後。
私から言わせれば、開店時分まで記帳もせず二時間待てばで食べられるなら御の字だ。
ただし今日の限定ラーメンを狙っていたとしたらまず絶望的だが。
彼らの誤りはなんだったのだろうか?
八時半に記帳にしなかったこと?
それはあながち間違いではないが、彼らの本当の誤りは単純にリサーチ不足である。
ラオタは常に下調べを徹底している。
ただのラーメン好きと、ラーメンを主に食べ歩くようなラオタを一緒にしてはいけないのかもしれないが……
チェーン店や町中華ならせいぜい休みかどうかだけを確認すればよい。が、専門店は違う。
事前に調べておかなければいけないことが山ほどあるのだ。それが初めて訪れるラーメン屋ならなおさらのこと。
刮目せよ!
それを乗り越えたものだけが、極上のラーメンにありつけるのだ!
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