つつじ色の王羅様

滝川誠

つつじ色の王羅様

「私の地域ではよくオーロラが見えます。日本でです。

 と、言っても珍しいものなので、私たちの地域では神様として崇められています。『王羅様』って言うんです。多分、オーロラがなまったんだと思います」

 陸がそう言い終えると、K大学オカルト研究会のサークル長である田所がツッコミを入れた。

「オーロラって英語だろ? それって比較的新しめの信仰なんじゃないか?」

「確かにそうですね。オーロラが使われる以前の日本語は赤気ですから」

 サークルで一番雑学に詳しい野田も発言をする。田所と野田は二人合わせて、『野所』と呼ばれていた。

 陸はポテトチップスに手を伸ばし、「確かにそうですね」と言いながらパリポリ食べている。

 今、オカルト研究会の間では合宿の話が行われている。合宿と言えば、真夏の百物語などを想像するが、現在は真冬なので百数える間に凍死しそうである。

 陸は新たにチョコレート菓子にも手を伸ばし、先輩たちに勧めた。

「それで? オーロラを見に行くの? どうするの」

 イライラしたように、ナチュラルメイクの美女である菊池が尋ねた。

「おい、陸。それについて他に話はないのか?」

 田所と野田が一斉にこちらを見る。

「ありますよ。王羅様は半透明の白い手を無数に持っていて、オーロラが出現するときに、その手が現れるって」

「魂とか持っていかれるのか?」

「逆ですよ。病気の子供を長生きさせるんです」

 菊池が「いい神様じゃない」と投げやりに答えた。

 田所は立ち上がって、拳を上げた。

「よし、今年は陸の家で合宿だ!」

「え、ウチですか⁉ ありませんよ、こんなに泊まれるスペースなんて」

 陸はちらりと後輩の方を見た。次に先輩方を見る。ざっと十人はいるだろう。

「民宿探しますから、そちらにしません?」


「はあ、はあ、しかし、この雪。凄いな。さすが豪雪地帯」

 田所が息を弾ませながら、野田と何か言い合っている。

 遠くにいた陸はそう話を振られるまでぼーっとしていた。

 何故、こんな雪道を必死に歩いているかというと、民宿から車が出せなくなったからである。雪かきを忘れて、車がぺしゃんこになったらしい。仕方なく、電車とバスで近くまで移動をし、そこから徒歩で民宿を目指している。

「ねえ、陸。あなたオーロラは見たことあるの?」

 菊池が珍しくスキー用のブーツを履いて、お洒落より、実用性を優先している。

「うーん、あるような、ないような」

「なにそれ」

 興味をなくしたのか、先に行ってしまった。

 陸は自分の記憶があやふやな時期があることを知っている。そのときにオーロラを見たらしいのだが、全く覚えがない。

 母は何も言ってはくれない。思い出話もないし、アルバムもない。まるで過去を封じ込めているようだった。

 何故、記憶がなくなったのか分からなくて、母は恐れ深そうに陸を見た。母のそんな顔を見たくなくて、それ以降、母に王羅様について聞いたことはない。

「あ、あれですよ、田所さん!」

 陸が指さした方向に王羅様の祭壇がある。

「え?」

 そして、一人の女性。しかし、明らかにおかしい。

 長い黒髪は白い雪の中で墨を塗ったようである。服装は冬なのに、白襦袢一枚しか着ていない。寒くないのだろうか。下は足袋と草履である。しかも真っ白。死装束にも見えなくはない。とても不吉と言えた。

「へー、これが王羅様のねえ」

 女性の横をちらと一瞥もしないで、田所が祭壇へ向かう。野田もカメラを構えてシャッターを切っている。カメラの前には彼女がいるのに。

(これが、まさか本物の幽霊⁉)

 女性は田所たちを不思議そうに見ながらこちらへ近づいてきた。陸はあわあわと慌てて、バックにしまってあったせんべいを取り出した。

「これで成仏してください!」

「陸。ふふっ」

 女性が陸の名を呼んだ。その鈴の音のような声が頭の中で反響する。

「なんで私の名前を知っているの?」

「陸はずっと陸だからね」

(もしかして、地縛霊か、私の守護霊?)

 陸がせんべいを差し出したまま固まっていたら、後ろからぺしんと叩かれた。菊池であった。

「何一人でぶつぶつ言ってるの。早く宿行きたいんだけど」

 菊池にも見えないらしい。

(これは私にしか見えていないやつ確定?)

 周りを見回すが、誰一人として、この異常な女性に気づく人はいない。

「ねえ、あなた誰?」

「ミサキだよ」

「いや、名前とかじゃなくて」

 ここでは目立ってしまう。どこかに隠れられる場所まで移動をしようとして、方向転換したら彼女にぶつかった。

(あれ? 触れる)

 幽霊は触れないものだと思っていたので、触れられることに陸は驚いた。では、彼女は幽霊ではないのか。

 試しに雪玉を彼女に放ってみた。彼女をすり抜け、雪玉は遠くまで飛んで行って田所の頭に当たった。

「こら! 誰だ!」

「すみませーん」

 謝りながら、彼女の手に触れてみる。冷たいが、触れることができる。

(ということは、私しか見えないし、触れないってこと?)

 田所たちは他所から来た者だから彼女が見えなくて、陸は地元の人間だから見えるのではないか。見回しても、近くには地元の人間はいない。参考にできそうになかった。

 どうしようもなかったので、仕方なく彼女を放っておくことにした。

「ねえ、陸。陸ったら」

 彼女はお喋りがしたいらしい。しかし、この大勢の中で、独り言をぶつぶつと言うのは恥ずかしい。実際には会話しているのだけれども、相手が見えなければ独り言にしか見えないだろう。

「今は待って」

 彼女にしーっをすると、陸は菊池の元へ駆け寄った。

「なんか陸、変じゃない?」

「何がですか?」

「一人で何かパントマイムみたいなことしていたじゃない」

 あははと笑って陸は誤魔化した。ちらりと彼女の方を見れば、そこにはもういなかった。


 サークルの皆は民宿に無事に到着し、陸は自分の家に帰った。

「ただいま」

「おかえりなさい、陸」

 母が出迎えてくれた。約1年ぶりに見る母は皺が少し増えたくらいで、変わらず元気である。

 陸は自分の部屋に荷物を下ろし一休みをしようとした。しかし、先ほどの幽霊女にその休憩は取り上げられてしまった。

「陸」

「うわっ! なんだ君か……」

「名前呼んでくれないの?」

 名前は覚えてはいたけれども、初対面の人をどうやって呼べばいいか分からない。とりあえず、「さん」付けで行ってみよう。

「ミサキさん」

「違う。ミサキ」

「困ったなあ」

 彼女は頬を膨らませていて、まるで子供が拗ねているようだ。

 それよりも彼女に聞きたいことがたくさんあった。

「なんで私にしか見えないの?」

「半分あなただから」

 意味が分からない。半分が陸ということは、では陸はどうなるのか。陸は陸で半分、彼女――ミサキなのか。

「私が幽体離脱してとか、分身して、あなたになったの?」

「違うよ」

「じゃあ、双子とか」

「違うよ」

 お手上げである。そもそも陸にきょうだいはいない。

 大体、この周辺には子供が少ない。少子高齢化が進んでいるのだ。

 陸が半分という言葉が分からなかったけれども、もしかしたら母なら何か知っているかもしれない。

 階下に行くと、母はこたつでテレビを見ていた。

「ねえ、お母さん」

「何?」

「ミサキって子知ってる?」

 後ろを向いて、指をさす。後ろからついてきていたミサキがいた。

 母が息を飲む気配がする。何か知っている。もう一押し。

「ミサキって誰?」

 その言葉に母は逆にほっとした様子を見せ、笑顔を作った。

「昔、この周辺に住んでいた子だよ」

「ふーん、そうなんだ」

「ところで、どこを指さしているの?」

 地元の人間でも、その子を知っていてもミサキのことは見られないらしい。

「ううん、何でもないの」

 陸は合宿所である民宿に行く準備をした。

「あ、そうだ。今日は外に出たらダメだからね」

 母がパタパタとスリッパの音をさせて駆け寄ってくる。そんなに急いで言うことなのか。もしかして、大雪になるかもしれないのだろうか。

「うん、気を付けるよ」

 外へ出た。日本海側特有の灰色の重い雲が今日はなく、快晴である。大雪どころか雪さえも降らない空模様である。

「あなたも来るの?」

「うん」

 ミサキの恰好を見ていると、こちらが寒くなる。あまり彼女を見ないようにして、民宿を目指した。


「では、王羅様が出るか、観測に行くぞ」

「おー!」

 民宿に着いたら、丁度外へ出るところだったらしい。

「あ、陸」

 田所が呼んだ。

「王羅様が今夜出るらしいぞ」

「へえ。じゃあ、これから祭壇に?」

「そうだ。野田の予想だ。当たるはずである。ちなみに前回出たのが10年前だ」

 10年前なら陸は小学生だ。それならオーロラを見た記憶があるはずである。しかし、その記憶がないということは、オーロラと何か関係があるのではないか。そう思いながら、陸は着替えが入ったリュックを置いて皆の後ろをついて行った。

 母の警告は無視した。

 祭壇の周りには地元の人間が集まっている。ミサキは陸に隠れるようにしがみついている。

「おう、陸じゃねえか」

「あ、実利さねとしくん」

 中学と高校が一緒だった実利が陸の隣に並んだ。

「帰ってきていたのか」

「うん」

「お前はオーロラなんて興味ないと思っていたんだけどな」

 自分も大学でオカルト研究会に入っているとは思わなかったし、オーロラをわざわざ見に帰るとも思わなかった。皆からの視線が刺さるように感じるのだ。

「なあ、陸。王羅様が本当に来たらどうする?」

「え? うーん、私の半分を返してくださいって言うかな」

「半分?」

 意味が分からない顔をしている実利。そんな彼にも尋ねてみた。

「私の隣に誰かいる?」

「隣?」

 実利は陸の右側にいたので、反対側を見る。

「女の人がいるけど、この子見たことないな?」

「そっか。ミサキって子には覚えがある?」

「ミサキ? さあ、いなかったな。この人の名前か?」

 ここでも詰み。

 そもそもミサキなんて子は本当に存在したのだろうか。完全に陸の幻ではないのだろうかと疑問が頭をもたげる。しかし、母は何か知っている。そのことが頭の中でぐちゃぐちゃになって、陸に混乱を招いている。

 シンと静まった夜。地元の人たちがじっとオーロラが出るのを待ち構えている。外から来たオカルト研究会も息を飲んで見守っていた。

「あっ!」

 野田が声をあげる。

 オーロラの出現である。

 初めて見るオーロラにサークルの皆は「おお!」と歓声を上げていたが、地元の人たちは全員固まっていた。

「つつじ色のオーロラ!」

 老爺が声を上げて「ひえー!」とオーロラから離れていった。

「陸!」

 声がした方を見ると、母が走り寄ってきた。

「どうしたの?」

「何故、外に出たの! 逃げなさい、今すぐ」

「え?」

「祭壇からなるべく遠ざかるのよ」

 訳は話せないらしい。

 自分の仮説でしかないが、オーロラが記憶のないときのことと関係があるのか確かめたい。知りたい。すっぽり抜けている間の記憶を取り戻したい。

「陸!」

 母を振り切って走り出したら、ミサキが大声を上げて陸を止めようとする。

「陸、ダメ! 陸がいなくなる!」

(私がいなくなる?)

 立ち止まってミサキを見る。彼女は泣いているようであった。

「ダメ。王羅様の下に行ったらダメ」

「皆、自分はオーロラの下に行くな。でも、訳は話せないって、意味がわからないよ!」

「今年はつつじ色のオーロラ。凶兆。魂を奪われる日」

 たどたどしく説明するミサキ。どうやら今夜の王羅様は悪いらしい。しかし、王羅様は病気の子供を長寿にする神様である。

「それは他の色の日。つつじ色はダメなの」

 母がモタモタしている陸を見て、急いで隣に来た。

「あなた、誰と話して……きゃっ」

 ミサキの方向を見て驚く母は顔が引き攣っている。

「み、ミサキちゃん?」

「そうだよ、久しぶり」

「そうか。あなたが王羅様の使者で、この子を迎えに来たのね」

 さっと陸の前に立つ母は強い眼差しをしている。普段優しい母のこんなに険しい顔は初めて見た。

「あの、話が全然見えないんだけど」

 陸は一人置いてきぼりにされている。困惑の声に母はハッと気が付くと、陸の肩を抱いて、くるりと方向転換させた。

「いいから逃げて」

「嫌だ! 自分のことなのに、知らないことがあるなんて嫌だよ。私はもう20歳だよ? 大人だよ?」

 母の手を力づくで払うと、オーロラの下に向かってダッシュをした。地元の人たちが陸の姿を認めると、皆が止めようとして、陸の方へ走ってくる。

 しかし、一歩早く陸が王羅様の祭壇にたどり着き、その上に立った。隣にはいつの間にかミサキが陸の服をしっかり持って身を寄せている。

「王羅様! 私の半分返して!」

 オーロラに向かって叫ぶ。その瞬間、夜でも分かる、半透明な白い腕が陸とミサキに伸びてくる。

「陸!」

 母の叫びが聞こえると共に冷たいものが頬に触れた。


「陸」

 呼ばれて目を開けると、心配そうに覗き込むミサキがいた。

「ここは?」

「王羅様の中」

 神様の中にいるのかとぼーっとした頭で考えた。

「もしかして、魂取られた?」

「ううん、陸は取られてないよ」

 では、凶兆の王羅様はどうしたのだろう。

 周りをキョロキョロと見回す。白いモヤの中から、ミサキが何かを取り出した。あまりの眩しさに陸は目がくらんだ。

「私はオーロラの人間。だから、オーロラが出現したとき、陸のお母さんにも私が見えたの」

「私にはずっと見えていたじゃない」

「あなたも半分、オーロラの人間だから」

 また訳の分からない話をする。何もかも今日はおかしな事ばかり起きる。サークルで王羅様の話をしなければ良かった。そうすれば帰ってくることもなかったのに。

「そんな悲しい顔しないで」

 ミサキの手にある光が更に強く光る。

「ねえ、それは何なの?」

「あなたの記憶」

「! なくなっている間の?」

 頷く彼女は陸の胸にそっと光を当てた。すっと光が陸の中に吸収されていく。

 ドクンと強く脈動し、陸は体を折るように心臓をおさえた。


「今度の王羅様は何色だろう」

「ピンク色だと魂持っていかれちゃうんでしょ?」

「でも、私の病気が治ればいいや」

 ミサキはベッドの上で心臓に手を当てた。ここら辺で生まれる子供は何故か心臓が弱い子が多いため、王羅様の信仰が厚い。

 オーロラが出現する度に病気の子供を王羅様に治してもらっていたので、今度はミサキの番であった。

「大丈夫。ピンク色だったら私がミサキを守るよ」

 ニッと笑う陸。

 陸とミサキは幼少の頃から、仲が良く、常に一緒にいた。しかし、ミサキの病気が明らかになってからは遊ぶ機会が減り、こうしてお話をしにミサキを訪れるようになった。

「早く陸と追いかけっこしたいな」

「負けないからね」

 数日後、オーロラ出現の予報が出た。

 ミサキは白装束に着替えさせられて、髪の毛以外、全身真っ白だった。

(王羅様、どうかミサキの心臓を治してください)

 陸は手を胸の前で合わせてお願いをした。

「あまり近くに行ったらダメよ?」

 母がそっと陸の肩に手を置く。

「うん」

 返事をした時だった。

「つつじ色のオーロラだぁ!」

 男の大きな声が聞こえた。

 上を見上げれば、鮮やかで濃いピンク色のオーロラがあった。

「綺麗……」

 思わず見惚れてしまった。

 しかし、そのオーロラから白い手がにょきにょきと出始めた時、祭壇の上のミサキを思い出した。

「ミサキィ!」

「陸! やめなさい!」

 母が腕を取る一瞬を掠めて陸は祭壇へ走った。

「待て、陸!」

 周りの大人たちも陸を捕まえようとして走り出す。

 足が速い陸は一早く到着して、祭壇を登り切った。だが、そこにはもうミサキはいなかった。上を見ると、オーロラに連れていかれるミサキがいた。

「王羅様! 王羅様! 私の半分をあげます! だから、ミサキを返して!」

 光に包まれる陸。

 大人たちは目を瞑った。

 光が小さくなる頃、祭壇の上には気を失った陸しかいなかった。


「そうか、私はそれで記憶を……」

「それと魂も半分持っていかれたんだよ」

「でも、元気じゃん」

 腕をぐるぐると回す。どこも不調はない。運動だって問題なかった。それに魂というのが曖昧でよく分からない。心臓という意味ではないだろう。

「命のことだよ。私がこうして陸の目の前にいるのは、私に魂をくれたから」

「え、じゃあ、本当のミサキは……?」

 ミサキは首を横に振った。肉体を失って、陸の半分の魂だけで生きていたのか。だから、誰にも見えず、陸には見えていたし、触れられた。自分の命だから。

「今日はせっかくだから、陸にお返ししようかな」

 ふっと小さく笑う彼女は何かを諦めたような顔をしていた。

「な、何を?」

「陸に魂を返すの」

「なんで?」

 小さく首を傾げ、ふふと笑うミサキは穏やかな顔になった。

「陸の中で生きていたい。こんな独りぼっちじゃなくて」

「それって完全にミサキがいなくなるってことだよね?」

「いなくならないよ。私は陸の中にいるよ」

 そんなのずるいと陸は体を揺すった。子供の駄々みたいだったが、止められない。

「そのままウチについてくればいいじゃん。ちょっと部屋狭いけど、2人くらいなら寝られるし、なんだったらロフト片づけるし」

「陸」

「嫌だよ。せっかくミサキのこと思い出したのに、すぐにお別れなんて」

「じゃあさ、次のオーロラが出た時に祭壇に登ってよ」

 祭壇に登るのは子供のはずである。今回は特別に成人が登ったが、王羅様がいらした時の祭壇の上は簡単に登れるものではない。

「町の人たちに反対されるかも」

「そしたら、病気のフリをしたらいいんだよ」

 ミサキはいたずらっ子のように笑った。対して、陸は真剣な顔つきをしている。

「ミサキが何をしようとしているのか、私には分からない。でも、本当だね? 次のオーロラ。絶対、次のオーロラのときに何か起こるんだね?」

「うん」

 陸ははーっと大きいため息を吐いた。そして、ぐっとこぶしを握ると前を向いた。

「分かった」

「ありがとう」

 そう言うと、ミサキは思いっきり陸に抱き着いてキスをした。ぽうっと光る陸とミサキの体。意識が遠くなっていった。


「陸!」

 母が心配そうに覗き込んでいる。

「ここは?」

「祭壇の下よ」

 上体を起こすと、皆異様なものを見るようにして陸を見ている。

「陸、戻ったのか?」

 老爺が陸に話しかける。

「はい。ミサキが私に魂を返していきました」

「そうか、ミサキが……」

 老爺の目には涙が浮かんでいる。ミサキは老爺の孫なのだ。孫がオーロラになったと聞けば、悲しむのも当然だろう。しかし、陸は全く正反対に希望を持っていた。


 次のオーロラの予報が出たので、陸は慌てて着のみ着のままで地元に帰った。

「あ、田所さん⁉ 珍しいものが見られそうですよ!」

 もう遅いだろうけれど、かつての仲間たちに連絡を入れた。

 空を見上げる。今回のオーロラは赤色だ。

 祭壇の周りには大人たちが集まっている。

「陸、本当にいいんだな?」

「はい」

 町の代表に話は通してあった。

 祭壇の上に立つと、声を上げた。

「王羅様! ミサキをお返しください!」

 白い手がにょきにょきと出てくるが、いつもとは異なり、何かを抱いている手がある。

 抱いている何かを陸に差し出す。生まれたての赤子だった。

「ミサキ」

 オーロラは生を祝福するように、様々な色に変化をしながら消えていった。


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