姫のポリアモリー

mynameis愛

第一部 第1章 出会い

大きな城の窓から見下ろす夜景は、まるで星々が地上に降りてきたかのように美しかった。姫はその光景を静かに眺めながら、心の中で思考を巡らせていた。彼女は自分を高めるために常に前向きに取り組み、どんな状況でも他人の期待に応えようと努力するタイプだった。しかし、時折、そのプライドの高さが彼女を孤独にしてしまうこともあった。自分の力で何とかしようとするあまり、他者に頼ることが難しいと思っていた。

そんな時、彼女の目の前に現れたのは、まだ見ぬ人物—ジェイデンだった。彼が城に現れたのは、偶然のことだった。姫が若いころから世話になっていた家族の一員として、彼の存在は知っていた。しかし、直接会うのは初めてだった。

ジェイデンは一見頼りなさそうに見える男だった。計画を立てるのが苦手で、新しいことに挑戦する姿勢はあっても、どこか頼りない印象を与えていた。それでも、彼には不思議な魅力があった。社交的な彼は友達も多く、どこかおおらかな雰囲気を持っていた。

「姫、初めまして。」ジェイデンの声は穏やかで、どこか遠くから聞こえる風のようだった。

姫は一瞬、彼の姿を見つめた。彼は、いつも彼女が見てきた誰とも違う存在だった。顔に浮かんだ微笑みには、何か優しさが滲み出ていたが、彼の目には少しの不安げな色があった。

「ジェイデンさん。」姫はその声で彼の名前を呼んだ。言葉にはどこか冷たい響きがあったが、それは彼女の普段からの習慣でもあった。

ジェイデンは少し戸惑ったように肩をすくめ、「うーん、どうしても緊張してしまうんだよな。」と笑った。

その笑顔に、姫は一瞬だけ心が温かくなるのを感じた。彼の素直さや不器用さに、少しだけ引かれた自分がいた。それでも、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、内心で自分を戒めた。

「気にしないでください。」姫は短く言ったが、彼女の言葉にはどこか、彼に対する興味を抑えきれない自分の気持ちが反映されていた。

ジェイデンは姫の反応を感じ取ると、少しだけ肩を張り直し、そうして言った。「私は、何かお手伝いできることがあれば言ってほしい。まだここに来たばかりで、色々と不安だけれど。」

姫は一瞬、ジェイデンの言葉に驚いた。彼の素直で率直な態度が、彼女の心に何かしらの波紋を広げていた。普段、誰もが彼女に対して敬意を持って接し、無意識のうちに彼女を遠ざけるような態度をとっていた。その中で、ジェイデンのように、まっすぐに接してくる人物は珍しかった。

「不安?」姫は小さくつぶやきながら、思わずジェイデンの目を見つめた。彼の目には、確かに何かしらの不安が宿っているのがわかる。それは、物事に対して計画を立てるのが苦手な彼の性格にも起因しているのかもしれない。それでも、彼が自分の不安を正直に打ち明けてくる姿勢には、姫自身も思わず引き込まれてしまうものがあった。

「そうです。」ジェイデンは少し照れながらも、続けて言った。「ここに来るまでは、もっと自信を持っていると思っていたんです。でも、実際に来てみたら、ちょっと緊張してしまって。」

姫はその言葉を耳にして、自分でも驚くほど柔らかな表情を浮かべた。普段ならば、他者の弱みを見せられることに抵抗を感じることが多かったが、ジェイデンの正直な気持ちを前にして、姫は何かしらの共感を抱いた。彼が言うように、彼は頼りなさがにじみ出ているが、その中に秘められた一途な思いが伝わってくるような気がした。

「私も初めてここに来た時は、似たような気持ちだったわ。」姫はふと、自分の過去を振り返りながら言った。「この場所に来ることが決まってから、何度も不安になった。でも、今はこうしてここにいる。」

ジェイデンは少し驚いたように姫を見つめ、彼女の言葉に耳を傾けた。「姫でもそんなことがあるんですね。」

「もちろん。」姫は微笑みながら答える。「誰だって、不安なことはあるわ。」

その一言で、ジェイデンの表情が少し柔らかくなった。彼は、どこか姫に心を開いているような気がした。それは、彼にとっては大きな一歩だった。普段なら、誰にでも壁を作りがちな彼だが、姫にはどこか心地よさを感じていた。

「ありがとう、姫。」ジェイデンは少し照れくさそうに言った。彼の顔には、安堵の色が浮かんでいる。姫はその表情を見て、また少し心が温かくなった。

「いいえ。」姫は静かに首を振り、「お互いに、少しずつ理解していけばいいのよ。」とだけ答えた。

その瞬間、姫は自分でも気づかなかったが、ジェイデンに対する感情が少しずつ変わり始めていることを感じていた。彼の不器用さや素直さが、まるで自分の心の隙間を埋めるような気がしていた。

その夜、城の中は静寂に包まれていたが、姫の心には、どこか新しい感覚が芽生え始めていた。

翌日、姫は城の中での生活を淡々とこなしていたが、心の中に残るジェイデンのことが気になっていた。あの夜、彼と話したことで、思いがけず心が少し軽くなった気がする。しかし、姫はそれを自分でも不思議に感じ、すぐにはその気持ちを受け入れることができなかった。彼が抱える不安や頼りなさに共感した自分が、どうしても納得できなかった。

「どうしたの、姫?」仕えている側近の一人が、姫の元気のない様子に気づいて声をかけてきた。彼女は小さな頃から姫に仕えており、姫の心情に敏感に反応することができた。

「何でもないわ。」姫はすぐに微笑んで答えたが、心の中ではその微笑みが少しぎこちなく感じられた。「ただ、ちょっと考え事をしていただけ。」

側近は姫の表情をよく見つめ、少し考えるようにしてから言った。「それなら、散歩でもいかがですか?気分転換になるかもしれませんよ。」

姫は少し考えた後、頷いた。「そうね。散歩に出ると、気持ちも落ち着くかもしれない。」

散歩の途中、姫は城の庭園を歩きながら、再び昨日のことを思い返していた。ジェイデンとの出会いが、思った以上に自分の心に残ったことを自覚していた。しかし、それはただの一時的な感情だろうと思う自分もいる。彼が不安を抱えていることを見抜いて、思わず助けたくなる気持ちが芽生えた。けれど、姫はその先に踏み込むことを恐れていた。彼との関係が深まれば深まるほど、プライドが邪魔をしてしまうことが怖かった。

「姫。」ふいに、後ろから呼ばれる声がした。振り向くと、そこにはジェイデンが立っていた。彼の表情には、少し困ったような色が浮かんでいたが、何か決心をしたように見えた。

「ジェイデンさん。」姫は驚きながらも、冷静を保とうと努めた。「どうしたの?」

「実は…」ジェイデンは少し間を置いてから、深呼吸をした。「昨日の夜、姫と話したことを思い返していたんです。それで、どうしてもお礼を言いたくて。」

姫はその言葉に少し戸惑ったが、ジェイデンの目を見つめ返した。「お礼?」彼の反応が予想外だった。

「はい。」ジェイデンははっきりとした声で言った。「姫の言葉が、すごく心に響いて。あの日の僕は、不安でいっぱいだったけど、姫の言葉で少しだけ楽になれたんです。だから、ちゃんとお礼を言いたかった。」

その言葉に、姫は心の中でわずかな震えを感じた。ジェイデンが自分の言葉にそんな影響を受けたことを、姫は思いもしなかった。そして、同時に、何かしらの責任感を感じている自分に驚いた。彼に対して、これからどう接すればいいのか分からなくなってきていた。

「それなら、あなたの言葉も、私にとっては大切なものだわ。」姫はやや戸惑いながらも、優しく答えた。「私も、あなたと話すことで少しだけ心が軽くなった。」

ジェイデンはその言葉に少し驚いたように目を見開き、そして、安心したような笑顔を浮かべた。「本当に?それなら、嬉しいです。」

姫はその笑顔を見て、思わず自分の気持ちが少しだけ柔らかくなるのを感じた。それは、予想外の感情だった。ジェイデンに対して、どうしても距離を置きたかったはずなのに、彼の素直さと温かさに引き寄せられていく自分がいた。

その時、姫は決心したようにふっと深呼吸をした。そして、軽く頷いた。「でも、ジェイデンさん、あなたはもっと自分を大切にしなくてはいけないわ。」

ジェイデンは姫の言葉に少し戸惑ったように目を瞬き、思わず口を開ける。姫の目に浮かんだ真摯な表情に、彼は何かを感じ取った。これまで多くの人々から助けの言葉はかけられてきたが、姫のように、自分に対してここまで真剣に言葉を投げかけてくれる人は初めてだった。

「自分を大切にする?」ジェイデンはその言葉を繰り返すようにして尋ねた。

姫は少し微笑みながら、真剣な眼差しを彼に向けた。「もちろん。あなたは他人のために動くことが多いけれど、まずは自分を大切にして欲しいと思うの。」姫の言葉は、まるで彼の心の奥にある不安をそっと触れるような、やわらかな力を持っていた。「あなたが自分を大切にできてこそ、他の人のためにも力を尽くせるはずだから。」

ジェイデンはその言葉を胸に刻み込むように静かに耳を傾けた。心の中で、今までの自分を振り返りながら、姫の言葉がじわじわと浸透していくのを感じた。彼は常に他人のために尽くすことを考え、自分のことは後回しにしていた。そのため、どこかで心の中に隙間を感じていたのかもしれない。姫の言葉は、その隙間に静かに光を差し込むように感じられた。

「わかった。」ジェイデンは深く息を吸い込むと、力強く言った。「自分をもっと大切にしてみるよ。それで、少しでも前に進めるのなら、試してみたい。」

姫はその言葉に軽く頷き、再び微笑んだ。彼の言葉に込められた決意を感じ、姫の心は少しだけほっとした。それは、彼に対する気持ちがまた少し深まった瞬間でもあった。

「それでこそ、ジェイデンさん。」姫は少し優しく言葉を続けた。「これからは、あなたのペースで進んでいけばいいわ。無理に頑張らなくても、少しずつ自分を大切にしながら。」

ジェイデンは少し照れたように笑った。「ありがとう、姫。そう言ってもらえると、少し安心する。」

その時、二人はしばらく静かに並んで歩いていた。姫は彼の隣にいることが、いつの間にか心地よく感じられるようになっていた。普段なら、誰かと並んで歩くことには慎重になる姫だったが、ジェイデンとは自然に歩調が合っていた。まるで、彼と一緒に歩くことで、何かが少しずつ変わっていくような気がしていた。

そして、その日の夕方、城の庭園の一角にて、姫は再び夜景を眺めていた。ジェイデンは少し離れた場所で、空を見上げている。二人の間に何も言葉はなかったが、どこかお互いの存在が、今日一日を通して少しずつ近づいてきたことを感じていた。

「夜景、きれいですね。」ジェイデンがぽつりとつぶやいた。その声には、以前よりも少しだけ落ち着いた響きがあった。

姫はその言葉に微笑んだ。「ええ、きれいね。」

ジェイデンは少し考え込んだ後、ふと振り返り、姫に向かって言った。「これから、もしよければ一緒に夜景を見ながら、もっといろんな話をしてみたいです。」

姫はその申し出に、思わず驚きの表情を浮かべたが、すぐにその顔を和らげた。「そうね。」彼の申し出には、どこか自然な優しさが感じられた。彼のペースで歩み寄ろうとしている彼の姿に、姫は何か心を動かされていた。

「それじゃあ、今夜は一緒に、たくさん話しましょうか。」姫はその言葉とともに、ジェイデンに向けて微笑んだ。

二人は、その夜景を見つめながら、少しずつお互いを知っていくことになった。どこか遠くから聞こえる風の音と、夜の静けさの中で、二人の距離は、静かに、でも確実に縮まっていった。

第1章 出会い 終


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