友は共にありて、帰路はなべて事も無し

「白谷、帰りどっか寄ってこうや!」

 4月の、もうすぐ大型連休に入る前の週の金曜日。放課後になった2年7組の教室で、帰り支度をしていた白谷駿しろたに しゅんは横合いから友人の黄谷浩市きや こういちに話しかけられた。彼の表情が楽しみで満たされているのは、何も授業が終わっただけではない様に白谷には見えた。

 放課後になった時間帯は粗方のクラスメイトは家へ帰るか、部活へ向かうかの大体2パターンに別れる。白谷は、前者の方だった。

「ああ、いいぞ。で、何処にする?」

「久しぶりに10円たこ焼き行こーぜ!」

 これまた横合いから同じく友人の深緋英明ふかひ ひであきが黄谷と白谷の会話に加わる。既にたこ焼きの事で彼の笑顔は食欲にそそのかされて生き生きとしていた。それにつられたか、白谷も気が付くと食欲魔人に憑依されたかのように口元がニヤリと歪んできた。

「10円たこ焼きかぁ……そういや最近行ってないもんなぁ。丁度小遣い入った後だし、俺はいいぜ。っつーか紺野は?」

「もちろん行きますよ」

 呼ばれて飛び出て~♪と言わんばかりのタイミングで白谷の机にやってきた紺野和博こんの かずひろは、これもまた自ら進んで食欲の虜になった証の歪な笑みを浮かべて白谷の問いに同意した。

「おし、それじゃ行きますかぁ~♪」

「たこ焼きたこ焼き~♪」

「そんなに声高に言う事かよ」

 黄谷と深緋が半分くらいにまで減ったクラスメイトに聞こえるように大声を出した横合いから、紺野が苦笑しつつ野暮なくらい冷静なツッコミを入れる。

 黄谷、深緋、紺野の3人は教室の出口へ向かって歩き始めるが、白谷はそこへと向かう前に、後ろの席の、隣に住む幼馴染、黒瀬結衣くろせ ゆいの方を向いた。机にいろいろな資料を広げて書き込みをしている彼女は、幼馴染という腐れ縁の視線を感じたのか、眼鏡越しに何の用?と言いたげに無言で見つめ返す。

「結衣、それじゃ先に帰るわ」

「気ぃつけなよ。自分はもうちょっと仕事これ片つけてからにするから」

「……生徒会、大変だな」

「放ったらかす訳にもいかないからねぇ……」

 彼女は視線を手元の資料に戻すと、もう彼には興味がないようにガリ版刷りの藁半紙に何やら書きこんでゆく。もうこっちを向かないだろうと思った白谷は、無言でそこを離れ、先に廊下に出ていた3人に追いつこうと足早に教室を後にした。


 ──市街地を南北に分割するかのように、足羽川がそのど真ん中を東から西へと貫流してゆく県庁所在地・福井市。その分割された市街地の南側に広がる住宅地の、さらに南外れに、校舎や体育館、グラウンド、その他付属施設等を抱える福井県立秋翠しゅうすい高等学校の敷地が広がっていた。築20年以上は経過しあちこち古くなり始めた校舎と、特色と言っても特に何もない、特筆すべき条項が見当たらない、何処にでもある……ような普通科のみの高校、それが秋翠の"特徴"でもあった。

 上の"学校群"と呼ばれるバリバリの進学校──古志こし高校と藤代ふじしろ高校──へ行ける学力はなく、下の職業系高校には行きたくない、かといって私立高校へ行ける程家は潤沢ではない……という"中途半端"な生徒らが集まると世間から揶揄されているが、在校生らはそんな風評などお構いなしに高校生活を過ごしている。

 高校の東隣には壁を作るかのようにそびえたつお寺があり、南側はグラウンドの向こう側に何軒かポツンと建っている住宅を除いてのどかな田圃の景色が視界を占拠している。その南側から東にかけて国道8号線バイパスが近くを通り、バスの停留所も近くにあるので交通の便は市街地外れにしては不自由しない。学校の北側には、高校の敷地の続きと思わせるような市営のグラウンドがあり、休日ともなると社会人たちの草野球の戦いが繰り広げられている。西の方には、高校設立時からあるような幾分古めの住宅地が固まっているが、そこに背景の様に聳え立つ、屋上に赤と白とに交互に染められた光の国の巨人とタメを張れそうな高さの電波塔を頂く、福井では2局しかない民間放送会社の一つが鎮座している。

 4月の終わりまであと数日。あれだけ咲き誇ったサクラはとうの昔に緑色に置き換わり、他の木々と同じようにその色を更に深くしようとしていた。一学期が始まって1か月ほど、そろそろクラスや授業にも慣れて来た頃──。


「……これもタコが入ってない……」

「それが10円たこ焼き屋ここの仕様でしょ」

「入ってるのは3割以下だから諦めろ」

「そもそもの問題として、タコが入ってないたこ焼きはたこ焼きと言っていいんだろうか……?」

 黄谷がタコ無しのたこ焼きに不満を表明するも、深緋、白谷が仕様だ諦めろと告げる。その横で、紺野が根源的な問題を誰彼聞かせるわけでもなく呟くも、他の3人は食べることに集中していたせいもあり結局独り言に終始していた。

 ──国鉄福井駅から南へ下ると、大野市方向へと向かう非電化路線の越美北線えつみほくせんが分岐する越前花堂えちぜんはなんどう駅との間に、貨物専用駅の南福井みなみふくい駅が市街地のど真中を細長い二等辺三角形を連想させる様なぽっかりと空いた敷地を線路と電柱と架線で埋め尽くしていた。そこには、数十両の貨車や機関車が列をなして留め置かれ、一部は車両基地になっているため電車や客車がまるで放置されたかのように留まり、あるいは規則正しく並べられ、中には軽い点検や車体洗浄が行われて次に来る出番を待っているように佇んでいた。

 その、鉄道好きなら一日中居ても飽きないくらいの貨物駅と、福井~武生間を結ぶ私鉄・福井鉄道のやや大きめな福井新ふくいしん駅との間の、南北に細長い狭間に小さな工場や倉庫や住宅が立ち並んでいる住宅密集地がある。件のたこ焼き屋はその辺りの工場の隅にひっそりと物陰に隠れるように店を構えていた。高校から見ると、ほぼ真西にあたる。

 学校の正門横辺りの住宅地の中にもたこ焼き屋はあるが、何といってもこの店の特色はその安さ。1個10円で注文することが出来、財布はさみしいがそれでも何か食べたいときにはここへ来る近所の生徒は多い。

「しかし……」口にたこ焼きを入れたまま思いついた疑問を言おうとする黄谷「よくこんな目立たない場所のたこ焼き屋見つけたな」

「オレも教わったクチだが……」

 食べたたこ焼きを胃の中へと押し込めるように地元のジュースである"さわやか"をラッパ飲みして深緋が言った。明るい黄緑色の、一見すると着色料てんこ盛りで体に悪そうには見えるが、これで病気になったという話は聞いてないから大丈夫──と、深緋はそう思っている。

「この辺りの小中学生には昔から有名な場所だそうだ」

「まあ、そうでなきゃ判らんと思うぞ」深緋の理由にさもありなんと納得の表情を浮かべて最後の1個を口に放り込む白谷「俺も教えてもらうまでこんな所にたこ焼き屋あったんだと驚いた位だし」

 そう言った直後、彼が一瞬驚いた後ニヤリとわずかだが口元に笑みが浮かんだのはちゃんとタコが入っていたに違いない……その光景をたまたま見ていた黄谷はそう判断した。

「ところでさ、深緋」残り一つとなったたこ焼きの容器を横に置いて、紺野はさわやかの瓶をやおら掴み、見様によっては入浴剤を入れた風呂水の様な派手な色をした炭酸ジュースを喉元に流し込んで訊く「ここの店、"10円たこ焼き"って俺らは言ってるけど、店の名前……って聞いたことないんだよな。店名、何だっけ?」

 紺野がさわやかの瓶を静かに置いたテーブルの向こう側の深緋は、たこ焼きを口に入れたまま、さながら時間停止の魔法を食らった様にそのままの姿勢で固まっていた。その間約10秒──それは時折流れるTVのミニ番組"くらしの泉"OP分の時間とほぼ同じだったのは偶然である。

 口に入れたたこ焼きはそのままで、視線だけ経年劣化が認められる天井を見上げて深緋は何か頭の引き出しから答えを得ようとしたが、結局は見つからなかったようで……。視線を紺野に戻してから、

「……何だっけ?」

「何だ知らねーのかよ……」

 紺野の台詞をオウム返しの様に呟いた深緋に黄谷が呆れたように言い放つ。それに少しカチンときたのか、深緋が黄谷への目線を鋭くしながら、

「いや、そもそも店名書いた看板とかないし」

「あれ?そーだっけ?」

 深緋のツッコミに、言われてみれば看板見たっけな……?とハトが豆鉄砲喰らったような顔をした黄谷がついさっき店内に入った時の記憶を探るために天井を見上げた。アイデアルのCM1本分の秒数後、視線を深緋に戻し、

「そういや看板、見てないな……」

「だろ?」

 狸か狐につままれたような、半ば呆然とした黄谷の顔に深緋が我が意を得たりとしたり顔。

「まあ、"10円たこ焼き屋"で通じるから、実際の店名はどうでもいいか」

 この話題を切り上げるかのように白谷が友人3人に言う。こういうくだらないことで議論に勝った負けたなんて言うよりは、なあなあの決着の方がまだマシな時がある。今がこの時だ──白谷の少し得意げな表情と言葉に、他の3人はまあそりゃあそうだな、と納得した様で相槌を打っていた。

 その後4人は打ち合わせたかのように静かになった。飲食に集中したり、摺りガラスの向こう側を見るようにじっとしていたり、ふと思いついた何かを考えたり……そして沈黙は破られる。

「白谷──」最後のたこ焼きを口に放り込んでしばらく口を動かした後、失礼のないように胃の中へ押し込んでから紺野がやや真面目そうな顔で訊いてきた「話し変わるが……おまえ、結局黒瀬さんと付き合ってるの?」

 その言葉が発せられたとたん、催眠術に掛かったかのように白谷の体の動きが止まった。その時間約5秒──術はそこで解けたのか、まず紺野を見ようと両目が彼の方へ向き、続いて言葉を押し出すために口が開く。

「……いきなり何言ってんだ紺野」

「いや、黒瀬さんの事名前で言ってるし、向こうもお前の事名前で言ってるよな?」

 紺野の方を向いていた白谷の両の目が、何を考えたのかつい、と年季の入った薄汚れた天井を見つめる。誰かに操られたように上を見つめつつ、彼はうわ言のように話し始めた。

「……俺と結衣は幼馴染で家が隣ってのはもう知ってるよな」

「もちろん」

「だから他の言い方は知らねーんだわ……昔っからああ言う言い方で呼んでたから」

 そう言い終わると白谷は視線を天井から紺野に戻してきた。しかし白谷の視線の先には紺野だけではなく黄谷も深緋も集まって、3人が羨ましさと妬みというマイナス成分が豊富に含まれた感情の視線を投げつけていた。

「きーっ!こっちがモテないことをいいことに」「うらやましいですわね~持ってる者の余裕ってやつですよ!」「おーお、これまた言っちゃってからに……!」

「おまえら……」3人が次々と持たざる者の怨嗟をぶつけてきているのを白谷はジト目で見ながら「言ってて虚しくならんか?」

「そんな漫画みたいなコト、オレに代われって言いたくなる!つか替われ!」「女子の幼馴染なんていねーよ……いても男ばっかりだ!」「大体確率的にお前どんだけ恵まれてるのか、って説教してやろうか」

「やかましい!俺は聖徳太子じゃねぇ!!」

 深緋と黄谷と紺野がほぼ同時に白谷へと言葉の攻撃を仕掛けてきたが、厩戸皇子うまやどのおうじでもない彼は当然3人の言葉なぞ聞き取れるはずもない……言われっぱなしの白谷は思わず叫んだ。古い店内を揺るがすような大声に、店内にいた店主のおばちゃんや他の中学生らが何事かと一斉に視線を集中してくる。一時だが注目度ナンバー1になった彼らは周囲を見回し、同時に恥ずかしさが満ちはじめ、そしてそれに耐えられずにまるで図ったかのように下を向いて黙り込んだ。

 しかし、それで黙って過ごす様な彼らではない。彼らへの視線が過ぎ去った後、密談をするかのように4人は顔を突き合わせて話をし始めた。

「しかし……こう付き合ってる付き合ってない、の間ってのがオレにはよく判らんのよ。どっちなん?って訊きたくなる」

「あーわかる。スイッチのONとOFFみたいなもので、その中間ってないと思ってるから」

 最後の1個を口に放り込んで胃袋へと送り込んだ深緋は、疑問を口にしつつソースでウェザリングされたつまようじを器用に動かしてると、黄谷がそれに同意したかスイッチに例えて持論を披露する。

「デートはしてるけどまだ告白してない、というシチュエーションはそれに当たらないかな?」

 空になった容器を店内のゴミ箱に放り込んだ紺野がこういう条件はどうだ?と例示する。それを聞いた深緋は、続いて容器をゴミ箱に入れつつ微妙な表情を浮かべた。

「それってさぁ、何か順番としておかしくないか?ってオレは思うんだが……」

「おかしい……って?」

「だって好きだから告白してデートして親密度を高めるんだろ?デートして告白するって何か順番変じゃねーか?と。それじゃデートが試用期間みたいでなんか違うなぁ」

「デートは互いに探りを入れるために一緒にどっか行く、って言う風にも考えられるが」

「それじゃダメだったら何のためにデートしたんだよ、って考えちゃうなぁ」

 腕を組んでさも人生の難問に挑戦している風なオーラを出している深緋。

「それが結果だから、それでいいんじゃないかな……とは思う。ダメだったら次に生かす、とか」

 理性的に返答する紺野に、深緋はそのままのポーズで視線だけを彼に向けた。そしてぼそりと呟く様に、

「……紺野って時折そう言うドライな所あるよなぁ」

「そっか?」

 そんな事考えたこともないんだが……と、きょとんとした表情で短く返答した紺野。天井を見上げて何か考え込むポーズをとり始めた。

「紺野のそう言う考えって黒瀬さんと合うんじゃねーのか?お似合いのカップルになるかも」

 冷やかし気味に深緋がそう言うと、彼女の名前に反応してそれまで静かにしていた白谷の視線が発言者に注がれた。発言者はその視線に気づいて無さそうだが。

「合うのかなぁ……あんまり考えたことないし」

「黒瀬さん、ってどことなく理詰めで話してる様に見えるし、紺野に合ってると思うんだけどなぁ」

「あ、それちょっと思った」横合いから黄谷が突っ込む「そうなると最大の障害は……」

 黄谷の言葉に3人の視線が一人に集中する。それに気づく白谷。

「……何で俺を見る」

「幼馴染でお隣さんで腐れ縁が最後の敵か……」

 しみじみと呟く様に深緋が口にすると、黄谷と紺野はさてどうやってこいつを倒そうかと思案しているように腕を組んで考え始めた。白谷が発した疑問には一切触れずに。

「……じゃあ白谷を説得できれば黒瀬さんと付き合えるってことだな」

 ちら、と何かを企んでいるように黄谷の視線が白谷に突き刺さる。口元の笑みはそれを証明するかのように歪んでいた。その空気を読んだか、紺野が出し抜けに思案顔から真面目な表情を浮かべて首がちぎれるかと思う位に頭を下げた。

「お義父さん、彼女を僕に下さい!」

「誰がお義父さんや!」

 ぺし!

 ──それはさながら現地で新喜劇を見ているかのようだった。ボケに対する正しいツッコミ。新喜劇が放送されている県の住人らしい、無意識領域に植え付けられたTVの影響が起こした行動かも知れない。これぞ様式美!と、もしこのシーンを録画したビデオがあったなら4人が4人ともそう言ったかもしれないほど完璧なタイミングで、目撃者となった黄谷と深緋が思わずおお!と歓声を上げてついでに拍手まで飛び出すほどだった。

「……結構痛かったぞ」

「すまんすまん、でもそんな事言われたら頭どつくしかないだろ」

 少しばかりの真面目を含んだ顔をした紺野が叩かれた頭を少し押さえながら加害者の白谷に文句をつけると、叩いた方は少しわざとらしい苦笑いを浮かべて謝ったが、反射でどつくというのはどう見ても新喜劇に染まってるとしか被害者を含む3人には見えなかった。

 しかし、すぐさま真面目っぽい表情を、白谷は紺野に見せた。

「まあ、それは置いといて……紺野、結衣あいつと付き合ってみるか?」

 口調は軽かったがそう言った白谷は、何処となく期待した。

 拒否の答えが戻ってくるのを。

「どうなんだろうねぇ……」冗談でも僕に下さいと言ってきた割には実際にそう言われると撤退戦の準備をし始めたような、後ろ向きな口ぶりと困惑の成分が混ざった表情を紺野は浮かべた「今の所はいいや。なんて言うか……実際そこまで考えてないし」

「そっか……」

 紺野からの返答。まあ、突然言われたら困惑するよな、訊いて悪かったと納得して苦笑いを浮かべた白谷の顔には、いくばくかの安堵感が他の3人には気づかれないくらいに混ざっていた。

「そういやさ、白谷。時折黒瀬さんと一緒に帰る時あるだろ?」

「まあ時間が合えば、だが」

「──どんなことしゃべってんの?」

「どんなこと、って……」黄谷に突然話題を振られた白谷が記憶の引き出しを家探しして適当な答えを見つけようと脳内を働かせた「普段の事とか今日学校で起こった事とか……まあ、色々」

「誰彼が好きだとか、そんな話はしないのか?」

「うーん……そういう話はしてない気がする」

 そう言えば二人の間でそんな恋愛話で盛り上がった、って記憶にない……白谷は黄谷から言われて改めて思った。

 今はそういう話はしていない。でも、もしかして……ひょっとして近い将来、そういう話題が出てきそうな感じがする──根拠はない。しかし、何処となくそんな未来予想が当たりそうな気がする。つかみどころのない確信が白谷の頭の片隅をよぎった。

「そう言う恋愛の話って男とするよりは女子同士で盛り上がるんじゃないかなぁ」

「それはある!」白谷の呟くような言葉を受けて深緋が力強く断言した「女子同士の恋愛話は俺達野郎どもでも引くくらいドロドロらしい……げに恐ろしきはおなごの欲望よ……」

 ──それは『深緋先生の恋愛講座』と言うべき独演会の始まりだった。

 まるで被害にでも遭ったかのように情念が籠った話し方で深緋が語りだす。籠り過ぎてちょっとホラー気味になってるのは仕方ないとしても、聞いてる3人は気が付けばその語り口に、無意識に引きずり込まれて行った……。


「ありがとねー」

 店外にも聞こえるほどの大声で店主のおばちゃんは帰宅の途に就く4人の男子高校生を見送った。4人のうち3人は、表向きは笑顔を貼り付かせているがどことなく引きつり気味で、残りの1人は言いたいことを言い切ったかのようなさわやかな表情で、それぞれ入り口横の自転車置き場へと向かって行った。3人の足取りは一見普通そうに見えてもその感覚はまるで足首に錘でも付いてるかのように重い。

「深緋さんよ……よくそんな知識集めたな」

「そりゃあもちろん、その手の情報にアンテナ向けてるから!」

 引きつり気味の顔色を浮かべる白谷に、深緋はどうだと言わんばかりに胸を張って言い放つ。

「……にしても店内ちょっと引き気味だったぞ」

 お前もうちょっと場所選べよ……と言いたげな黄谷のツッコミにも、

「わりいわりい。今度はどっか駅前の喫茶店とかでやるか?」

「やらんでいい」

 深緋の次回公演日の予告に温度がこもってない紺野のツッコミが阻止する。

 4人がそれぞれの自転車を持ち出して、下が砂利の路地をしばらく並んで歩く。やがて3人は踏切方向へと向かい、白谷は逆方向へと自転車の進路をとる。

 紺とクリームに塗り分けられた福井鉄道の電車が古そうなモーターの音を響かせて、やかましい位に鳴り響く踏切の警報機の音と共に駅を出て武生方向へと動き出す。白谷を除く3人は踏切手前まで移動して、電車が通過するのを待っていた。

「それじゃ明日な」

 白谷が手を挙げながら自転車にまたがる。

「おう、じゃまた」

「気を付けてな」

「また食べに来ようぜー」

 黄谷が軽く手を上げ、紺野は顔を向けて、深緋は両手を振りつつ、3人はほぼ同時に反対方向へと向かう彼に挨拶をし、開いたばかりの踏切を渡って車幅1台分しかない狭い路地を陽が沈む方向へと向かう。

 それを見届けた白谷は、南福井駅の下を横断する長めのアンダーパスの下り坂で加速しながら自転車を走らせた。近くに中学校があるせいか、部活帰りらしい中学生たちがすれ違ってゆく。その間隙を縫うように、彼は自転車を慎重に走らせる。

「さて、どうしようかなぁ……」

 そう言えば読みたい雑誌がそろそろ本屋に並ぶはず……頭の中で発売日を思い起こす白谷。家の近所の本屋寄ろうかな、と思ったが品揃えとなると駅前が確実だな──そこまで考えて、

「──ってしまった」

 本屋へ行くならあいつらと一緒な方向に出ればよかった……白谷はちょっと後悔したが、既にアンダーパスから上りスロープを上って、福井駅裏に繋がる木田橋通りへと出てしまった。せっかく来てしまったから、また戻るのも──そこまで考えてちょっとめんどくさくなった彼は、数秒間悩んだ挙句、家路へと帰ることに決めた。

「……別に明日でもいいか。土曜だし」

 道路は会社帰りの車で混雑しているが、自転車は軽快にその横を通り過ぎて行く。久しぶりにたこ焼きを食べた白谷は、深緋の変な話に少しげんなりしたが、そのことを忘れて笑顔を浮かべ、自転車を走らせていった。


【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る