第二話 失恋からの再生
黄昏のときに孤独と苦しみに苛まれながら偶然手に取った一冊の不思議な詩集。
バージンロードを目指す「七つの愛の扉」というタイトルが目に飛び込み、その瞬間、私の心は捉えられ、離れなくなった。それはまるで、私の人生に新たな転機が訪れる予感を漂わせていた。
詩集のページを開くと、最初の扉についての章が現れた。そこには「自己愛の扉のおすすめ」と書かれていた。その言葉に魅了されながら、私は読み進めた。
S'aimer soi-même est le début de la……
――自分を愛することは、あなたの自信の始まりだ。自信を育むことで、他者への愛も深まっていく。
自己愛という概念は、私にとって新鮮で癒される視点だった。これまで、失恋するたびに自信を失い、自分の価値を他人に委ねていたことに気づかされた。しかし、そんな状況の中で、私の心の中に小さな希望の光が灯り始めた。
「では、どうやって自己愛を育てるのか?」と、私は自問自答した。
詩集には、いくつかの方法が提案されていた。その一つが、「自分を褒めるリスト」を作ることだった。私はためらわずにペンを取り、リストを書き始めた。
新しい化粧品開発のプロジェクトを成功させたこと。上司からの評価が高いこと。自然な笑顔が可愛いと励ましてくれる後輩の男性がいること。職場の同僚たちから頼りにされていることなど……。
リストはだんだんと長くなり、私は自分が思っていた以上に多くの成果を挙げていたことに気づいた。自己愛の扉を開ける一歩を踏み出した私は、忘れていた自信が少しずつ戻ってくるのを感じた。
気持ちが晴れやかになった私は、週末の午後、しばらく会っていなかった旧友の二人の顔が見たくなった。由美と香織は、六年前に大学の卒業旅行も一緒に行った仲間だった。
彼女たちとは他人に口外できない失恋遍歴や飲むと止まらなくなる醜態などすべてをさらけ出せるほど仲がよかった。女心というものは不思議なものだ。
アラサーが近づくにつれ、不安が心に押し寄せ、彼女たちとの仲は切ない夢物語のように遠ざかっていった。二人の結婚式に出席した後、私は取り残された気持ちになり、会う機会が減っていたのだ。
「百合子、久しぶりね。元気だったの? 忙しかったんじゃない?」と、喫茶店の席につくなり、由美がいかにも珍しいものを見るように私の顔を覗き込みながら話し始めた。
「うん、ごめん。仕事が忙しくて」
久しぶりに会う二人はセレブらしく垢抜けてさらに綺麗になっていた。少しだけ、まぶしく感じた。
「でも、新しい彼氏できたの?」
「ううん、男とは縁がなく仕事ばっかり」
「どうして? 私なんかよりずっと可愛いのに。美人だから高嶺の花になってるのかもしれない。つまんない人生だね。これからどうするの?」
由美の言葉はお世辞だったが、胸に突き刺さる思いがした。彼女はかつて成田空港のグランドスタッフとして働いていたが、そこで外国人の機長の心を射止め、まんまと結婚していた。私には、それがまるで夢物語のような世界だった。
「婚活アプリや街コンに興味はないの?」
香織が私の反応を気にする素振りで口を挟んできた。彼女は広告代理店に勤めていたとき、老舗和菓子屋の御曹司とお見合いして玉の輿に乗ったのだ。
今では由美も香織も寿退社し、高層マンションに住み、専業主婦として悠々自適に暮らしている。まさに世間で言う「勝ち組」の二人だ。正直なところ、口には出さないが、私は彼女たちをどこかで羨ましく思っていたのかもしれない。
「全然……何にもやってないって」
私はそう答えるしかなかった。婚活アプリにはどこか危険な匂いがし、街コンには初対面の人に話しかける恥ずかしさが伴うため、近づく気になれなかった。
一方で母親から「あんたも三十歳になる前に、結婚相談所へ行ったらいいのに。入会金なら払ってあげるから」と強く勧められていたが、私は頑として首を横に振るばかりだった。まだ、自分のことを恋の落ちこぼれだとは思いたくなかったからだ。
もちろん、この歳になり、どこからかアニメのヒーローが白馬にまたがり、バラの花束を持って現れるような夢は見ていなかった。
ただ、普通の恋をして、心から愛する男性と教会の祝福の鐘が鳴り響く中、バージンロードを歩ければ、それだけで満足だった。
私が物思いにふけり、視線がどこか定まらないことに気づいたのか、由美が少しイラついた様子で口を開いた。
「百合子のあほんだら。だからあんたの恋はうまくいかないのよ。今どき純愛なんて時代遅れ。打算で幸せを掴み取れば勝ち組になれるんだから」
これまで滅多に怒らなかった由美が、目を吊り上げ、唇を曲げて厳しい口調で私を問い詰めてきた。香織は「そうそう」と言いながら、由美の言葉に一つ一つ頷いていた。
せっかく久しぶりに三人で会ったというのに、重苦しい雰囲気が漂っていた。私は身の置き場がなくなり、話題を変えたくなった。
「そうなんだけど……。私は由美たちみたいに器用に生きていけないんだ。二人が本当に羨ましいよ」
私はそう言葉を漏らしたが、どこか本音ではないような気がして、虚ろな気分に覆われていた。そのとき、香織が私の気持ちを察してくれたのか、懐かしい男性の話を語り始めた。
「百合子、祐介のこと、覚えてる? あんたたち、恋人同士になれそうだったのに、どうして付き合わなかったの? 卒業後、連絡は取ってないの?」
祐介さんは私にとって忘れられない初恋相手だった。イケメンでアグレッシブな性格ながらも、女性には慣れておらず、恋には積極的になれない人だった。
私も同じく恋には臆病だった。恥ずかしさで涙が浮かび、自ら「好きだ!」と告白できなかったことを今でも後悔している。
「ううん、音信不通になってる」
私は涙ながらに首を横に振った。香織の言うとおり、失恋して落ち込んでいた数年前、祐介さんの優しい顔がよみがえり、一度連絡を取ったことがあった。
ところが、「この電話は現在使われておりません」という冷たく響く自動音声が返ってきただけだった。
男女の恋は言葉に語り尽くせないほど、どこまでも不可思議なものである。縁結びの神さまが「タイミング」「フィーリング」「ハプニング」という三つの運命的なめぐり逢いをもたらしてくれると言えば、少しは的を射ているかもしれない。
そうした意味からすると、祐介さんと私が縁がなかったのは、フィーリングは合っていたけれど、出会うタイミングが悪く、サプライズとなるハプニングもなかったからなのだろうか……。
そう思うと、時すでに遅く、諦めるしかなくなり、胸が熱くなった。時は流れ、桜の花びらが舞う季節へとゆっくり向かっていく。
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