あんたとシャニムニ踊りたい 第9話「愛しているからよ」

蒼のカリスト

「愛しているからよ」

                1


 10月某日。日の時間も短くなってきたその季節。 

 二学期の中間テスト、私は初めて1位を落し、結果は4位という結果に至った。


 落ち込んではいない。正直、どうでもよかった気がした。 

 もう、何の為に1位を取り続けていたか、よく分からなくなっていた。 

 放課後、テストも順位も公表されたその日。教室内は様々な声が飛び交っていた。


 「おっほほほほ~。遂にこのわたくしめが、2位を獲得しましたわ。凄いでしょ、凄いでしょ?」


 「Whatever you say.」 (はいはい、分かったよ)


 「天ちー、本当にどうしたん」


 「これも勉強の成果ですわ」


 教室で語られる矢車さんの自慢話を聴いても、私の心は満たされることは無かった。 


いつしか、私は最初の頃に戻ってしまう気がしていた。 

しかし・・・。


 「妃夜!今日は走るよ!部活に来ること、いいね」


 暁晴那はそれを許してくれなかった。


 「やだよ。何度も言わせないで。全国区の陸上部の練習に貧弱な私がついて来られるわけがないでしょ?」


 「そうじゃない!最近の妃夜は暗すぎる。体動かせば、少しは楽になるって。多分!」 

 体育祭が終わってから、こいつの様子があからさまにおかしく見えた。 


 「また、羽月さんにダルがらみしてんの?相当、うざいよ、晴那」


 「だめだよ。そうやって、甘やかすから、妃夜が暗くなるんじゃん」 

 本当にこれが、同じ暁晴那なのか?別人なのでは?と疑うレベルの別人に見えたのは、気のせいだろうか。


 「あー、はいはい。そうですね、そうですね。それよりも、晴那、テストの結果、どうだったん?いつぞやみたいに、不正は?」


 「ん?確か、学年32位だったかな?今回は数学で80点取ったんだ。いやぁ、頑張った甲斐が」 

 その言葉に教室中の視線が暁に集中していた。 

 無理もない。陸上バカで、学年最下層だった彼女が、そこまでの好成績を獲得したのだから。


「なんで、皆、そんなに固まって。どうした、茜?」


 「オマエ、カエダマデモヤッテンノカ」


 「なんで、片言?」


 「晴那、てめぇ、このアマぁ!アタシなんて、また90位で親に怒られる未来しか、見えないんだぞ、このボケがぁ」


 「へぇ~、頑張って」 

 必死そうに暁に食らいつく、宮本さんとは対照的に彼女は何処か、心に余裕が出来たように見えた。 

 勉強してると言ってたのは、本当だったようだ。


 「それよりも」


 「いや、テストの方が重要だろ」


 「妃夜、今日はどうするの?行くの?行かないの?」


 「いや、行かないけど・・・」 

 怒られるかもしれないが、今はあまり、誰かとどうこうしたいわけでは無い。


 「なら、いいや。じゃあね」 

 あっさりした表情で、暁は教室を後にした。


 「あいつ、本当にどうしたん。晴那って、あんなキャラだったっけ?」


 「いや、私に聴かれても」 

 暁は何処か、吹っ切れているように見えた。 

 まるで、何かをやり終えたかのような悟った表情はまるで・・・。


 「そろそろ、部活行かなきゃ。じゃあね、羽月さん」


 「ばいばい」 

 教室から、どんどん人が居なくなっていく。 

 暁は前へと一歩を踏み出した。今の彼女は差し詰め、無敵の人なのかもしれない。 私も帰ろうと立ち上がろうとした時だった。


 「あの!羽月さん!」


 「はい?」 

 振り返るとそこには、ハスキーの相方が教室を訪れていた。


 「話があるんだけど、いいかな?」


                2


 放課後の図書室にて、友人でも無い吹奏楽部の女子と話をすることとなった。 


 近くに誰もいない場所があったので、お互いに席に着席。開口一番彼女からの謝罪から会話が始まった。


 「ごめん、もう帰る所だったのに」


 「いや、いいって。家に帰っても、やること無いし」 

 なんで、私がこんな面倒事に巻き込まれていたかと言えば、私自身、彼女のことが気になっていた。

 ×××。2年3組の彼女の姿を見て、私は何故か、昔の自分を重ね合わせていた。 気がしただけで、気のせいだ。しかし、ほっとけない何かを感じ取ったのは、本当だ。 


 私はこんな面倒事に首を突っ込む人間だったろうか。


 「部活は行かなくていいの?」


 「最近、行ってない。何か、楽しくなくてさ」 


 「そうなんだ」 

 楽しくないの一言で彼女の置かれている状況は何となく、推察出来た。


 「私、これでも吹奏楽好きだったんだ。まぁ、知人に誘われて、勢いで入っただけなんだけどね」 

 こんなにオチが丸わかりの会話って、あるんだろうか。 


 「皆といるの凄く楽しかったし、皆と合わせているのが、凄く楽だった」 

 この後の会話の流れも、その先にある彼女の悩みも含めて。


 「だけど、羽月さんに陰口言ったあの日から、全てが変わったの」 

 この女、非常識と言うか、どうかしているとは突っ込んではいけない。 

 そういうことを当事者の前で話し始めるなんて、少し考えたら、分かる気がするのに。


 「ごめんね。そういう話を本人の前でするなんて、最低だよね。あははは」 

 無言で頷くしか出来ない私は彼女の話を聴き続ける以外の手段を持ち合わせていなかった。


 「あの時から、依、春谷が変わり始めてね。筋トレにハマったり、あの中村と遊び始めて、終いには陸上部なんて」 

 要するに彼女は変化し続けるハスキーに依存し過ぎた所為で、友達を失い、ぼっちになってしまったと言うことなのだろうか。  



「私には、春谷といれば、凄く楽だったんだけどね。春谷のいない私には何の価値も無かったことを思い知ったの」 

 彼女は今の私と同じように見えた。自分で自分の首を絞めているような、そんな感覚なんだろう。


 「正直、人間関係に疲れちゃってさ。しょうもない友達ごっこに付き合うの飽きちゃったんだ」


 「それは・・・大変だったね」 


 それが正解ではないと分かっていても、それを言う資格は私にはあるだろう。


 「うぅっう゛う゛う゛ぅぅぅ」


 「えっ」 


 急に顔を机の下に向いて、大声を発した彼女に私は動揺を隠せなかった。


 「なんで、そんなにやさしいの?わるいのはわたし゛な゛の゛に゛ぃぃぃ」


 「いや、深い意味は」 


 本音が漏れてしまったが、今の彼女には届かないだろう。 


「あ゛り゛がどう゛、羽月さん優しいね・・・。うっわぁぁぁぁん」


 「図書室では静かにして」 


 図書室ではまずいと思い、私は2人で人気のない所へと向かうことにした。


 「ごめんなさい、何か色々」


 「いいけど、どうしたらいいの?」 


 情緒不安定な彼女を介抱しながらも、私は彼女の話を聴くことにした。


 「何が?」 

 ティッシュを取り出し、鼻を噛みながら、会話する彼女に私は言いたいことを言うことにした。


 「その・・・知人の仲直りしたいの?元に戻りたいの?」 


 少し酷かもしれないが、大切なことだ。これだけの話をしに来たのだ。 


 彼女も覚悟を以て、会話しようと決意あってなのだろう。


 「わかんない」


 「ん?」


 「何で、羽月さんに話したか、分かんない。何でかな?」 


 知らねぇよと引っ叩きたい衝動を堪え、私は忖度の無い言葉で彼女に訴えかけることにした。


 「私には何も出来ないよ。私はあなたの友達でも、家族でもない」


 「そ、そうだよね」 

 彼女はため息をついた後、自分の考えを吐露して見せた。


 「もう戻れないんだよね。何もかも、だから、苦しいのかな?」 


 戻れない。彼女の言葉が、ブーメランのよう、私の喉元に突き刺さった。


 「羽月さん、私の友達に」


 「お断りするわ」


 「なんで」


 「あなたの友達なんて、絶対に嫌。そんな話を聴いて、私があなたの友達になるなんて、虫が良すぎると思わないわけ?」


 「そんなこと」


 「こんな場当たり的な考えだと、また同じことの繰り返しになるよ。それでもいいの?」 


 酷い話だ。私だって、同じじゃないか。 


 自分が病だから、勉強に依存して、他人と距離を取る言い訳を言い続けた私が何を言っているんだ。


 「あなたが変わらなきゃ、何も変わらないよ」 

 ブーメランが脳天を直撃し、鈍痛が私に襲い掛かって来る。


 「そうだけど・・・」



 「本当に私の友達になりたかったら、やれること全部やってからにしなよ。それでも、ダメなら」 


 私の中で、間宮さんとの別れは相当、堪えていたようだ。 


 今一番しんどい状態の彼女にこんなことを押し付けるのが、悪手以外の他でもない。


 「ありがとう、羽月さん。私、頑張るね」 


 ××は、それを言った後、すぐさま、何処かへと消えて行った。


 「はぇ」 

 本当にこの時間は何だったんだろうか。私には理解出来なかった。 

 下駄箱に向かい、私は1人帰路に着くことにした。 


「うっぐ」 


 下駄箱に寄りかかり、私はいつの間にか、倒れ込むように一人泣き始めた。 

 本当に変わるべきなのは、彼女ではなく、私なのに。 


 間宮さんともっと話したかった。彼女の言葉の意味を知りたかったはずなのに。 最低な私は舌を噛んだが、死ぬことも出来ない自身の弱さと勇気の無い自分を呪った。


                3


 今日は文化祭の内容を決めることとなった。 

 私が昨年、行った合唱はとても良かったものの、音痴の私にとって、屈辱の何物でもなかった。


 「先生としては、合唱がやりたいなぁ。あれ、準備するのピアノだけだし、金掛からないし、コスト削減に持ってこいだからさ」


 「それでは、合唱以外の内容で、やりたい物があれば、教えて下さい」


 「加納、心が足りないよ」 

 先生の言葉も分からなくはないが、昨年の合唱の際、音痴だからという理由で、歌わないでと言われたことは、未だにトラウマであることは言うまでもない。


 「SDGsについてのレポート」


 「いいぞ、決定。それでいいって」


 「ロックバンド」


 「個人の部でやれ」


 「男装喫茶!」


 「漫画の読み過ぎ。どんだけ、金が掛かると思ってんだよ」


 「先生、静かにしてくれませんか?」 

 加納さんの鋭利なナイフのような言葉に、流石の担任も沈黙をせざるを得なかった。


 「はい!」 


 「せなっち、どないしたん。立ち上がっちゃってさ」


 「あたし、劇がやりたいです!」 

 一瞬にして、クラスが凍り付いた。こういうのをきっと、青天の霹靂と言うのだろうな。


 「晴那、流石ですわ。勿論、わたくしが主役でお願いしますわ」


 「天ちー、メンタル鋼なん」


 「ちょっと待ってよ、暁ちゃん」 

 立ち上がったのは、いつもきゃはははと笑う鬱陶しい女だった。


 「ばっかじゃないの。小学生でもあるまい。それこそ、個人の部でやりなよ。アタシらを巻き込まないでよ」 

 当然の意見だ。私だって、劇とかいうめんどくさいことの極致みたいなことはやりたくない。


 「あたしは、本気だよ。それに台本も出来上がってるし」


 「はっ?」 

 奇声女の目がこれまでにない剣幕で、暁を睨んでいた。


 「今回の中間が、アタシより良かったからって、調子に・・・。あっ・・・」 

  奇声女は自分の言葉で自滅し、静かに着席した。 

 バカだなぁ、この子と私は少しばかり、自嘲した。


 「因みに台本を書いたのは、あたしではありません」


 「でしょうね」 

 声が出てしまった。周囲の視線は私に降り注いでいた。


 「それで、せなっち。台本って、何?何が何だか」


 「あたしは、間宮さんから、台本を貰いました」 

 私の背筋は一瞬にして、凍って行った。 


 「はっ?」 

 いつの間にか、私は立ち上がり、暁を凝視していた。


 「なんで、あんたが・・・」 

 暁は眉一つ動かさず、会話の続きを話し始めた。


 「転校してしまったけれど、皆と思い出が作りたかった。この心残りを解消する為に、私が考えた劇を皆でやって欲しいと頼まれました」 

 私の知らない所で、暁と間宮さんが通じていたことが、何より悔しくて、何よりも、切なかった。


 「台本はとりあえず、先生のPCに送りますから、確認してくださいね」 

 余りにも、手際の良すぎる暁の行動に、私は言葉を失い、席に座った。 

 担任もへいへいと自棄じみた態度で、暁の行動を制していた。


 あんたは、私の大切なものまで、奪うのね  


「まぁまぁ。やるやらないは別にして、劇は候補に加えようと思います。他にあれば、何か、あれば」 

 先ほどの勢いは失われ、皆が皆、劇という潮流に飲まれていた。


 「劇面白そー、やりたいやりたい。和ちゃんもやるよね?」


 「たいぎい。じゃけん、文化祭はキライじゃ。レポートでええけぇ」


 「だったら、ボクが書くぞ。ボクのスーパーウルトラダイナミック」


 「そうやって、お前、原稿何度落としてんだよ、好」


 「劇いいじゃん、いいじゃん。俺は賛成だね。間宮さんの文章がお遊戯会じゃなければだけどさ」


 「やめろよ、剣。そういうとこだぞ」 

 賛否両論分かれてはいたものの、クラスの誠意は一つにまとまりかけてた。


 「これは決を採る必要は無さそうですね」


 「待て待て!思い直せ、お前等。劇なんて、黒歴史だぞ、デジタルタトゥーだぞ、百害あってだぞ。何より、衣装とか、金とか」


 「確認の為、皆さんの採決を取りたいと思います。2年1組の演目は劇が良いと思う方は、挙手をお願いします」


 「無視すんな、バカ野郎」 

 その手は徐々に大きくなり始め、やがて、流されるように、クラス中の生徒が手を挙げていた。 

 あげていない人間がいるとするなら、私と奇声女とその知人、少数の男子だけだったが、最早、逃れらない空気が、教室中に立ち込めていた。


 「2年1組の演目は劇に決定しました。内容はまた詰めるとして、次は個人の部についての・・・」 

 私の脳内は、暁が起こした行動に支配されていた。 

 なんで、私も知らない情報を彼女が握っているのか?何より、ここまでの行動を見るに、何かしらの意図があることは明白だ。 

 暁は何か、企んでいる。そして、その中心にいるのは、私だった。 

 どうして、こんな感情を抱いたのか、その時の私には理解が出来てはいなかった。


                  4


 昼休みに入り、私は暁を問いただす為、彼女を屋上階段前の扉前に連行した。


 「暁、どういうつもりなの?」


 「どういうつもりって」


 「間宮さんの劇の話とか、間宮さんの連絡先を知ってることとか、全部よ、全部」


 「あっち側が教えてくれた。妃夜の家にも送ったらしいけど」


 「そんなもの、一つも届いちゃいない。嘘も大概にしろ」 

 いつになく不機嫌な私に暁は何処か、飄々としていた。


 「そうなんだ」


 「私、劇やらないから。何を考えているかは、知らないけど、私はあんたはもう要らない。独りにさせてよ」 

 どうして、こんな八つ当たり染みた発言をしたのか。その時の私はいつになく、どうかしていた。


 「そんなことはさせないよ。どうであれ、妃夜を一人にはさせない」 

 暁の何処か、やる気に満ち溢れた瞳に私は言い返すことが出来なかった。


 「だからさ、劇頑張ろうよ。ねっ?」 

 暁の言葉は優しくも、芯のある強い言葉に思えた。

 これ以上は、時間の無駄と判断した私はその場を後にすることにした。


 「妃夜」


 「何よ」


 「もう、せなって、呼んでくれないの?」


 「死んでも言うか、バーカ」 

 舌を出して、彼女に侮蔑の言葉を送る私の姿に、暁は微笑みを見せた。


 「ガキかよ、妃夜らしくない」 

 私らしくない?何を言っているんだ?そういえば、こんなことする人間だったっけ?私? 

 私は私が分からなくなり始めていた。


 その日の塾帰り。独りで帰路に着く為、自転車を漕ぎながら、考えていたのは、何故、私が暁に憤りを感じている理由についてだ。 

 彼女は別に何かしたわけでもない。現状、一番悪いのは、紛れも無く、間宮さんだ。その手伝いをやっているだけの暁は言うなれば、巻き込まれただけだ。  

 ここ最近、言動がどんどんおかしくなっている。そんな気がしてならない。 

 ようやく、家が見えて来たその直後の出来事、私に災厄が訪れた。


 「また会えたね、羽月さん」 

 それは夏祭りの時に私に絡んで来た男だ。どうして、ここが分かったかは、想像出来ない。 

 私は自転車を降りて、不審者と対話することにした。


 「警察に電話しますよ」


 「そうだね。それでもいいけど」


 「だったら、何の用ですか?」


 「あの時はすまなかった。あの時の僕はどうかしてた」 

 あの時と真逆のしおらしい姿に、私の不信感は増すばかりだった。


 「自転車ぶつけますよ?」


 「や、やめるんだ。そういうつもりじゃないんだ。君に話さなきゃいけないことがあるんだ」


 「そういうのは、もういいんで」


 「間宮さんに託されたと言われても?」 

 体の体温がどんどん低下していくような感覚に襲われた。 

 またしても、間宮さんというワードが出て来たことに、私の頭はショート寸前だった。


 「なんで、あんたが」


 「同級生だからだよ。知らなかったんだ。羽月さんが、中学でどんな目に遭っていたこととか、今がどうしてたかとか」


 「そんなことはどうでもいい。あんたを見ていると吐き気がする。どいつも、こいつも、間宮さん間宮さん言いやがって」 

 私の頭のネジが吹っ飛んでいくような、今の私はこれまでにない憤怒の炎に身を焼かれ、一歩間違えれば、彼に殴りかかる手前だった。


 「待ってくれ、羽月さん。君に言わなきゃいけないことが」


 「何をやってるの、妃夜?」 

 気配も無く、現れた白夜姉さんの姿に、私は安堵の表情を浮かべた。


 「姉さん、警察に連絡して。この不審者」


 「待ってください。白夜さん、僕はそういうつもりじゃ」


 「もしもし、お巡りさんですか?近くに妹を狙う変質者がいました。場所は」


 「くっ・・・」 

 不審者はそのまま、私の下を逃げ去り、何処へ逃亡していった。


 「姉さん、知り合い?」


 「いいえ。初めて見た顔よ。もうすぐ、警察官が来るから」


 その後、本当に警察官が現れ、事情を話し、すぐさま、私たちは開放された 

 それから、白夜姉さんと2人、帰宅する運びとなった。


 「一体、あれは何だったのかな?」


 「妃夜は気にしなくていいわよ」


 「そうだ、白夜姉さん。間宮さんから、手紙届いてない?」 

 姉さんは表情を変えることなく、すぐに言葉を掛けた。


 「そんなもの、届いてないけど」


 「そう・・・」 

 この時の私は気付くことは無かった。気付くわけが無かった。 

 正しいことが、全て正しいとは限らないことに。


                5


 翌日のホームルームでの出来事。 

 石倉先生はいつものように、教壇に立ち、連絡事故を述べた後、劇についての話を始めた。


 「一応、現状は間宮の考えた劇を候補の一つにしていますが、他にいい話があったら、何か教えてくれると嬉しいぞ」 

 昨日までは、あれ程、嫌がっていた舞台について、乗り気の姿を見せる担任の姿に、私を含む生徒全員が動揺を隠せなかった。


 「この文化祭は、保護者だけじゃなく、地元の方、来年うちに来るであろう生徒さんやメディアも来る重要な式典だ。それに恥じぬよう、皆さん、精一杯頑張りましょう」


 「先生」


 「どうした、宮本」


 「優勝したら、金でも貰えるんですか?」


 「買収されてねぇよ!」 

 一気に笑い声が聞こえたが、まさか、担任までもが、味方になるなんて。 暁は一体、何を考えて。


 「ただ、あんまり、上層部の顔色は良くないかもしれないからな。ただ、ここまで皆の気持ちも一つだから、劇という方向は決定したからな。これで嫌だってのは、無しの方向で頼むぞ」


 石倉先生の挨拶は終わり、そのまま、教室を後にした後、奇声女が暁に突っかかって来た。


 「石倉に何言ったの?」


 「ん?何って?」


 「昨日の今日であの態度。あんた、あいつに何吹き込んだわけ?」


 「何にも。ただ、あたしは間宮さんの台本を」


 「その台本見せてよ」


 「やめとく」


 「雫、何ガチになってんの?」 

 奇声女の友人が、不安な顔を浮かべる程、彼女の態度はあからさまなまでに、不満がにじみ出ていた。


 「薫は黙ってろ。石倉は良くて、アタシはダメなわけ?」


 「親に見せるんでしょ?それで、こんな劇は中止だって、頼み込む。みんなの気持ちが一つな時にそういうのされるのが、一番嫌なんだけど」 

 言葉一つ一つに暁らしさを感じないのは、恐らくこれも全て間宮さんの計画だったからなのか。 


 「そんなのは、やってみないと分からないでしょ?大体、何であんたが仕切ってんの?いっつも、いっつもエラそうにしやがって」


 「ちょっと、雫」 

 友人の静止に全く聞くつもりのない奇声女。


 「それ位にしておきなよ、雫」


 「茜」 

 余裕のない奇声女の態度に、宮本さんが割り込んで来た。


 「そんなにやりたくなかったら、ボイコットすればいいじゃん。何で、そんなに嫌そうなわけ?」


 「そんなこと・・・」


 「ん?」


 「そんなこと、出来たら、苦労しねぇんだよ」 

 奇声女は、すれ違う次の教師を背に、そのまま、教室を飛び出していった。


 「おい、授業始めるぞ」 

 教師の言葉を背に、私たちは授業に気持ちを切り替えた。


 「暁ちゃん、言い過ぎ」 

 暁の心を突き刺すような一言を言い放った奇声女の知人。 

 しかし、暁は苦悶の表情を浮かべることは無く、いつも通りのように見えた。


 奇声女の言動の意図を推し量ることは出来ないが、それ以上に私には暁がここまでしてでも、劇に拘る理由が分からなかった。 

 少しずつだが、教室内の空気は間宮さんの劇によって、濁りつつあった。


                  6


 「イってぇ、何すんだ、ボケェ。前見て歩けよ、〇ス!」


 「言い過ぎだよ、わたる」 

 わたるくんって、誰?


 「ぶつかって来たのは、そっちじゃん。あやまんなよ、わたるくん」


 お゛う゛ぇ゛。 

 何だ、これ?  


 「あっ・・・。吐いた。わたるくん、サイテー」


 「ち、ちげぇよ。おれは何もやってねぇよ」


 「いいや、いまのはわたるくんがわるいよ」


 「おれはふれただけで、なぁ、はづきもそうだよな?」 

 何が起きているんだ?


 「いえるわけないでしょ?サイテー、このげろんちょ!」


 「やめなよ、やめて。そういう話じゃ」


 「なぎちゃんはだまってて」 

 間宮さん?


 「ひどいよね、ひよちゃん。かわいそうに」


 「ちょっとぉー、男子ぃ」


 ザーーーーーーー。


 「なんで、ひよちゃんはいつもひとりなの?」


 「だめだよ、ひよちゃんはすぐはくもん。げろっちだから」


 「げろんちょ、がっこうこないね」 

 また、この夢だ。


 「ひよちゃんのせいだ」


 「ひよちゃん、なんでがっこうにきてるの?」


 「ひよちゃんって、べんきょうばっか。あんなこじゃなかったのに」


 「ひよちゃんのせいなのにね」


 「ひよちゃん、しねばいいのに」


 「みんな、あいつのせいだ」


 「ひよちゃんがいなければ、げろんちょにあえるのに」 

 もう、聞き飽きた。何度も体験した。もう、いいから。


 「そういうこと、言わないでよ。だれのせいで、こんな」 

 こんな話は知らない。何が起きてるの?


 「なぎちゃん、げろっちのみかたなの?」


 「みかたとか、てきとかじゃない。そういうことじゃ」


 「じゃあ、なぎちゃんも同じだね」


 「話をきいて、そういうことじゃ」


 「だったら、吐いたら、ゆるしてあげるよ。いっつも、がっこうやすんでるくせに、こういうときだけ、いい子ぶるうそつきのひきょうもののくせに」 

 何を言ってるの?


 「ほんとうはがっこうきらいだから、やすんでるんでしょ?」 

 やめて。


 「そんな・・・」 

 やめて。


 「ほら、吐きなよ。ほら、ほら、ほら、ほら」 

 もう、やめて。


 ザーーーーー


 「ねえ、白夜さん。本当にいいんですか?」 

 これって、もしかして、私?


 「何が?」 

 白夜姉さん?


 「妹さんの布団なんでしょ?」


 「いいのよ。その方があがるし」 

 何で、裸なの?


 「知りませんよ。汚れちゃうのに」 

 汚れる?なんで?


 「替えの布団は用意してある。今は誰も帰って来ないし」


 「そうですか、じゃあ」 

 女性と女性が、なんで、キスしてるの?なんで、舌いれてるの?


 「白夜さん、好きです。愛してます」 

 なんで、私がそんなこと言うの?


 「私もよ。×」


 ーーーーーーーーーー


 「ひよ、なんで、ここに?」


 「くっさ。ちょっと、話が違うじゃないですか」 

 何が起きてるの?


 「ええ、誤算だったみたい」


 「これで、白夜さんもおしまいですね。私言いませんから、それじゃあ」


 「そうね。私の人生はおしまいね。だけど、×、あなたが私を脅せるかしら?」 

 姉さん、何言い出すの?


 「いや、そんなことは」


 「もう、いいわ。帰って良いわよ。口座に入れとくから。その代わり」 

 姉さん、何を・・・。


 「次ゆすったら、あなたの妹を」  ₋--------


 「はっ・・・」 

 気が付くといつもの部屋のベッドの上だった。


 「どうしたんだ、妃夜?冷や汗掻いちゃって」 

 ベッドの近くに居たのは、紛れもない朔夜姉さんその人だった。


 「なんでも・・・ない」


 「いや、そうは見えないけど。学校休む?」


 「何やってるの?」 

 その声は冷たくも、何処か胸に突き刺さるような声で、私たちを貫いた。


 「何でもないです。それじゃあ、早く行きなよ」 

 朔夜姉さんは、そのまま、部屋を後にした。立ち替わるように、白夜姉さんが私の下へ現れた。


 「へいき?顔色悪いわよ」


 「へいきです。すぐにでも」


 「無理しないでね」 

 にこやかに微笑む白夜姉さんの姿に私は悍ましい何かを感じ取った。 

 その刹那、思い浮かんだのは、死のイメージだった。


 「行ってきます」


 「いってらっしゃい」 

 部屋を後にした白夜姉さんに、私の背筋は悍ましい程の汗によって、体温を失っていく感覚が、徐々に大きくなっていく。 

 私は思い出したのだ。全てではない、全てではないが、思い出した。


 ー気付いちゃったんだ。残念だったね。知らなかったら、良かったのにね。 

  脳内に語り掛けて来る声に、私は何も言えなかった。


 ーそうだよ、妃夜。君がこうなってしまったのは、君の病の原因は全て私。


 今までの声が代わり、そのイメージは先ほど、夢に見たその人そのものだった。


 ー私こと、羽月白夜でした。  

 あなたが、性を嫌うのも、あなたが、他者を拒むのも、ぜーんぶ、私の所為なんだ。ごめんね、私の大切な妹よ。


 「なんで、こんなことを」


 [決まってるでしょ?あなたを骨の髄まで愛しているからよ]

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