一度死んだ悪の魔王が“心霊”化して主人公にとり憑いてきた件

高見もや

第一話 ――とある古城の呪い

 僕の名前はロラン。アルバ村という辺境の小さな集落で、家族と平凡に暮らしている十六歳の少年だ。魔法の才覚はまったくなく、剣の腕も並以下。どこにでもいる農家の息子……そんな僕の人生が、ある“古城”に足を踏み入れた瞬間に大きく狂うことになる。


 アルバ村の北東にある「アルベリオ古城」は、今では廃墟となって久しい。五十年ほど前には“魔王”と呼ばれる存在がそこに君臨し、世界を恐怖に陥れていたと聞く。だけど、勇者の一団が魔王を倒し、古城を封じて以来、そこは人が寄りつかない廃れた土地になった。

 それもそのはず、あの城には呪いが残っているらしい。村の人たちは誰一人として近づきたがらない。だが、僕はちょっとした好奇心もあって、ある日ひとりで足を運んでみたのだ。

「伝説の魔王がいた城か……」

 半ば肝試し気分だった。まさか本当に“呪い”なんてものがあるわけない――そう高を括っていた僕は、とんでもない大間違いを犯した。


 城の門は朽ち果て、錆びついた鉄の扉は半開きのまま風に軋んでいた。中に入ると、ほとんどの部屋は崩壊し、家具や調度品は埃まみれ。床にはひび割れた石が転がり、壁には意味不明の魔法陣の痕跡が残されている。

 息を飲みながら奥へと進んでいくと、広間のような場所に出た。そこには破れたカーペットが敷かれ、その中心にかすかに光る紋様が浮かび上がっていた。まるで誰かがさっきまでそこにいて、儀式でも行っていたかのように。

 不吉な気配に背筋が凍る。早く帰らなきゃ――そう思ったときだった。


「……人の気配……? 今この城に来る愚か者がいるとはな……」


 低く響く声が、僕の耳元に直接囁きかけてくる。驚いて辺りを見回したが、そこには誰もいない。

 その声は明らかに人間のものではなかった。まるで、闇の底から這い出してきたような、重く澱んだオーラ。

「な、なんだ……今の声……?」

 怖くて足がすくむ。逃げ出そうとした瞬間、足元の紋様から強烈な光が放たれた。


「貴様……その肉体、よこせ……!」


 その瞬間、僕の身体は何かに鷲掴みにされたような感覚に襲われ、意識が遠のいていく。体が勝手に動かなくなり、何か“他の存在”が入り込んでくるのがわかった。

 まるで冷たい手が脳を直接触ってくるような、背筋が凍える感覚。心臓がバクバクと鳴り、血の気が一気に引いていく。

(やばい……乗っ取られる……?)

 そんな嫌な予感が頭をよぎった。必死に抵抗しようとするが、僕に特別な力などあるわけがない。


「ククク……そなたの意識など、我が力の前では無力……」


 嘲笑する闇の声。それはきっと、伝説の“魔王”なのだろう――そう直感的に理解した。だけど、その瞬間。

「お、お前……なんだ、その……妙な“光”は……ぐっ……」

 魔王の声が一瞬、苦痛に歪んだように聞こえた。


 気づけば、僕の全身を覆っていた闇は少しずつ薄れ、視界が戻る。どうやら僕の中に完全に侵入しようとした魔王は、何かの理由でその支配に失敗したらしい。

 まばゆい光が周囲を照らし、僕の中に“別の意識”が渦巻く。

(これ……もう一人いる!?)

 頭の中で、黒い声がわずかにくぐもって聞こえた。けれど完全には消えていない。まるで僕の魂と一緒に、魔王の魂が同居しているような、そんな妙な感覚だった。


「くそっ……我が完全な復活のはずが……なぜだ……」

「こ、こっちが聞きたいよ……」


 意識がはっきりするにつれ、背中に嫌な汗が流れているのが分かった。体はまだ震えている。だがどうにか自力で立ち上がり、広間を見渡すと、先ほどの紋様はすでに光を失っていた。

 僕は脳内で響く魔王の声に向かって、ひとまず思考の中で問いかける。


(お前……何者なんだ?)

「我は――かつてこの地を支配した、魔王アルナール・ネグザレスだ。まさか、こんな凡庸な小僧に宿る羽目になるとは……」


 名前を聞いて、僕は一気に血の気が引いた。アルナール・ネグザレスといえば、勇者たちに討ち滅ぼされ、世界を恐怖に陥れた“闇の帝王”その人……いや、その“亡霊”だ。

 僕の中に最悪の存在が宿ってしまった――その事実に震えが止まらない。だけど、完全に魔王に身体を奪われたわけではない。どうやら“魂の融合”のような状態らしい。

(どうして僕は正気を保っていられるんだろう……?)

 そんな疑問を抱きつつも、頭を整理する暇はなさそうだ。少しでも落ち着かなきゃ――そしてこの状況をどうにかしなきゃ。


「……いいか、小僧。これは我にとっても屈辱だが、今は互いに完全な支配を成し得ないようだ。しばし様子を見てやる。だが覚えておけ。この身体が我がものになったとき、お前の意識は消えることになるぞ……」

(脅かさないでくれよ……っ!)


 魔王が失敗に終わった苛立ちを隠さずに脳内で威圧してくる。僕は抵抗したいが、またあの闇に飲まれるのも嫌だ。今は素直に受け流すほかない。

 とりあえず、このままここにいては危険だと直感し、僕は足早に城を出た。生温い風が吹く夜の森を駆け抜け、どうにか村に戻ったころにはすっかり日が暮れていた。


 こうして、僕と“魔王”の奇妙な同居生活が始まった――。

 まさか、この出来事が世界を揺るがす大騒動の序章になるなんて、まだこのときの僕には想像もつかなかったのだ。


――――――――――――――――――――――

次回へ続く。

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