第162話 勇者一行の挑戦④

 ミーシャたち魔物の反則的な強さにドン引きしてる俺のことはさておき。


 歩夢たちは真剣な面持ちで半球状の坂を見上げていた。


[……なんだったのかしら?]

[俺のところからは一瞬影のようなものが見えただけだったぜ]

[そうなの? 私は全然よ。気づいたらアレックスが落ちてきていたんだもの]

[ま、そりゃ動体視力に違いがあるから仕方ねぇな]

[事実だから悔しくもならないわね]


 リーエンとドロンが意見を出し合う。そして、さらなる情報を求めるように、歩夢に視線を向けた。


[──アレックスは体感してどうだったの?]

[俺もドロンとほとんど変わらないよ。何かに蹴られた感じはしたけど……でも、その前に推進力が一瞬で消失した気がするんだよね。それがなければ、蹴られても無防備に落ちることはなかったと思う]


 歩夢が考え込みながら呟く。

 急な坂道を登ってる途中で蹴り落とされそうになっても対処できる、って考えられるの凄いな。


 歩夢の言葉を聞いたドロンは[げっ……]と呻きながら眉を寄せた。


[つまり、なぜか駆け上がる力がゼロになったってことか]

[うん。一瞬、無重力空間に放り込まれたような感覚があったよ]

[ムジュウリョク?]

[えーっと……なんの力も効果を示さないような空間のこと、かな?]


 四苦八苦しながら、歩夢が体験した感覚を説明している。

 無重力かー。確かに、ミーシャの能力の効果に近いのかも。


[そっか。よくわかねぇけど、体験してみないことには対策も立てられなさそうだな……]

[何かアイテムを用意してないの?]


 嫌そうに顔を顰めるドロンの横で、リーエンが歩夢に期待の目を向けた。

 歩夢はきょとんと瞬きをした後、[そうだなぁ……]と呟きながら、アイテムバッグをゴソゴソと探り始める。


 まさか、またアイテム無双をするんじゃないだろうな?


[うーん、蹴られる衝撃を緩和するには、バブルスーツがいいかな]


 そう言って歩夢が取り出したのは、大きなしゃぼん玉のような、不思議な物体だった。


「これがスーツ? ウォーターバルーンに近くねぇか?」


 俺は首を傾げながら見つめた。

 リルは『蹴って遊んだら楽しそうだねぇ』とニコニコ笑い、サクは『これがスーツ? ちょっとスーツの概念を調べ直したいですねー』と目をパチパチと瞬かせた。


 リルには今度でっかいボールを用意してやるから、一緒に遊ぼうな!

 そんな、ちょっと脱線した俺の思考はともかく。


 バブルスーツを見た途端、ドロンは宇宙猫のような表情で[バブル……]と呟き、リーエンは生気の失せた目で[スーツ……]と続けていた。


 理解できない、と思っているのがよくわかる。

 なんか、俺の親友がゴメンな……。


[これ、服の上から被るだけで、物理攻撃を防げる優れものなんだよ]


 ニコニコと無邪気に笑った歩夢が、頭からスポッとバブルスーツを被る。

 透明な球体から歩夢の頭がピョコッと出ているという、奇妙な光景が誕生した。


「……くふっ、やば、もう我慢できねえっ。ぶはっ!」


 歩夢が真剣にやっていることはわかるし、攻略のためだというのも理解していたから、必死に笑うのを堪えてみたけど、無理だった。

 弾けるように笑い始めて止まらなくなる。


「いろいろおかしすぎるだろー! あっはっは!」


 そんなアイテムどこで手に入れたんだ、とか。

 作ったやつ、マジで使われるとは思ってなかったんじゃね? とか。

 歩夢はなんで平気で着用できるのか、とか。


 聞きたいことはたくさんあるけど、バブルスーツを着用した歩夢の姿の滑稽さに、そんな疑問も吹っ飛ぶ。

 ただひたすら、コイツいろんな意味ですげぇな……と思った。


[……それで坂道駆け上がれんのか?]


 ドロンも様々なツッコミを呑み込んだようで、疲れた表情をしながら建設的な問いかけをする。

 歩夢はキラッと輝くような笑みを浮かべて、[もちろん!]と断言した。


[これは動きを妨げない特殊素材だからね。空気抵抗もないから、見た目よりもスムーズに動けるんだよ]

[……へぇ]


 ドロンは『その見た目でなんでだよっ』とツッコミを入れたがってるような顔だ。その気持ち、俺もわかるぞ。


 リーエンは頬を引き攣らせながらも、震える指でバブルスーツを指した。


[……見間違いじゃなければ、それ、鑑定したら【神級アイテム】って出てくるのだけれど]


 途端にドロンが[はあ!?]と素っ頓狂な声を上げた。

 俺たちも「えっ、神級?」とか『すごいアイテムなんだねぇ』とか、口々に感想をこぼす。


 ちなみに、神級っていうのは、アイテムのレア度を示す表記の最上級だ。

 ほぼ人の手では作れないものを指す。


 つまり──


[待ってくれ。それ、神が作った神物ってことか!?]


 ギョッとした顔で歩夢に詰め寄ったドロンが、バブルスーツに弾かれてボヨンと元の位置に戻った。


[──うおっ!]


 なるほど、バブルスーツってそういう感じで衝撃を跳ね返すんだな。

 目を丸くして固まるドロンを見て、俺は現実逃避気味にそう考えていた。


[神物の取り扱いは、神殿で厳しく行われているはずだけれど、よく持ち出せたわね……]


 リーエンは引いた感じで言った後に続けて、[正直、持ち出せない方が、勇者のイメージ的にはよかったと思うのだけれど]と呆れた口調で呟いた。


 歩夢はそれに対して肩をすくめる。


[元々俺のものだからね。神殿の許可とか必要ないんだよ]

[アレックスのもの?]


 リーエンは目を丸くして驚いていた。

 神物を個人所有するのは、それほどありえないことなのだろう。


[こっちに転移させられた時に、アイテムバッグの中に入ってたんだ。元はゲーム内のネタ装備だったんだけど、まさか神物扱いされるとはね]


 歩夢は愉快そうに答えた。

 俺はそれを聞いて「なるほど」と頷く。ちょっと疑問が解消されたな。


 バブルスーツがネタ装備と聞けば、ゲームについては歩夢から聞いたことしか知らない俺でも、なんとなくどういうものか理解できる。

 つまり、お笑い要素マシマシの装備ってことだろ。


 歩夢が転移してきた時に、お助けアイテム的にいくつかの装備をこの世界に持ち込めたわけだ。


 ただし、この世界の人の手では作られてないし、俺の世界でも現実的に存在しているわけではなかったから、神(?)がアイテムを再現した、と。

 それで、結果的に神物になったってことだな。


 ……うーん、俺や歩夢からしたら、神あるいは邪神って、嫌なヤツって感じなんだけど、いいところもあるんだな。


 もふもふ環境を作れて、基本的に衣食住に困らずにいられるダンジョン能力しかり。

 特殊な装備、おそらく歩夢が気に入っていたものを、持ち込めるようにしたことしかり。


 そういうところは、ちょっと感謝しないといけないかもなー。すげぇ癪だけどっ。


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