第276話 それぞれの決断

 偽神が〈そんな……まさか……そんな……〉と嘆くループに陥ってる。

 言葉にはしないけど、めっちゃ鬱陶しい。


「ウザ」

「俺が言ったかと思ったわ」


 歩夢の言葉にちょっとドキッとしちゃったよ。同感だからこそ、な。


 まあ、そんなことはさておき。

 偽神がフリーズしてる間に、羽紗神様うさかみさまと話したことを歩夢に報告しよう。


〈ねぇ、この異世界渡りさんたち、いつ帰す?〉

「雪白、今歩夢たちに説明するから、ちょっと待ってくれ」


 俺が話す前に、雪白が歩夢をテシテシと叩きながら聞いてきた。

 歩夢はキョトンとした様子で首を傾げている。

 いきなり言われても意味わからないよな。


「帰す?」

「そうそう。羽紗神様うさかみさまと話したらさ、歩夢たちをさらって勇者としてこの世界に召喚するのは、神という立場でもよくないことらしくって。二人が望むなら、日本に帰してあげるって言ってくれたんだ」


 俺の言葉に、歩夢とタイシが目を丸くする。

 予想外の申し出だったようだ。


「……今帰っても、行方不明者が突然発見されたみたいにならない?」

「いや。さらわれてきた時点に送り返すみたいだから、それはない。まあ、歩夢的には、この世界での数年がなかったことになるから、戸惑うかもしれないけど」

「そっか……」


 まだ理解しきれていない様子で、歩夢がぼんやりと頷いた。

 突然言われても、それが本当のことだってなかなか受け止めきれないよなぁ。


〈気になるなら、こっちでの記憶を封じてから帰してあげるよ〉

「そんなこともできるのか」


 雪白の言葉に、俺も驚く。

 アフターフォローも完璧とか、やっぱり偽神や邪神とは大違いだな。


〈その方が、矛盾が少なくなって、戻った後の世界に馴染みやすいしね〉

「あー、そういや、問題があると、それを世界が勝手に修正するんだったか」


 俺が日本にいた時に歩夢のことを忘れてたのって、それが理由だったよな。

 こちらの記憶がない方が、向こうでの生活に違和感なく戻れそうだ。


「……こっちでの記憶を封じたら、流星のことも忘れるよね?」

「いや。お前がこっちに来たのって、高校の時だろ? その時はまだ俺は生きてるから、普通に友だちやれるんじゃね?」

「若い内に流星が亡くなることを忘れて?」


 静かな口調で問い返されて、俺は言葉に詰まった。


 ……俺が死んでこの世界にくるのは、社会人になって少しした頃。

 歩夢がそのことを覚えた状態で日本に帰ったら、その運命が変わるなんてこと、あるのだろうか。

 もし変わったなら、こっちの世界にいる俺はどうなる?


〈世界は矛盾を許さない。あなたがその記憶を持ったまま帰ったとしても、リュウセイの運命は変えられないよ〉


 雪白がはっきりと答えを告げた。

 その声音がちょっと苦しそうなのは、俺が死んだ理由に雪白が関わっているからだろう。


 世界は勝手に問題を修正するって教えられた。

 人の生死の運命が変えられるなんて、大きな問題になるはず。だから、それはきっと許されない。


 俺はこの世界での生活をもう受け入れているから、その事実もすんなりと受け止められた。

 やり直しなんて、望んでないんだ。


「……そっか。でも、帰るとしても、記憶は封じたくないな」

「それ、辛くならないか?」


 眉を寄せながらも決意を呟く歩夢に、俺は反射的に問いかけた。

 友人が早い内に亡くなることを知っていて何もできないって、俺なら辛くなると思う。


「辛いけど、忘れてしまって、十分に一緒の時間を過ごせない可能性がある方がイヤだな。高校を卒業して、縁遠くなっちゃうとかさ」


 歩夢がキッパリと言う。

 それを聞いて、俺は「強いな……」と感嘆の声を漏らした。

 同時に、ちょっとさみしくなった。


 歩夢が日本に戻ってからの高校時代を、俺は俺の記憶として保有できない。

 ある意味、歩夢が戻る日本でのこれからは、俺にとってパラレルな世界だから。俺じゃない俺がそこにいる感じだ。


 雪白がチラリと俺を見た。


〈……たぶん、日本での記憶は、リュウセイも共有できるよ。この世界で、封じられていた異世界渡りくんの記憶をリュウセイが思い出したように、リュウセイの思い出の中に、いつの間にか紛れ込んでくるはず〉

「え、そうなのか。実際に体験してないのに思い出としてよみがえってくるって、ちょっと面白いな」


 俺を慰めようとする雪白の思いが伝わってきて、心が温まった気がした。

 おかげで前向きなマインドになれたよ。


 微笑む俺に、歩夢も「そうだね」と笑いかけてくる。


「まあ、でも──」


 ニコリと笑みを浮かべた歩夢が、雪白に向かい合って口を開いた。


「──俺、どうせならまだこの世界で遊びたいし、流星と過ごしたいし、帰るのはもうちょっと後にしていいかな?」

「え?」


 俺はポカンと口を開けた。

 思いがけない言葉だったけど、よく考えたら納得する。


 流星、この世界をゲームに似てるって、わりと楽しんでる感じだったもんな。

 偽神や神殿はウザくて嫌そうだったけど、その問題さえなくなれば、何がなんでも今すぐ日本に帰りたいっていう思いはないのかも。


〈もうちょっと後? いいよー。その気になったら僕に教えてね。でも、向こうの世界とあまりに長い間離れていると、帰るのが大変になるから、そうなる前に僕の方から帰るか聞くね〉

「あっさりとオッケー出すんだな!?」


 雪白があまりにもすんなりと許可を出したから、思わず驚いたぞ。

 それでいいのか……。


 あと、小さな手でがんばって丸印を作ろうとしてるのが可愛い。

 丸っていうか、ウサギが顔のお手入れしてる時の体勢にしか見えない。可愛い。


 歩夢も拍子抜けしたような表情で「いいんだ……?」と呟いていた。

 断られる前提で聞いていたらしい。だよな。その気持ち、俺もわかるー。


「あのー、私はアカネと別れの挨拶を交わしたら、日本に帰してもらっていいですか? こっちでの記憶も封じてもらえると助かります」


 タイシが控えめに手を上げて頼んだ。

 アカネとは、タイシがダンジョン化してる場所にいる大狐だ。


 タイシはおっきなもふもふのアカネにだいぶ傾倒していたみたいだけど、さすがに日本に帰るのを断るほどじゃなかったようだ。


 それはアカネにとってもいいことな気がする。

 タイシに執着されるの、結構面倒くさそうだし。


 アカネの居場所がなくなったら、ダンジョンで引き取ろう。

 俺やカナと同じく、邪神の被害者だもんな。


 でも、そうなった場合、ダンジョンが完全になくなって、迷宮都市への影響が大きくなりそうなんだよなぁ。

 何か対策を講じないと。


〈いいよー。帰りたい時に、僕に声を掛けてね!〉


 雪白はタイシにも軽い口調で答えた。

 日本に帰るのが、大して難しくないことな気がしてくるぞ。


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