第246話 キレイにしましょう

 さて、どうするか──なんて、さほど悩むことでもない。

 俺たちにとって、穢れを浄化することは難しくないのだから、さっさとやってやればいいのだ。

 大した手間がかからず、勇者に恩を売れるチャンスである。


 それに、タイシたちも俺たちの計画に協力してくれるかもしれないし。

 タイシ自身は邪神に対して恨みがなくとも、親しい魔物が穢れに苦しめられることになった原因が邪神にあるとわかれば、きっと仕返しを望むことだろう。


「ワンダーに魔物の浄化をさせよう」


 俺が方針を決めると、影兎シャドウラビの近くで控えていたワンダーがぴょんと跳ねた。


『あなたの願いを叶えましょう。ちょうどいいことに、俺たちの仲間には浄化が得意なタイプがいますからね』


 操人形マリオネがそう言うと、タイシの顔がパッと明るくなった。


「ありがとうございます! では、こちらにどうぞ」


 タイシが右側を指し示すと、闇から生まれるように、灰色の門が現れた。リルでも問題なく通れそうなほど大きい。


『なぁに、これ?』


 リルが首を傾げると、その声が聞こえたかのように、タイシが説明を始める。


「これは転移門です。ダンジョンとして整備している部分より奥にある対の門に、一瞬で転移できます。そこに、浄化してもらいたい魔物がいるんです」


 ダンジョンゲートに似たものらしい。

 こんな能力を使えるなんて、やっぱり勇者って凄い。たぶん影兎シャドウラビの影渡りの能力に近いんだと思うけど。


「危険はなさそうか?」

『んー、見た感じは問題なさそう。魔力にも不審なところはないし。でも、この先がどうなってるかはわからないなー』


 リルが鼻をクンクンさせながら、転移門を観察して報告してくれた。危機察知能力が高いリルがこう言うなら、信用していい気がする。


『まずはボクがいくね〜。これのさきも、カゲのはんいみたいだから』


 影兎シャドウラビがぴょんぴょんとはねて、転移門の前に立った。


 影を操るという能力は、タイシと影兎シャドウラビで重なっている部分があるらしい。影兎シャドウラビは、これが罠だったとしても自分なら回避できる、と自信があるようだ。


 それなら、この場は影兎シャドウラビに任せよう。


「ん。影兎シャドウラビ、頼んだぞ」

『は〜い、まかされたよ〜』


 まったく気負いしていない、いつも通りの様子で転移門に進もうとする影兎シャドウラビに、タイシが少し戸惑った顔をしている。


「あの……一応、俺が先に使って、安全を示そうと思ったんですけど」

『それをしても、安全を示すことにはならないでしょ。その体で負傷しても、実際はあなた自身に害はほとんどないんでしょうし?』


 タイシの発言を、操人形マリオネがバッサリ否定する。

 それに対し、タイシは反論してこなかった。つまり、操人形マリオネの言葉が事実だということだ。


 やっぱりかー。

 日本での姿をトレースして使ってるって言ってたけど、それって俺が使う木偶ドールと似たようなものな気がしたんだよな。


 完全にこの世界での体を捨て去ったわけじゃなくて、普段活動する際の体を能力で作ってるってだけ。つまり、アバターである。


『安全の検証は俺たちでします。あなたが先に行っておきたいなら、ご自由にどうぞ』


 操人形マリオネがそう告げると、タイシは苦笑しながら頷き、一瞬で姿を消した。


 転移門を使う必要性すらなく、移動するすべを持っていたらしい。

 最初の助命嘆願から、タイシの演技だったんだろうなぁ。


『じゃあ、ボクもいくね〜』


 影兎シャドウラビがぴょんと転移門に飛び込む。

 その姿が闇に呑まれて見えなくなったのを確認して、俺はすぐに影兎シャドウラビの視界をモニターに映し出した。


 そこは、木漏れ日の差す草原だった。

 影兎シャドウラビがいる木の近くに、赤い屋根の小さな家がある。


 木と家から離れたところには低い柵で囲まれた広い空間があり、その中央で黒いモヤに覆われた大きな狐らしき姿の魔物がうずくまっていた。

 この狐が、タイシが浄化してほしいと望んだ魔物だろう。

 柵の傍にタイシが立っている。


『キケンなしだよ〜』

「そうみたいだな。──操人形マリオネたちも進んでくれ」


 影兎シャドウラビの報告を受けて、俺が操人形マリオネに指示を出すと、すぐさまリルがやって来た。

 続いて、操人形マリオネとワンダー、フェリス、残りの影兎シャドウラビ二体が到着する。


『わあ、明るい草原だねー。でも、穢れの気配が禍々しいなぁ』


 リルがキョロキョロと周囲を見回して呟く。リルの目にも、差し迫った危険は見当たらなかったようだ。


『あ、タイシが呼んでますね。ワンダー、行ってきてください』


 影兎シャドウラビと違い、リルや操人形マリオネの姿は大きくて目立つ。

 すぐに気づいたタイシが、[こちらにきてくださーい!]と手を振っていた。


『はーい、行ってくるワン!』

『僕が護衛するよ』


 ワンダーが駆けていく後ろを、リルがのんびりと追った。

 リルに任せておけば問題ないだろう。

 念の為、一体の影兎シャドウラビがリルの影に潜んでついていっているから、何かあれば即座に退避できるはずだし。


 操人形マリオネはフェリスや残りの影兎シャドウラビと共に、木陰で待機するようだ。


 俺はモニター映像をリルの視界に切り替えた。

 すると、魔物の姿がはっきりと見えるようになった。


 カナたちのような泥の塊みたいな姿にはなっておらず、黒いモヤを通して狐っぽい姿がちゃんと見えている。

 このくらいの穢れ度なら、自我を失わずにいられるのだろう。


 近づいてきたワンダーたちを見たタイシは、嬉しそうに顔を綻ばせていた。


[来てくださってありがとうございます!]

『気にしないでいいワン!』

『マスターが決めたことだからねー』


 ワンダーとリルがそう言うも、タイシに伝わることはない。ちょっと困った顔をしている。

 おい、操人形マリオネ。お前の通訳が必要な場面だぞ。


 だが、俺が操人形マリオネに指示を出すか悩んでいる間に、タイシはあっさりと戸惑いを片付けたようだ。

 言葉がわからなくても、話を進めることはできる。


[早速ですが、浄化をお願いできますか?]


 魔物を指してそう言ったタイシに対し、ワンダーが即座に応じる。


『はーい! やってあげるワン!』


 発動した浄化の能力が、魔物を温かな光で照らし──

 しばらく経つと、真っ白な大狐が赤い目をパチパチと瞬かせていた。


 最高にもふもふしてる。

 ちょっとリルと似てるなぁ。可愛い。


 タイシはその子を見て満面の笑みを浮かべ、すごく嬉しそうだ。

 その気持ち、俺もよくわかるぞ。大きなもふもふは最高に可愛いよな!


 ……もしかして、タイシも俺と同じくもふもふ好きなタイプか? 同志?


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