第32話 小さい暴れん坊たち

 転移魔法陣を使って、影兎シャドウラビたちが七階層にやって来た。


『こんにちは~』

『ねぇねぇ、このくさ、たべていい~?』

『だれ、このひと~?』


 影兎シャドウラビたちは自由気ままだ。現れた途端、畑で育っていたニンジンの葉を見つけて食べ始めたり、ロアンナの周囲をぐるぐると回って楽しそうにしていたり。


 一応女夢魔サキュバスが止めてくれるけど、『あらー、おやめなさーい』とほのぼのな感じだから、あまり役に立っているとは言えない。


 俺は、目を白黒させているロアンナを見て、その近くでぐったりと倒れている男夢魔インキュバスも確認する。

 ……ロミトラが起きる可能性はなさそうだな。男夢魔インキュバスにその気が皆無に見える。


「狼族獣人だよ。俺たちに協力してくれる人だから、仲良くな」


 ロアンナを紹介するついでに、今後、狼族獣人たちがここにある畑を管理してくれることを説明する。

 普段四階層で過ごす影兎シャドウラビたちにはあまり関係ないだろうけど。


『わかった~』


 ふんふん、と頷きながら聞いていた影兎シャドウラビたちは、すぐに興味を逸らしたようだ。

 ロアンナの脚に手を掛け、揺さぶるようにして話しかける。


『ねぇ、いっしょにあそぶ~?』

『おにごっこしよ~』

『かくれんぼがいいよ~』

『でも、インクとやってもたのしくなかった~』

「え? え? 何が?」


 戸惑っているロアンナに、影兎シャドウラビたちの言葉を通訳しながら、俺はふと首を傾げた。

 インクって誰だ?


『ねぇ、インク、いつまでねてるの~?』


 一体の影兎シャドウラビが、男夢魔インキュバスの体にキックを入れる。結構強めにいったな!?


 というか、インクって、男夢魔インキュバスのことなのか。


「なんでインク?」


 ペンのインクとかを連想しちゃうんだけど……そう言われたら、男夢魔インキュバスはひょろ長くて髪が黒いから、ボールペンの替え芯みたいに見えてきた。

 ……いかん、思考が汚染されてる。


『インキュバスってながいから~!』

『インキュはいいにくいから~』

『ながいよびななんて、インクにはぜいたくだ~』


 男夢魔インキュバスのヒエラルキーの低さが憐れ。

 でも、インクって呼び名は合ってるし、いいと思うぞ?


「俺も、インクって呼ぶぞ」

『もう、お好きにどうぞ……』


 思考力が溶けてやがる。

 ぐてっと疲れ果ててるインクは、どれだけ影兎シャドウラビの遊びに付き合ったんだろう? 救助願いを無視したのは、ちょっと可哀想だったかも。


 影兎シャドウラビたちの言葉から、かくれんぼをしてインクが惨敗したのは確実のようだ。


 影に潜む能力がある影兎シャドウラビとかくれんぼなんて、俺も勝てる気がまったくしない。


「ロアンナと遊ぶなら、かくれんぼはやめてやってくれ。お店屋さんごっことかどうだ?」


 できる限りロアンナの負担にならない遊びを提案してみた。影兎シャドウラビの勢いを止めるのは、俺も難しそうだったから、妥協は大切。


『おみせやさん~?』

「そう。ほら、ここにはたくさん野菜があるだろ? ロアンナが八百屋——野菜を売る人になりきって、影兎シャドウラビたちはそれを買いにくるんだ。金はないから、物々交換がいいな。何と交換したらたくさん野菜をもらえるか、競ってみるのは楽しいだろなぁ」


 なるべく興味を引けるように説明してみたが、果たして——


『たのしそう~!』

『こうかんするもの、さがしてくる~』

『ほかのかいそうのほうが、いいのありそう~』


 目をキラキラと輝かせた影兎シャドウラビたちが、わぁと散っていく。


 インクは神輿のように、数体の影兎シャドウラビに担ぎ上げられて運ばれていた。女夢魔サキュバスはわりと平和的に連れられていっているのに、随分な違いだ。


 インクはどうしても影兎シャドウラビから逃げられない運命だったんだな……やはり憐れ。

 遠い目をしているインクから、ソッと視線を逸らす。


 すると、ロアンナと目が合った。


「私、今から、闇の狩人とお店屋さんごっこするんですか……?」


 呆然とした感じで尋ねられる。

 なんか凄そうな言葉が聞こえた気がする?


「闇の狩人?」

「え……影兎シャドウラビたちの異名を知らないんですか!?」


 驚愕された。

 俺、この世界に来てまだ三日目なんだよ。知識を強制的に入れられたけど、知らないことたくさんあるぞ?


「——ある街に伝わる伝説です……その街は月が消えた夜、数多の小さな影によって、たった一夜で滅ぼされました」

「お、おう……」


 急にゲームのプロローグみたいなことを語り始めたロアンナに、俺はちょっと引く。


「その影たちの名は……影兎シャドウラビ。闇に紛れ、敵がその動きを察知する前に命を狩る彼らの姿を指して、人々は闇の狩人と呼んでいるのです……」

「そ、そっか……」


 話の途中で内容は大体掴んでいたけど、影兎シャドウラビにそんなに強いイメージがなかったから、上手く情報を消化できない。


 でも、強い魔物として知られる男夢魔インキュバスを、あれほどまでに振り回せるのだから、ロアンナが語る印象の方が一般的なのだろうとわかった。


「そんな影兎シャドウラビたちと! お店屋さんごっこ!?」

「うおっ! 急に声を張り上げないでくれ!」


 驚きすぎて、ちょっと体が跳ねちゃっただろ。カッコ悪い。


 叫んだ結果、肩で息をしているロアンナに苦笑いしながら、俺はポリポリと頬を掻いた。


「——あー、無理そうなら、なんとか止められるようにがんばる。鬼ごっことかかくれんぼよりは、いいと思ったんだけどなぁ」


 ポツリと呟く。

 正直、止められる気がしないんだが? あのやる気いっぱいの影兎シャドウラビたちをどう説得しろと?

 最後の手段はダンジョンマスター命令だな。


 そう考えながら頷く俺に、ロアンナが複雑そうな顔をしながら「それは、本当にありがとうございます」と呟く。

 ロアンナもかくれんぼとかはしたくなかったようだ。だよな。


「——……これも、私たちがここに馴染むための試練だと思って、立派な八百屋さんになってみせます!」

「なんか変な感じに気合い入れちゃったな? まぁ、やる気があるなら止めないけど」


 グッと拳を握って意気込むロアンナを見ながら、俺はどうしてこうなったんだろう、と首を傾げてしまった。


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