五老五郎五浪

雑貨屋少女ざっかやしょうじょがカウンターで店番みせばんをしていると、突如とつじょとして何者なにものかが手を乗せてきた。


「た、たすけてやんす……もうダメでやんすよ……」


「うひゃあ!!」


すぐにシエリアがのぞき込むとそこにはヘロヘロの学生らしき男性がへばりついていた。


ヒビの入ったガタガタの瓶底眼鏡びんぞこめがね、くたくたの学生帽がくせいぼう、ぼろぼろの学ラン、そして下駄げたを履いていた。


彼は名を五老五郎ごろうごろうと言った。なんでも受験生で5ろうしているらしい。


シエリアは浪人ろうにんというのはあまり問題にしなかった。


色眼鏡いろめがねを持たない心優しい少女のハートである。


彼の志望校しぼうこう首都しゅとのクランドール大学の医学部いがくぶとのことだ。


国内でも屈指くっし難関校なんかんこうである。


「お、おじょうさんがトラブル・ブレイカーと聞いて……あっしを合格ごうかくさせてほしいでやんすよ!! 試験本番まであと1週間しかないでヤンスよ」


聞くだけでとんでもなく依頼の難度なんどが高いのは明らかだった。


しかし、ここで断るのはナンデモ矜持プライドに関わる。


というわけで、シエリアは二つ返事で答えた。


「わかりました。その依頼、お受けします!!」


なんでも依頼を達成するとは言っても、最終的に依頼人クライアントの力でしか解決できないケースもある。


今回のように他力本願たりきほんがんの場合は特にそうだ。


そういう場合を成功にみちびくのもまたトラブル・ブレイカーの流儀りゅうぎである。


「それで、模試の結果とかあるんですか?」


シエリアがそうたずねると五郎ごろうは結果の紙を差し出してきた。


「合格判定は……」


―――五老五郎ごろうごろう 合格判定F―――


「えふうッ!?」


雑貨屋少女ざっかやしょうじょはそう声に出してから思わず頭を抱えてしまった。


(うわぁ〜〜〜!! 1週間でF判定とか絶対無理だよぉ!! 無理に決まってるよ!! どうしよ〜!!)


堂々どうどうと依頼を受けてしまった以上、断るわけにはいかない。


まったくアテにならない開運かいうんフル装備を五郎ごろうに着せようとした時だった。


「おっす〜。お、どうした? どうした?」


シエリアの店のお得意様とくいさまであるキクリがやってきた。


おしゃれな赤いフレームの眼鏡メガネ個性的こせいてきだ。


彼女はセポール大学の女教授おんなきょうじゅで、わかくしての才女さいじょである。


人当たりがよく、頭の良さを鼻にかけることもない。


この依頼に対してのわたりにふねである。


まさかこんな時に開運かいうんグッズがくとは思わなかった。


うんも実力のうちだと自分に言い聞かせながら、シエリアはアイテムをすみに追いやった。


キクリはいつものように駄菓子だがしたなながめて品定しなさだめし始めた。


彼女は駄菓子だがしに目がなく、よく雑貨屋ざっかやに来ては何かしら買っていく。


そんな彼女は教授だけあって教えるのも上手いはずだ。おそらくは。


無茶振むちゃぶりだが、頼れるのはキクリしかいない。


シエリアはおそおそる頼み込んでみることにした。


すると女教授おんなきょうじゅむずかしそうな顔であごをさすった。


「う〜ん。合格するかは保証ほしょうできないけど、受けても良いよ」


思わず五郎とシエリアは声を上げた。


それに対してキクリは指を左右さゆうに振った。


「条件がある。シエリアちゃんさ。ぶたの耳の″ミミガーグミ″の都市伝説としでんせつって知ってる? アタリを5つ集めてメーカーに送るとまぼろしの景品が届くってアレ。私、実物が見てみたいなって思うわけ」


シエリアは記憶きおくを頼るように視線しせんを泳がせた。


「アタリが出たってウワサだけは聞いたことあります。ただ、5枚揃まいそろったって話は聞いたことありません。景品けいひんに関する詳細しょうさい一切いっさいあがってきませんし、やっぱりまぼろしなんじゃないかって言われてます……」


それを聞いたキクリは満足そうにうなづいた。


「決めた。その景品と交換してくれるなら受験勉強を手伝ってあげる。私も駄菓子だがしマニアのはしくれだからね。探究心たんきゅうしん人並ひとな以上いじょうだよ」


事態じたい好転こうてんした。わずかだが合格の光明こうみょうが見えてきた。


「ただし、受かっても落ちても景品はもらうからね。そうじゃないと割に合わないし。手伝うにしても、私だってそれなりにいそがしい身だからね」


シエリアにとっては駄菓子だがし得意分野とくいぶんやだ。


苦労はしそうだが、なんとかなりそうな範囲内はんいないではある。


「あ、そうだ。さすがにそれだけレアな景品だし、そんなにすぐに交換しろとは言わないよ。気長に待とうじゃない。それじゃ、五浪人ごろうにん……いや五郎ごろうくん。早速、対策といこうじゃないか」


3人は顔を引きめた。


「はぁ……。入試まであと2日。五郎ごろうさんだいじょうぶかなぁ」


ひとり言をぽつりとつぶやくと例の2人がやってきた。


「よ〜っす。最後のガス抜きに来たよ」


キクリはニコリと手を振った。


彼女はほとんど疲れていないようである。


一方の受験生はゲッソリしていて今にも倒れそうだ。


何をしゃべるでもなくフラフラしている。


シエリアはおそるおそる調子を確かめた。


「あのぉ……で、どうなんです?」


意外いがいにも女教授おんなきょうじゅの顔には勝機しょうきが見えた。


「いやぁ、彼はすごいよ。ヤマをったところは必ず正解できる。つまるところ、出題範囲しゅつだいはんいをちゃんとしぼめば理論的りろんてきには合格できるんだ」


五郎ごろうにそのめ言葉は耳に入っていないようだった。


「キクリさんのほうはつかれてないんですか……?」


彼女は不敵ふてきに笑った。


「まぁ勉強見てるって言っても、つきっきりじゃないしさ。出そうなとこ出題しまくって、問題の傾向けいこう修正しゅうせいしていじってるだけだよ。彼自身、ああ見えて根っこの学力はある。我武者羅がむしゃら馬鹿正直ばかしょうじきにやるのも考えもんってことだね」


そしていよいよ試験は明日に迫った。ここまできたら神頼かみだのみしかない。


シエリアは閉店した後、密かに開運かいうんグッズをフル装備した。


花冠に首掛け、グリグリメガネ、ビキニアーマー、にルーズソックス。


その外見は人目ひとめに見せるのがはばかられるほどのものだった。


そして、一晩中ひとばんじゅう祝福しゅくふく呪文じゅもんとなえ続けた。


「ドゥードゥードゥー・ドゥ・ドゥードゥードゥー・ウッ!! ハッ!!」


ここぞという時にはうんより実力じつりょく


シエリアの信条しんじょうではあるが、これは思わずいのらざるをなかった。


翌日よくじつ五郎ごろうとキクリを出迎でむかえたシエリアは思わず微笑ほほえんだ。


2人ともれやかなみを浮かべていたのだ。


「自信はねぇでやんす。でもキクリ先生のヤマりおかげで手応てごたえはあったでやんすよ!!」


そして1週間後しゅうかんご、シエリアにも速達そくたつ伝書鳩でんしょばとがやってきた。


―――サクラサク ゴロウ・ゴロウ―――


なんとか依頼を達成できたという安心感もあったが、それ以上に感動がまさった。


思わずシエリアはあふれるなみだぬぐうのだった。


しかし、キクリとの交換をすっかり忘れていた。


″ミミガーグミ″のアタリを集めねば。


流石さすがに知人だけではどうしょもなかった。


そのためアタリをもらう条件付きで、雑貨屋ざっかやで無料で配ることにした。


最初の頃は好評こうひょうだったが、次第しだいに誰も、もらわなくなっていった。


そう。このグミはたしかに美味おいしいが、旨味うまみしかないのできがちなのである。


これが景品がまぼろしと言われる要因よういんでもあったのだった。


結局、約束から3年経ってもアタリは1枚も出なかったという……。


こちらはこちらでキクリの依頼が残ってしまったのだった。



五郎ごろうさんの手紙では医学部いがくぶで大変な思いをしつつも、頑張っているようです。


なんだかんだで充実じゅうじつしたキャンパスライフが送れているようで、本当に良かったと思います。


今回、トラブル・ブレイカーとしては大したことができなかったのですが……。


えっ、開運かいうんグッズに祝福しゅくふく呪文じゅもん!? 見てたんですか!? やめてくださいよぉ!! ホントに!!……というお話でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る