紅が鮮える
浩太
🌙
1
「吉田さんがさ、死んじゃったんだ」
なんて?
友だちともただのクラスメイトともつかない…強いていえば『悪い仲間』とふたり、生徒食堂で晩飯を食っていた。
彼の口からこぼれた知らない名前に顔を上げる。当の『悪い仲間』朧月は、スマートフォンの画面を見つめ、いかにも嘆かわしいみたいに、眉を下げていた。
「自殺だった、」
……新しい彼女か?
甘く垂れた目元、色香の漂う厚めの唇、気障ったらしい所作、…女の子にモテる彼は、毎週、新しい彼女を連れていた。そのうちのひとりだろうか。
「
スプーンをおきしばし逡巡する。一周して朧月に視線を戻す。
…なんて?
神奈川県の片隅、逗子からでたことがないオレがせいぜいわかるのは藤沢市と鎌倉市くらいだ。彩陶市がどこかわからないし、ついでに『シギ』がなにかもわからない。鴫か?
「おまえは、」
って、目を丸くして、朧月は割り箸をオレに向けてきた。
オレには名前がない。もちろん都合上の偽造戸籍はあるものの、彼はいつもオレを『おまえ』と呼ぶ。学年は同じでも一応ふたつ、歳上なんだけど…オジサンくさいとかいわれそうで黙っておく。
「ちょっとは社会を知った方がいいよ。仕事だってやりやすい」
いまでこそ定時制高校に在籍しているものの、義務教育を最初の二年しか受けていないオレは二十歳になっても読み書きすらままならない。
対して、高校一年までは名門私学に通っていた彼の知識とあたまの回転には素直に感嘆する。けど、
オレはいい
いわれたものを盗んでくるだけのオレには、殺し屋である彼ほど知識や社会性は必要ない。
「おまえみたいな世捨て人に、どうしてユリちゃんが惚れたのかすげぇナゾ」
そう、彼はおもしろくなさそうに、オレの手元を見る。
オムライスにドラえもんの旗が立った、愛らしいけどキングサイズのお弁当。ユリちゃん…四つ年下の恋人は毎晩、オレにお弁当を持たせてくれる。晩飯のたびに「オレは世界一しあわせな男だ」と目を閉じ天…学食の天井を仰ぐ毎日だ。
これがプレゼント、というやつか
いつだかいうと、朧月はちょっと曖昧な表情で頷いていた。
オレはプレゼントたるものをもらったことがなく、そしてそれをもらってみたいと思っていた。
感動のあまりでたことばだったのだけど、あの困ったような反応は、朧月も「プレゼント」をもらったことがなかったのかもしれない。
『くじらさん、野菜食べてないでしょ?』
って、きょうのオムライスにはこれでもかって、細かいピーマンが入っている、愛されてる、って、感じる。
「少し分けてよ、」
学食のわかめうどんを空にした朧月が手を伸ばしてくるのを払う。
そのシギさんは、弁当をつくってくれなかったのか?
「知らないひとだからね」
知らないひとなのか
毎日のように、金をもらっては『知らないひと』を殺してくる彼が、知らないひとの死を嘆くのにちょっと驚く。
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