第二章 ~意識~

17話 首都ヴァイツの詰所で

 気付けば、ぼーっとする頭。「あぁ、倒れたんだったな」と目を開ける。

 視界はぼんやりと滲んであまり見えない。少し時間を置くと、少しづつ少しづつ目の中に部屋が映り込んでくる。


 少し首を回すと、石造りで窓が無い小部屋にいた。

 私が寝ているシンプルなベッドが壁際にあり、反対側にドアがある。中央には背の低い丸テーブルがあって、その上に水差しが置かれている。部屋は狭く、置いてある家具を除くとあまり余裕が無い。ここは休憩室か何かだろうか。

 体を起こすと肩までかかっていた白いシーツがずり下がる。軽く眩暈がした。

 頭に手を添え落ち着くまで待ち、少し声を張って呼びかけてみる。


「……すみませーん。誰かいますか?」


 特に返事は無い。でも少し遠くからコッコッと石床の上を歩くような、規則正しい音が聞こえてきたため、2度目の声掛けは止めておく。

 休みながら待っているとノックの音が響き、キィと音を鳴らして木製のドアが開く。部屋に入ってきたのは麻の服を着た、茶髪で若めな男性だった。


「声が聞こえたが、起きたのかい?」

「はい。お手数をおかけしたようで。それでここは?」

「ヴァイツの詰所だよ。クマに乗ったんだって?災難だったねぇ」

「……そう、ですね。まだちょっと気持ちの整理ができていませんが」

「そりゃね。初めてクマに乗って来た人は、吐いてここで寝るのが通過儀礼みたいなもん、らしいからねぇ」


 そう言い、へらりと笑っている男性。

 彼の発言から、ここは首都ヴァイツの詰所。私は倒れて運び込まれたのだろう。そしてクマ吉の事が一般的なことのように知られている。そう考えこんでいると、男性が改めて話しかけてくる。


「これからの事を話そうか。僕はここで内勤をしている、アルスだよ」

「私は、エルです。クマ吉のことは有名なんですか?」

「そうだねぇ。何せあの速度で、人を背負ったクマが走って来るワケだからねぇ。しかも何度も。そりゃ警備関係には通達されているよ。――よし、それじゃあエル君。この書類にサインをお願い。この部屋を使ったっていう確認書類だからねぇ」

「……あぁ、いつもあの速度なんですね。書類は――わかりました。はい。」


 クマ吉と村人は日常のようだ。警備は大丈夫なのだろうかと心配になるが、下手に戦闘になるよりもいいのだろう。そう考えながら書類に目を通し、サインをする。


「――確かに。それと君と一緒にいた魔物達は、向こうの部屋で遊んでるよ」

「えっ?」


 そういえば、シルクとリルがいないと気付く。頭がぼんやりとしていて気付いていなかった。遊んでいるというからには問題はないのだろうが、やはり心配だ。


「それじゃ、2匹を迎えたら帰ってもいいですかね」

「それでいいよ。あぁ、あとでヴァイツに入る時の関税を請求されるから支払って。それじゃ、案内するから付いてきてねぇ」

「わかりました」


 ドアに向かうアルスさんに付いていく。手元に荷物が無いのでシルクとリル共々、詰所側が預かっているのだろう。

 廊下に出ると、長めの通路には等間隔に小さな窓が並んでおり、その反対側には私がたった今、通過したようなドアが並んでいる。

 ふと窓から外を見ると、すぐ近くに首都周辺を囲む城壁と関所が見える。空は既に夕日の色を映しはじめており、私が倒れてから結構な時間がたっていることがわかる。今日の宿はどうしようかな、ふと頭によぎる。


 幾つかの曲がり角を経由して、しばらくアルスさんの後ろを歩いていくと、ドアの無い部屋に辿り着く。私の目の前で、カウンターを挟んでアルスさんと受付の男性が話しはじめる。


「よぉアルス。と後ろの嬢ちゃん。起きたのか」

「あぁ、それとこれが仮眠室利用の確認書類。手続きが終わったら荷物を返してあげてねぇ」

「あいよ、りょーかい」


 アルスさんが私に振り向き、話しかけてくる。


「それじゃあ、僕はこれで。あとは受付の彼がやってくれるからよろしく」

「ありがとうございました」


 アルスさんにお礼をいい、私はカウンター越しに話しかける。


「よろしくおねがいします」

「書類は揃ってるからヨシ。手続きあるから、その間に通行料を出してちょーだいな。あ、額はこれでいいよね」


 そう言い、カウンターに置かれている紙に記載された一般の人向けの項目を指さす。


「はい。……これが通行料です」

「あいよ、ちょうどね。じゃ、これが君の荷物。全部あるか確認よろしく」

「全部、揃ってます。ありがとうございます」

「あとは君の魔物、向こうで遊んでるから連れてって。そしたら帰っていいよ」


 受付の人が指さす先には、シルクとリルがふわふわフラフラと、事務仕事をしている人の間を、縫うように飛び回っていた。大声にならないように気を付けながら「シルク!リル!」と呼ぶと、ふわりヒュルリと飛んできた。そして嬉しそうに私の周りを、くるりクルリと飛んでから背中と腰の定位置に移動する。


「その子たち、慣れてんねー」

「ですね。皆さん驚いていないみたいですけど、魔物って街中で普通に見かけるんですか?」

「……んー。多くはいないね。ただクマ吉もいるし、それ見て調教師になったのもいるから、ちょっとづつ増えてるかな」

「珍しいけど見ないわけじゃない、って感じですかね」

「そだねー」

「そうなんですか。ありがとうございます」


 お礼を言い、受付の男性との話を切り上げて外に向かう。廊下の壁に外への順路が書かれており、迷うことはなさそうだ。

 広めの玄関ロビーに辿り着き、外に足を向けると出口のドア付近に貼られた記事が目に入る。真新しい情報かなと見てみるものの、シャイン君がドラゴン退治をした件と同じものだった。

 踵を返そうとしたところで、急に肩を叩かれびくりと反応してしまう。


「お、ゴメンゴメン。ボクの記事を見ててくれたみたいだからさ!」


 驚き振り返ると、かなり近い位置に優男の顔がドンとあった。思わず半歩さがると向こうもその分、近寄って肩を叩いて来る。あまりに近いために、引いたシルクのフードがするりと私の頭から落ちる。


「そ、この記事。ボクなんだよ!ほらこの写真、よく映ってるっショ!」


 ポーズをキメる彼と記事の写真を見比べる。

 少し長めの金髪と透き通るような翠眼。身長は私と同じくらいありそうだが、更に伸びそうな印象も受ける。鍛えられた筋肉質の体に、すらっとした青いコートと金属製のブレストプレート、ガントレット、ブーツを着用、腰に業物の剣を佩いている。


 確かに同一人物。あまりにも雰囲気が違いすぎて、ゲームの彼と同じだと認識できなかったが勇者シャイン君(15歳)だ。目がキラキラして純粋なのは分かるのだが、その印象をかき消す、とても目にうるさいムーヴをしている。

 勢いに少し引きながら頷いていると、ものすごく近くに寄りながら話しかけてくる。私も引くが、シルクとリルも更に引く。


「それでどうしたの?悩んでそうな気配だったけど、困りごとかい?」

「えっと……ここに着いたばかりなんですが、まだ宿をとっていなくて」

「それは大変だ!ちょっと待ってて!」


 シャイン君はクルッと1回転半、軽快なターンをして振り向き指をさす。


「ジルちゃん!この子、今日の宿が無いんだって!ジルちゃんの泊まってる宿、紹介できない?」

「……あー、大丈夫だと思うよ。アンタ、一人?」


 シャイン君が声をかけると、革で出来た鎧を着た戦士が歩いてくる。背中に大きなハンマーを背負い、真紅の髪が鮮やかな凛々しい雰囲気の女性だ。どこかシャイン君に対して、困ったような苦笑いをしている気がする。

 その奥には、魔法使いのローブを着た初老の男性がいる。この人も戦士さん同様に苦笑しているようだ。苦労を感じる。


「はい、一人です。なんかすみません」

「いいよいいよ。コレが前のめりなのは今更だ。アタシの泊まっている宿に連れていくから、一緒に行こうか」

「ありがとうございます」


 宿を紹介してくれるのは正直なところ助かる。どうやら気風の良い女性らしい。

 話が纏まると、ズイっとシャイン君が近づいてきて、こちらを指さして話す。


「いやぁ、よかった、よかった!それじゃあ今日は解散して、祝勝会は明日でどうだい?知り合った記念に、君も一緒だゼ!」

「あ、はい」

「それじゃ、ジルちゃん!その子を頼んだよ!こっちは任せて!」


 そう言い残し、魔法使いらしき初老の人と詰所の奥に去っていくシャイン君。徐々に遠くなっていく彼らの声だが、どうやらシャイン君に初老の魔法使いが人を指ささないよう注意しているようだ。

 そこで、あまりの勢いにまだ自己紹介もしていなかったことに気付く。


「あのー。私、吟遊詩人のエルといいます」

「ん?ああ、そうだったな。アタシは戦士のジルコニアと言う。長いのでジルでいい。よろしく頼む」

「わかりました。それではジルさん。よろしくお願いします」

「ああ、それでは宿に向かおうか」


 お互いに名前を言い合い、詰所から出てジルさんの泊まる宿に向かって歩いていく。道中お互いの身の上話をしながら歩くと、やがて立派な宿屋に着く。

 レンガ造りの雰囲気のある大きい建物。入口周辺にはランタンが掛けられており、見上げると各部屋の出窓が目に入る。


「ここだよ」


 ドアノブを押し下げてガチャリと開く。中に入ると高級感のあるロビー。木製のテーブルにソファが併せられており、絵画が壁に掛けられている。正面にはカウンターがあり、スタッフさんが立っている。とても高級そうなのだが、大丈夫なのだろうか。


「あのー、こことても凄くおたか高級そう、なのですが」

「あー、大丈夫だ。シャインにツケる」

「え゛っ」

「パーティーメンバーのアタシは奴のツケだ。アタシに紹介しろと言ったんだから、ツケにさせるさ」


 あたふたとして記憶が朧気おぼろげだが、この後はお支払いに関して問答を行い、その間にもチェックインを済ませたようだ。

 混乱したまま身支度、食事を済ませて現在に至る、ような気がする。


 ふかふかのベッドの上で気が付いた時には、寝る体制になっていた。


「今日は色々と、やばかったなぁ」


 ため息を吐くと、シルクとリルも同意するように、こくこくコクコクと頷いてくれた。勇者パーティーの前では2匹共、できるだけ動かないでいてくれた。よーしよしとホメてなでる。



 今日は色々あったので、明日に向けてもう休もう。



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