第12話 入団試験


  荒れ果てた大地に立つ一人の女性。彼女は胸の前で手を合わせると、その手を天に掲げた。光が辺りを包み、荒れた地に草木が芽吹く。緑は広がり、瞬く間にそこは豊かな大地に変貌した。


 自然の恵みを得た人々は彼女に感謝し、頭を下げる。それに答えるかのように、彼女は笑みを返した。揺れる稲穂に、風を感じさえする。夢の中だということは分かっていた。音も聞こえなければ、自由に動くことも出来ない。それでも僕は確かに風を感じていた。


「セキ様、おはようございます」


 目を開くと、ベッドの横にターナさんが立っていた。驚いて飛び起きる。


「おはようございます。どうしたんですか、こんなに早くから」


「お洗濯物を回収しに参りました。朝食の準備が出来ておりますので、食堂へいらしてくださいね」


 僕は枕元に置かれた真新しい服に着替えようとする。だが一向に視線を逸らそうとしないターナさんに気付き手を止めた。部屋の外で待つように言う。彼女が部屋を出た事を確認し、僕は服を着替えた。着ていた服を持ち、部屋を出る。


「お待たせしました。お願いします」


「はい、確かに」


 僕は階段を下り食堂へと向かった。


「おはよう」


 寝ぼけ眼を擦りながらミルが起きてきた。僕たちは椅子に掛けると、机の上に並べられた食事を頂く。ターナさんは先に済ませていたようだ。ちょうど食べ終わった頃、洗濯を終えた彼女が部屋に入ってきた。


「セキ様、今王国の兵士が来られて、本日の昼頃に城前広場で入団試験を行ってほしいとのことです。それからこれを渡しておいてほしいと」


 一枚の紙を手渡された。そこには騎士団として行うべき事が書かれてあった。しっかりと目を通す。


「分かりました。ありがとうございます。ミル、これから試験場の準備があるから支度しておいて」


「はいよ」


 けだるそうな返事をしてミルが自室に戻る。僕も一度自室に戻り、支度を済ませて家を出た。扉を開けると、ターナさんが立っていた。


「家の事はお任せください。行ってらっしゃいませ」


「はい、お願いします」


 僕たちは城前広場を目指して歩き出した。


 試験まではまだ時間があり、広場には準備を進める兵士が数名居るだけだった。木剣や弓、鎧や盾が並べられている。端に置かれていた机を二人で持ち、広場の前に運んだ。次第に人が集まり始める。僕は集まった人の名前を確認し、書き記いていった。その中で見知った顔を見つける。


「来てくれたんだね」


「ああ。リクスだ」


「頑張ってね」


 彼は何も返さず、群衆の中に戻っていった。あの時一緒にいた男性の姿もあった。出来る事なら受かってほしいが、こればかりは。


 全員の確認が終わり、僕は彼らの前に立って説明を始める。


「新設されたセキ騎士団の団長、トーキ・セキです。これからいくつかの実技試験を行います。その中で適性の有無を確認して、団員を決めたいと思います。よろしくお願いします」


 僕の言葉を聞き、群衆の中には反感を持つ者も見られた。無理もない。下で働くにはあまりに頼りないと、自分でも思う。だがこれからは多くの命を背負っていかなければならない立場だ。自らを奮い立たせた。


 集まった人々に簡素な鎧と木剣を渡していく。


「まずは模擬戦を行ってもらいます。二人一組で戦い、相手の木剣を弾き落とす。または、鎧の隙間へ、首は一度、それ以外は別の二か所に攻撃を当てた者を勝者とします。勝者はその後、勝者同士で再度模擬戦を行ってください。敗者は敗者同士で。あくまで模擬戦なので過度な攻撃は禁止とさせてもらいます。それでは準備の出来た人達から始めてください」


 各々鎧を身にまとい、模擬戦は始まった。


 名簿を開きながら、戦闘を見守るミルに声をかける。


「どうだろう。気になる人はいる」


「そうだな、あの男、名前は――ウィンスか。あいつは体の使い方が上手い。それからこっちのひと際でかい男。名前はシュウカイか。戦い方は荒いが、何より体に恵まれている」


 ミルの視線の先を見ると、体躯のいい男が相手の木剣を高々と弾き飛ばしていた。武器が無くなり手を上げる相手へ、追い打ちをかけるかのように、体をぶつけて弾き飛ばす。倒れた男は中々立ち上がれずにいた。僕は慌てて補佐をしてくれていた兵士に救護を頼む。


「あらためて言いますが、過度な攻撃はやめてください。この後も試験は続きますので」


 だが男の粗野な振る舞いは改められなかった。次々と参加者の体を痛めつける。我慢できず名指しで注意を行う。


「シュウカイ、それ以上は目に余る。この場で帰ってもらう事になりますよ」


 言葉を聞いた彼は、僕のもとへ歩み寄ってきた。その顔には明らかに敵意の色が見て取れた。


「ほう、俺なんかよりよっぽど弱そうな騎士団長様が随分な物言いだな」


「君は力の強さしか見ることが出来ないのか」


「そりゃそうだろう。弱けりゃ死ぬだけだぞ」


「上の命令に従えない者は強くても死ぬぞ。それに、戦場ではいつ敵兵に囲まれるか分からない。力の強さに固執しすぎるのは危険だ」


「それは弱い奴の言い訳だ」


 言い訳か。確かに僕に強さがあればコール隊長を死なせずに済んだのかもしれない。悔やんでも仕方がないことは分かっているが、僕は言葉を返せずにいた。するとシュウカイの後ろから、一人の男性の声が聞えてきた。


「だったら俺とやるか、でかぶつ」


 群衆をかき分けて、リクスが前に出た。


「また弱そうな奴が出てきたな。弱い奴はみな死にたがりなのか」


「俺が強さの意味を教えてやるよ」


「だめだ。それは許さない」


 僕は二人を止めた。体格の差がありすぎる上に、シュウカイは冷静さを欠いている。今二人を戦わせればリクスが怪我をしてもおかしくない。だが二人に聞き入れる様子は無かった。


「俺達はお互い試験を受けに来た者だ。俺達が戦うことは上の命令だったはずだが」


 シュウカイはそう言うと、リクスに向かって木剣を振るった。彼は腕に付けた鎧でそれを防ぐ。


「セキ、やらせてやろう。危なくなったらおれが止める」


 隣にいたミルが僕を抑える。その眼差しは真剣だった。


 シュウカイの猛攻がリクスを襲う。彼は木剣と鎧を駆使し、シュウカイの攻撃を耐え続けた。だが体勢を崩した隙を狙われ、シュウカイが体ごと彼にぶつかる。弾き飛ばされたリクスはすぐに立ち上がるが、腕を痛めた様だった。片手で木剣を構える。


「威勢の割には守ってばかりだな。そんなんじゃ勝てないぞ」


「俺はまだ生きている。お前にとっての勝ちは、相手を弾き飛ばすことなのか」


「うるせえ。ぶっ殺してやるよ」


 シュウカイの勢いは増していく。防戦一方のリクスは何度も倒れ、その度に立ち上がる。だが相手の剣はすべて防いでいた。条件である鎧の隙間への攻撃を上手に躱しながら。次第にシュウカイに疲れの色が見え始めた。リクスが口を開く。


「今おれたちは敵兵に囲まれているとして。そんなに疲れを見せたら真っ先に狙われて死ぬぞ。隣のあいつも、後ろのあいつも、あんたの首元を狙っている。いいのか、それで」


「黙れ。ここが戦場なら、とっくにお前は死んでいるだろうが」


「まだあんたの木剣はこの首に届いていないぞ」


 リクスは振り下ろされた木剣を弾いて、横に避ける。


「ほら、後ろに気を配らないか。手を伸ばせばその剣はあんたに届くぞ。まさか俺しか見えていないのか」


 驚いたことに、リクスは常に周りの人々と一定の距離を保ちながら戦っていた。まるで後ろに目が付いているかのように、自分以外の人間の位置が分かっているかのように。


 戦闘は続けられ、シュウカイの攻撃を防いだリクスの木剣が手から零れ落ち、戦いは決着した。シュウカイに追撃する体力は残っていなかった。僕はリクスに駆け寄る。彼は戦いが終わると、その場に倒れた。


「リクス、大丈夫か」


「あんな事を言っておいて結局は負けか。ここが戦場なら今俺は死んだんだな」


「そんなことはない。君は常に他の人との距離を取り続けた。ここが戦場ならもっと早くに決着はついていたかもしれない」


「ああ、確かにそうかもしれないな」


 彼を救護の兵士に託し、僕は試験を一時中断することを皆に告げた。シュウカイもその場に座り込んだ。


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