第12話 優子という婚約者
「優子って、どんな人だったんだ?」
守が去った後に、なんてことない顔をした桜が優子について尋ねてきた。
こんな時に聞く内容ではないだろうと思ったのだが、桜の頭には疑問符が並んでいた。
考えてみれば桜は十六歳ぐらいなので、男女の関係というものを深く理解していないのかもしれない。
俺が十六歳のときなど、女子が側にいるだけでドギマギしていた。浮気ということが、どれだけ相手を傷つけるだなんて考えてもみなかった。
無垢というのは、時には残酷になるのだなと俺は考えてしまった。今後の桜の為にも、俺は質問には出来るだけ答えようと思った。
桜の美貌は、あと数年も経てば女からの羨望を集めるであろう。その時に、悪い女に引っかかって欲しくはないという気持ちが強かったのだ。
「どんな人って……綺麗な人だよ。でも、今は関係ない」
桜には負けるが、優子も美しい容姿をしていた。移り気なところもあったが、そんな彼女がミステリアスに俺は思えていたのだ。浮気されていたとは、まさか思わなかったが。
「一二三、大変な事が起こったぞ!」
俺の家の前で見張りをしていたはずの男が、いきなり飛び込んできた。
その事に、桜はびっくりして飛び上がった。俺は慣れているが、声がけもなしの人の部屋に入ってきたら誰だって驚くであろう。
俺の部屋の前で見張りをしていたのは、早紀という名前の男だ。俺と同い年のはずなのだが、子供のころから落ち着きのない男なのだ。
正直言って、見はりという役割に向いていない人間である。そんな早紀に見張りを任せる程度は、守に信頼されているということだろう。
俺が嘘をついていると本気で疑われていたら、もっと適任の人間が選ばれるはずだ。それぐらいには、早紀に見張りに似合わない。
そんな早紀は、俺の家のドアを乱暴に開けた。
そのせいで、ドアに使っている木が軋んだような気がする。壊れたらどうしよう、と俺はハラハラしていた。
集落を囲む一流の大木を使った壁は丈夫だが、家に使われている木は三流品で脆いのだ。
個人の不都合よりも多数の安全。それが、中央集落のルールである。家の脆さには、文句は言えない。
「嵐士だけが帰ってきたんだ。新は行方不明だ!!」
その報告に、俺は目を丸くした。
今すぐにでも嵐士のところに行きたい気持ちがあったが、俺は軟禁されている状態だ。外に行くわけにはいかない。
「新が行方不明って、どういうことだよ」
俺は、早紀に尋ねた。
見張りをしていた早紀が知っているという事は、この話は集落中に広まっていることだろう。
早紀は、一度深呼吸をしてから説明を始める。
落ち着きがない早紀のことだから、噂の精査などしないで喋っている可能性もあった。だから、俺自身が落ち着いて矛盾がないかどうかを考えながら話を聞かなければならない。
少し落ち着きを取り戻した早紀が言うに、車がない状態で嵐士だけが集落に帰って来たらしい。
車のない状態というのはかなり異例の事であった。なにせ車は貴重だ。俺たちの集落にある車は残り二台だけで、それだって修理を繰り返して何とか走らせている状態だ。
「そうか……。車を失ったのか」
車については、残念に思う。
だが、車よりも人命が優先である。普通ならば、嵐士の帰還を喜ぶべきだろう。
だが、俺は素直に喜べなかった。嵐士が新と共に、俺を殺そうとしたからだ。
嵐士の証言によれば、中央集落に来る前に車が故障したという
立ち往生した嵐士たちの前に、北の集落からやってきた人間たちが現れたそうだ。彼らは車を直せるかもしれないと言った。
しかし、それは罠だった。
北の集落の人間は、二人を拉致しようとしたという。嵐士は命からがら逃げることが出来たが、新は連れて行かれてしまったらしい。
なんだか、予想外のことが起きている。
女がさらわれるのならば、まだ話が分かる。だが、新は男だ。桜のように絶世の美少年というわけでもない。さらわれる理由が分からない。
「北が……。あの実験をまだやっているとしたら…」
桜が、小さく呟く。
唾を飲み込んだ桜は、俺たちが知らないことを知っているようだった。そういえば、桜は北の集落の出身であった。何か知っていてもおかしくはない。
「桜。お前は、何かを知って……」
俺が言う前に、桜は巨大な斧を持って飛び出そうとする。
それに早紀は驚いていたが、俺は咄嗟に桜の斧を取り上げた。桜は俺の行動に驚いていたが、すぐに我に返る。
桜が何を知っているかは、分からない。
けれども、全く情報のない俺たちよりはマシなはずだ。桜から話を聞き出さなければ、俺たちは何も分からないままだ。
「あいつらがやったんだ!私で思い知ったと思っていたのに……」
桜は、真剣な目をしていた。
そして、俺に奪われた斧を見ていた。
この世界において、武器は生命戦だ。それを俺と桜は知っている。知っているからこそ、まさか取られるとは思わなかったのだろう。
「まずは、落ち着いてくれ。それで、北の集落に何があるのかを教えてくれ」
桜の斧を思いかげずに人質に取ってしまった形になってしまった。
けれども、こうでもしなければ桜は話してくれないだろう。
桜は、集団の力を信じていない。
一人で何でも出来ると思っている。一人で全てのことをしなければと考えている。そうではないと教えたかった。
人は生き残るためには、仲間が必要なのだ。だからこそ、一人で全てを抱きかかえないで欲しい。
「……北は」
桜は、顔を上げた。
不安げに俺を見て、俺に判断を委ねていた。俺は、小さく頷いた。
「桜、話してくれ。新とは色々な事があったけど、なにも話を聞かないままで放って置くことはできない」
桜は、覚悟を決めたらしい。拳を固く握りしめて、北の集落で何があったかを話しはじめた。
「北は、中央集落とは比べ物にならないほどに栄えている」
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