第9話 愛しの我が家



「ここが、我が家だ。狭くて散らかっているけど、好きに過ごしてくれ。布団とか生活に必要なものは、仲間が届けてくれるっていうから」


 俺は、桜を自宅に招いた。


 桜は行き場所がないようだし、俺も命の恩人をもてなしたいという気持ちもあった。


 俺が住んでいるのは、平屋と呼ばれるタイプの家である。木製の家は壁越しに隣の家と繋がっていて、長屋と呼ばれる江戸時代の建物とよく似ているのだ。


 三人が布団を敷いて寝られるぐらい狭さだが、独身の俺には十分なものだった。優子と結婚したら少しでも広い家に引っ越さないといけないな、と考えていた事が今は懐かしい。


 俺の懸念は、桜と一緒に過ごすのならば狭いかもしれないということだった。しかし、桜は一言も狭いとはいわなかった。それどころか、きょろきょろと周囲を見渡して落ち着きがない。


 広い小屋に入れられて、身の置き場がない小動物のようだ。その姿が、可愛いと思ってしまう。


 桜の扱いについては、守と共に熟考を重ねることになった。


 事件の関係者かもしれない人間など集落に招き入れる経験はなかった。しかも、桜は自分がやってきた北の集落に帰りたがる様子もない。北の集落によっぽど嫌な記憶があるに違いない。


 桜は綺麗な顔をしていたから、男女のもつれであろうか。だとしたら俺と同類だが、それを追求する勇気はなかった。恋人に裏切られた辛さは、現在進行中で感じているからだ。


 桜も行動を監視されることを説明した上で、俺の自宅に招待した。身の置き場がなかった桜は、二つ返事で了承してくれた。


「部屋を狭くして、悪いな」


 桜は、少し申し訳なさそうだった。


 都市では生き生きとしていた桜だが、集落に帰ってきた途端に元気がなくなっている。しおれた花のようだ。


「桜は、人の集団が苦手なのか?」


 俺が尋ねてみれば、桜は言葉につまった。


 あまり聞いてはいけない事だったのだろうか。だとしたら、俺の質問は不味かったかもしれない。


「答えたくなくていいから」


 俺の言葉に、桜は必死に首を振る。


 気にするな、と言いたいのであろう。


「囲まれるのは……少し嫌いというか……。恐いというか」


 あれだけゾンビを屠っていたのに、生きている人間が怖いとは面白いものだ。


 いや、俺を殺そうとしたのは、新という人間だった。人はゾンビよりも怖いというが、それを俺は身を持って知ったばかりだ。


「一二三は、気にしないのか?だって、知り合いに殺されかけたんだぞ。ここの人間だって、一二三のことを殺すかもしれないんだぞ!」


 桜の言葉に、俺は目を丸くした。


 新には確かに殺されかけたが、あれは特殊な事情があったのだ。その他の住民が俺に殺意を持っているとは、考えてもみなかった。


 それに、中央集落にいる面々は子供の頃からの知り合いだ。誰も彼も新の仲間かもしれないと考えて、誰かを警戒をする気持にはなれなかった。


 無論、優子は別だ。


 婚約者だった優子は、俺に殺意があるかもしれない。けれども、彼女はか弱い女だ。


 よっぽどの事がなければ、俺が害されるということはないだろう。


「ここにいるのは、全員が仲間だ。運命を共にする家族だよ。新たちみたいな事は、本来ならば起こらないんだよ」


 俺は説明したが、桜はむっとする。


 俺の意見が、気に入らないようだ。桜には、何らかのトラウマでもあるのだろうか。


 それともーー


「もしかして……お前は俺が心配で、一緒に部屋になる事を了承したのか?」


 俺の質問に、桜はきょとんとしていた。目をぱちくりさせながら、俺を見ている。


「それもある。行く場所がないのもあるけど……」


 桜の言葉に、俺は笑いを必死に噛み殺した。


 知り合って短い期間だと言うのに、俺の身を案じてボディガードきどりなんて。これが、笑わずにいられるだろうか。


「桜。お前は可愛いな」


 俺のことを不器用に守ろうする姿は『可愛い』としか言いようがない。桜は、俺を睨む。


「笑うな。一二三は、お人よしが過ぎるんだ!!」


 桜は頬を膨らませて怒っているが、俺から言わせれば桜の方がよっぽどお人よしだ。俺なんて、放って置いても良いだろうに。


「一二三さん、少しよろしいですか?」


 ドアの外から、守の声が聞こえてきた。何かあったのだろうかと思いながら、俺は返事をする。


「大丈夫だ」



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