第7話 集落への帰還
中央集落は、木の壁に囲まれている。
太くて背の高い木ばかりで作られた木製の檻は、今までゾンビの来襲を何度も退けている。その証拠に、木製の壁にはゾンビが引っ掻いた爪の跡がいたる所に残っていた。
この場所にゾンビは来たが、壁を引っ掻くしか出来なかったという証だ。つまり、この木製の壁は集落を無事に守ってくれたのである。
人々は、ゾンビの襲来から木製の壁で身を守っている。他の集落もおおむね似たようなもので、そこでは百人前後の住民が住んでいるのだ。
こうでもしなければ、人は生き残ってはいけない。
医療が壊滅状態になった現代において、人間が長生きすることは難しくなった。中央集落の最高年齢は六十歳であり、ゾンビが跋扈する前の世界に比べて死亡する平均年齢は下がってしまっていた。
俺だっていつ死ぬのか分からない。
若者たちは、そんな恐怖と戦いながら仲間のために物資を探す生活をしていた。自分たちが生産するものだけでは、生き抜くには足りないからだ。
「一二三だ。一二三が戻って来たぞ!!」
見張り台にいた男が、俺の帰還に気がついてくれる。その声を聞いた者たちが、力を合わせて重い扉を開けてくれた。
門も木製であったが、立派な木を何本も使っている。そのため、扉の部分だけ壁が脆いということにはならない。むしろ、気を使って作られているが故に、一番頑丈な箇所であるかもしれない。
切手にまたがったままで扉を潜れば、誰よりも早く三人の幼い女の子が俺たちの周囲に群がった。
「一二三、新はどうしたの!」
「なにかめぼしいものはあったの!」
「その人は誰なの!」
矢継ぎ早に飛んでくる質問と三人娘の容姿は、桜を困惑させてしまったようだ。
桜は、俺と三人を見比べた。なにせ、三人娘は判子を押したように似ている。
俺は切手から降りて、三人娘の相手をすることにした。
集まってきた他の大人の仲間たちに状況を事細かく報告をしたくもあったが、三人娘の質問に答えなければ彼女たちの気が済まないであろう。
この三人娘は、咲、瑞樹、華という名前だ。
三人は年子であるせいか顔が似ており、三つ子と言われても信じられるぐらいである。昔はよく遊んでやったものだ。
その延長線で、今でも三姉妹は俺にとても懐いている。十歳と九歳、八歳なのに、彼女たち全員からプロポーズされたほどだ。
優子には裏切られたのに幼女にはモテモテだなと考えて、俺は少し落ち込んだ。考えないようにしているのに、ふとした瞬間に優子と新のことを思い出してしまう。とても悲しい。
「落ち着けって。まずは、こっちは桜。俺の命の恩人だ」
桜は三人のそっくりな顔に驚いているようだったが、無言でぺこりと頭を下げた。
いつもは年齢に見合わない堂々とした立ち振舞なのに、今は借りてきた猫のようだ。緊張しているようなので、人見知りなのかもしれない。
三人娘に続いて現れた集落の大人たちは、桜の美しすぎる顔に度肝を抜かれている。いや、彼が背負っている巨大な斧に驚いているのかもしれない。あるいは、両方か。
百人程度の集落で暮らしているから、外部の人間は珍しいのだ。それが、比類ないほどに美しい人ならば尚更に。
「それより、新たちには何かがあったのか?」
馴染みの顔が見えない事に、仲間たちは不安になっていた。その様子に、俺は新がまだ帰ってきていないことを悟る。
三人のかしまし娘の言葉には、新の居場所に関するものがあった。新は俺よりも先に都市を出たし、車での移動だから俺たちよりも早く集落についているはずだと思っていたのに。
「新が帰っていないのよ」
その声に、俺はぎくりとした。
顔を上げれば、そこには優子がいる。心配そうな表情をしているせいもあって、今にも消えそうなほど儚い雰囲気だ。
物資調達に行く前は、優子こそが美しい人だと思っていた。しかし、裏切りを知った後となっては美貌に陰りがあるような気がする。桜という本当に美しい人を知ってしまったというのもあるかもしれない。
俺と顔を会わせたことが、優子としては気まずいのだろうか。
優子は、泣くほど俺との婚約が嫌だと聞いていた。新の言ったことだから信憑性は薄いが、似たようなことを優子は言っていたのかもしれない。
それを思うと心がざわついた。そこまで婚約者の俺を嫌っていたのかと考えてしまうのだ。
「新と嵐士が、俺を殺そうとしたんだ。都市で俺を置き去りにしてな」
俺の言葉を聞こうとして集まってきた人間は、そろって顔を真っ青にした。それぐらいに、都市に一人で置いていかれるのは危険な行為なのだ。
桜がいなければ、ゾンビに噛まれて彼らの仲間入りをしていた。確実に死んでいたのである。
新たちの殺人未遂の罪は、仲間に伝えた。帰ってきていない新たちが、どのような罪で裁かれるかは分からない。
だが、軽いものではないだろう。
涙目になった三人娘が、俺に抱き着いてきた。単身で都市に置いておかれた俺の生還が信じられなくて、感極まったようだ。それほどまでに、都市に置いていかれるとうことは危険なのだ。
「一人でビルに逃げ込んで、そこを桜に助けられたんだ」
沢山の人に囲まれた桜は、馬から降りて頭を下げた。俺と気軽に話していた時とは違って、なにやらしおらしい雰囲気だ。切手を意気揚々と走らせていたというのに、同一人物だとは思えない。
もしかしたら、桜は人の集団が苦手なのかもしれない。俺とは普通に喋っていたので、単純な人間嫌いというわけでもなさそうである。
いつも一人で行動しているらしいから、人との接し方が分からなくなってしまっているのだろうか。
うるさい三姉妹もいるし、桜の態度はいたしかたないものなのだろう。
「新と嵐士が、一二三を殺そうとするなんて信じられないわ」
そのような事を言いつつ、優子の顔色は一気に青くなっていた。それだけで、優子が新たちの共犯者であったのだと俺は確信を持った。
優子が俺を殺害する計画に、何処までたずさわっていたのかは分からない。しかし、俺に殺意は持っていたのは間違いない。
なんであれ、新が言っていたことについては優子にも話を聞かなければならないだろう。優子が、俺よりも新を選んだなら……俺は。
「新と嵐士の件は、後で巫女様に判断を仰ごうと思う」
俺の言葉に、周囲の大人たちは納得してくれた。俺の判断は妥当だと考えてもらえたのである。
巫女様というのは、中央都市のリーダー的な存在だ。ゾンビは蔓延る前の世では、巫女と言うのは宗教的な役割を持つ存在だったらしい。
だが、今の時代の巫女は占いも御払いもしない。もっと現実的な判断を下す存在だ。故に、この中央集落では絶対的な支持を得ている。
「ちょっと待って。新たちの話しも聞くべきよ。だって、一二三の言葉が真実とも限らないし」
優子は暗に俺が嘘をついているのではないか、と言い出した。表向きは俺の婚約者である優子の言葉に、一瞬だけ周囲がざわついた。
「新たちが帰ってこないのよ。考えたくもないけど……一二三が二人を殺したという可能性も」
その言葉に、俺は唖然とする。
それと同時に、優子に今までにない怒りを覚えた。
本来ならば、優子は俺をかばう立場だというのに。俺は、こんなにも優子に嫌われていたのか。
優子の余計な一言によって、集落の人々は俺を疑い始めた。様々な想いを込められた視線にさらされて辛い思いをしている俺を守ってくれたのは、三姉妹だけだった。
「一二三兄さんは、そんなことはしません!」
そんな事を叫んで、小さい体で俺を守るため両手を広げている。その姿に、俺は目頭が熱くなった。
幼い三姉妹が味方になってくれなかったら、人間不信になっていたことだろう。
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