ぐうたら魔導士見習いは楽して強くなりたい

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミック化

本文

「ちょっとケイン、起きなさいってば!」


 オレを夢の世界から引き戻したのは、燃えるような赤毛の美少女だ。キラキラ輝く緑の瞳が三角につり上がっている。


「やあ、リリアン。ご機嫌斜めだね?」

「やあ、じゃないわよ! 堂々と授業を放り出して昼寝してるって、どういうこと?」


 魔導学園成績筆頭の優等生リリアンはどういうわけかオレのお目付け役を仰せつかっている。オレの幼なじみで同級生ってのが理由なんだろうな。


「今日の授業は魔術理論だろ? オレの肌に合わないのでパス」

「なに勝手なこと言ってんの! ちゃんと勉強しないと落第するわよ?」


 オレたちは互いに十歳。リリアンはしっかりしすぎだと思う。


「とにかく昼寝は中止よ。もう授業には戻れないから、図書館に行って自習しましょう」

「ええ? せっかく授業から逃げ出したのに図書館で自習? そんな無茶な!」

「なにが無茶なのよ! さっさと起き上がらないと水浸しよ」


 風紀委員でもあるリリアンは学内での魔術行使を認められている。一般学生であるオレは禁止されているのに。

 不公平だ! 恐怖政治だ! オレは断固抗議するぞ……心の中で。


「わかったよ。行けばいいんだろ」


 オレはしぶしぶ立ち上がってリリアンについていった。


 図書館に入ったオレたちは自習室へ向かう。授業中だからがらんとしている。


「あー、教科書持ってないわ」

「どういうこと? 学園になにしに来てるの?」

「主に昼寝……って嘘、嘘! きょうはちょっと度忘れしただけ!」


 リリアンが眉を吊り上げてワンドを取り出そうとしたので、オレはあわてて言い直した。


「ちょっと教科書を借りてくる」


 オレはそういうと、リリアンがなにかいう前にその場を離れた。


(やったぜ! 逃亡成功だ。だが、このままではすぐ見つかっちまう)


 オレは隠れ場所を探して、図書館の暗い方、暗い方へと進んで行った。


(おや? こんなところにドアが?)


 薄暗い書架の角を回ったところに見覚えのないドアがあった。

 ガチャリと手の中でノブを回し、オレはドアを引き開けた。


 部屋に足を踏み込むと、かび臭い室内の空気がじっとりと肌にまとわりついてきた。


(ううん。ここで寝るのは健康に良くない気がするが、仕方がないか?)


 部屋は倉庫のようなものらしく、床に本が山積みされていた。窓際にわずかばかりのスペースがあり、小机といすが置かれていた。


(あそこがきょうのベッドだな)


 本の山の間を縫って小机に近づき、いすを引くと、いすの背が本の山に当たった。


「おっと!」


 あわてて本を支えたが、一冊の本が床に落ちる。


「危ない、危ない」


 オレは床から落とした本を拾った。ふと、手にした本のタイトルが目に入った。


『アバター化によるスキル自動運転の利点について』


 (なんだ、この本? スキルの自動運転てどういうことだろう?)


 なんとなく楽をする技術のようなにおいがする。オレはその本を手に持ったままいすに座り込み、じっくりと読み始めた。


 ◇


「ケインー! ケインったら!」


 うおっ! リリアンの声がする。

 気がつけば窓の外は暗くなり始めていた。


「おおっと、もうこんな時間か」


 オレは読んでいた本を元の場所に戻し、部屋の外に出た。


「リリアン! ごめん」

「もう、ケイン! どこに行ってたのよ!」


 オレは三時間もあの部屋にいたらしい。そりゃリリアンがおこるわけだ。

 結局寮に戻るまでオレは謝りつづけ、リリアンの機嫌を取った。


 やれやれだ。まじめに読書なんかするもんじゃないね。

 

 とにかく変わった本だった。スキルをアバター化するなんて、ふつうの頭じゃ思いつかないよね。

 それにしては書いてあることはまともだった。本にはアバター化の方法だけではなく、この方法の欠点も書かれていた。


『スキルをアバター化すると、その間本人は弱体化する』


 本来自分の一部であるスキルを独立させるわけだもんな。本人自体はスキルを抜き取られたような状態になっちまう。


 あれ? 別に構わないんじゃね? どうせオレってば、いつもぼうっとしているだけだし。


(よし! あの本を読みこんでスキルアバター化を身につけるぞ!)


 オレはたっぷり楽をするために、ちょっぴり努力をしてみることに決めた。


 ◇


 次の日もオレは図書館に入り込んだ。図書館なんてまともな場所へ行くのにどうして人目を避けなければいけないのかな?


 図書館に入ったオレはさっそく例の小部屋に向かった。そうしてオレは昨日の続きから例の本を読み始めた。


(……ふうむ)


 読み終わった本を閉じて、オレは吐息をついた。


 スキルのアバター化は超絶難度の魔導技術らしい。数千人に一人しか到達できない領域なのだとある。

 呪文詠唱が難しいということではない。

 

 難しいのは精神集中の部分だった。


 自意識を極限まで希薄にしなければ、本来自意識の一部であるスキルを分離することができない。

 

 これが難しい。


 人は訓練によって精神集中ができるようになる。

 しかし、「なにも考えない」ことは努力してもできないのだ。


(そんなの……めっちゃ簡単やん?)


 そうなのだ。オレは生まれつき「なにも考えない」ことができる。だから、一日中ぼうっとしていられる。


 オレは目をつむった。


 世界が平たくなった。目から入る情報がなくなれば途端に世界は存在感を失う。

 世界が音を失っていく瞬間、オレはわずかに残った意識の底で脳に刻まれた呪文を詠唱した。


 ふわり。ふわり……。


 闇の中に四色の玉が浮き上がった。赤、青、黒、黄。


(これがオレのスキルか……)


 赤い玉は「火属性スキル」。青い玉は「水属性スキル」。黒は「土属性」、黄は「風属性」だった。オレはめったにいない生まれつきの全属性持ちだ。


 目を開けると四色の玉が目の前に浮かんでいた。あとは簡単だ。スキルそれぞれにアバターとしての姿と名前を与えてやればいい。


 火属性スキルは「赤い鳥」のラッシュ。

 水属性スキルは「青い蛙」のフロー。

 土属性スキルは「黒い亀」のマドル。

 風属性スキルは「黄色い蝶」のゴドフリー。


 四つのアバターは手のひらに乗るほどの大きさで、オレ以外には見えないらしい。実体化といっても、あくまでも仮の姿に過ぎない。


「よし! お前たち、修行だ!」


 オレはアバターたちに指示を出した。


 そう。オレは仕事をさせるのではなく、アバターに修行をさせて育てようと考えた。

 自分でスキルを育てることができないのなら、スキル自身に修行させればいいじゃないか。


 アバターたちはうれしそうに跳びはね、壁をすり抜けて四方に散っていった。


「ふわぁ。頭がぼうっとするね」


 スキルが抜けだしたせいか、世界が遠くぼやけたような気がする。


(まあ、いいか? 昼寝がしやすそうだし)


 オレは図書館を出て、木漏れ日が当たる芝生に寝転がった。


(ラッシュ、フロー、マドル、ゴドフリー! 夕方になったら起こしてくれ!)


 オレは誰にも見つかることなく、毎日昼寝を楽しんだ。


 ◇


「リリアンて学年一番の優等生なのに、どうしてケインなんかに構ってるの?」

「う、うん。ケインとは幼なじみだから……いろいろあるのよ」


 アバターに修行をさせて自分は昼寝をむさぼるケインを、リリアンは学園中探し回った。


「本当のケインは勇敢なのに……」


 六歳のころケインは毎日森に入り、魔力制御の練習に励んでいた。

 しかし、集まり始めた魔力が、あるところまで行くと穴の開いた風船のようにしぼんでしまう。

 

 ケインの悩みを聞いた両親は高名な魔術教師のところにケインを連れていった。


「この子は集中することができない体質ですね」


 本人にやる気があっても一つのことに長時間集中しつづけることができない。そういう体質なのだという。


「病気ではないし、頭が悪いわけでもない。ただ、衝動的でじっとしていられないのです」


 自分が魔導士に向いていないということをケインは知らなかった。両親を喜ばせるために、唯一のとりえである全属性持ちの魔力を使いこなして見せようと努力を続けた。


 その日もケインは森にいた。魔力制御の訓練をすると、途中で頭の中が真っ白になる。その状態で30分ほど立ちつづけていた時、突然森の奥から叫び声が聞こえた。


 誰かが助けを呼んでいる。


 そう思った瞬間、ケインは声がする方向へと走り出していた。茂みをくぐりぬけると、ぽっかり開けた広場のような場所に出た。ケインが目にしたのは、少女が悲鳴を上げながら走ってくるところだった。


「た、助けて……」


 少女の上着は背中から裂かれて、体の両側に垂れ下がっていた。少女の背中には斜めに大きな傷が走っていた。


 少女に怪我を負わせたのは、体長一メートルほどの山猫だった。

 山猫は逃げる少女の後ろで身を縮め、今にも飛び掛かろうとしていた。


「う、うわあーっ!」


 ケインはとっさに走り出した。

 ただ、どうにかしなければいけないという衝動に突き動かされて、山猫めがけて突進した。


 ケインとすれ違った少女は、足をもつれさせて地面に倒れた。ケインにそれを見届ける余裕はない。

 あっという間に目の前まで迫った山猫が、唸り声を上げながら大口を開けて飛びついてきた。


「がはっ!」


 よける間もなく山猫が横腹にかみついた。腰を爪でかきむしりながら、激しく頭を左右に振って傷口を広げてくる。


 強烈な痛みがかまれた場所から広がった。ケインは歯を食いしばり、左手で山猫の首をつかみ、右手の拳を思い切り打ちつけた。


「ぐっ! 燃えろーっ!」

 

 とっさに火属性の魔力を呼んでいた。直前まで魔力制御の訓練をしていたからだろう。一度も呼び出せたことのない魔力が拳に集まった。


 ジュウッ!


 毛皮が焼ける匂いがして、目の前が炎に包まれた。


「ぎゃんっ!」


 火に包まれた山猫はおどろいてとびのいた。ケインが拳を振り上げて威嚇すると、パッと身を翻して逃げていった。


「あの、大丈夫?」


 ケインはわき腹を押さえながら少女を助け起こした。

 二人はまわりをうかがいながら、手をつないで森を後にした。


「ぼく、ケイン」

「あたしはリリアン。助けてくれてありがとう」


 二人は村に帰り、大人たちに手当を受けた。幸いリリアンの傷はきれいな切り傷で、ほとんど傷あとを残さず治っていった。

 しかし、ケインのわき腹にはみにくく引きつった傷あとが残った。


 ケインは心にも傷を負った。

 魔力制御の訓練をしようとするとあの日の記憶がよみがえり、体が震え、冷や汗が流れる。


 まわりの同年代が魔術を身につける中、ケインは訓練さえもできないまま年を重ねていった。


 ◇

 

「けっ! 臆病者がよ!」


 血気盛んな同世代の少年たちはオレを蔑み、臆病者と呼んだ。


「違う! ケインは臆病じゃない!」


 リリアンだけがオレの味方だった。自分を犠牲にして山猫に立ち向かったヒーローだといってくれた。


「わたしを助けたせいでケインは魔術の訓練ができなくなった。だから、ケインの分までわたしが魔術を身につけて、今度はわたしがケインを守る!」


 そういってリリアンは懸命に魔術を勉強した。その甲斐あってリリアンの魔術はめきめき上達した。


「ケイン、一緒に魔導学園に行きましょ!」


 七歳になったある日、リリアンはオレの両手を掴んで宣言した。


「ええー? オレは無理だよ」

「そんなことない! 勉強すればきっとできるようになるよ!」


 意外なことに両親は学園行きに賛成だった。全属性持ちというオレの資質は簡単にあきらめてしまうにはもったいなかったのだ。

 

「焦ることはない。三年の間にいろんなことを経験するといい。それでも魔術が身につかないなら、先のことはその時考えたらいいさ」


 父親のことばに背中を押されてオレは魔導学園に入学した。オレ自身も自分の中の恐怖が去ってくれることをひそかに期待していたのだ。


 だが、三年たってもトラウマは消えなかった。


「卒業まであと半年か。けっきょく魔導士にはなれなかったな」

『アキラメルナ! マダワカランヨ!』


 オレが愚痴をこぼすとスキルアバターたちが俺を励ましてくれた。


「ありがとうよ。だけど、これだけやっても魔術は使えないし」


 そうなのだ。アバターに訓練をさせてきたが、まったく魔術が身につかない。アバターたちが賢くなり、口を利けるようになったのが唯一の進歩だった。


『タイヘンダー! リリアンガアブナイー!』


 壁をすり抜けて黄色い蝶が飛び込んできた。アバターの中でこのゴドフリーが一番素早い。さすが風属性のアバターだ。


「落ちつけ! リリアンがどうした?」

「ヒトリデダンジョンニー!」


 学園の敷地内にはダンジョンがある。というか、ダンジョンの周りに魔導学園が作られたのだ。

 ダンジョンの浅い階を使って、学園は生徒たちの訓練を行っている。もちろん、教師が付き添って安全を確保した上でだ。


「リリアンのやつ、ルールを破ってまでどうして一人で……」

『サンソウノフロアマスターヲタオスッテー……』


 生徒の訓練を行うのは第二層までだ。第三層は魔物のレベルが上がり、生徒には危険すぎた。


「リリアンなら三層でも戦えるはずだが、フロアマスターはヤバいかもしれない」


 第三層のフロアマスターは人型の魔物だといわれていた。姿かたちが人間に近づくほど、魔物は賢くなる。つまり、手ごわい。


 危険を冒してまでリリアンが第三層に挑む理由は、きっとアレだ。


「エリクサー」


 すべての傷をいやす万能回復薬エリクサー。第三層のフロアマスターを倒せば、それを手に入れることができる。


『エリクサーさえあればケインのその傷だって治せる。そうすれば心もきっと元通りになるはずよ!』


 体の傷がなくなれば心の傷も消えるのではないか? リリアンはそう考えていた。そう信じたかったのだろう。


『スグニイカナイトー! マニアワナイヨー!』


 誰かを呼んでいる暇はない。オレは夢中で走り出した。


 ◇

 

 物陰から物陰に移動しながら、オレは第二層までは魔物を避けて進むことができた。スキルアバターたちがまわりの様子を知らせてくれたお陰だ。


 しかし、第三層へ下りる階段の前に一頭のオークがすわり込んでいた。あいつを倒さない限りこの先に進めない。

 オレは右手を握りしめて、拳を見つめた。


(あの日のように魔術を呼び出せれば……)


 わき腹の古傷がずきんと痛んだ。思い出したように両足が震え出す。


(ちくしょう! ちくしょう!)


 オレは臆病な自分を殴りつけたかった。傷あとをちぎり捨ててやりたい!


『ワシヲツカウダス!』


 土属性のマドルが俺の顔の前で叫んだ。「土」は力。腕力が頼みのオークを打ち負かすにふさわしい属性だ。


(そうか! マドル、オレに力を貸してくれ!)


 アバターは元々オレのスキルだ。アバター単独で魔術を使えないのは当たり前だった。

 魔術を使うのは他の誰でもない、このオレだ!

 マドルがオレの右手の中に吸い込まれると、オレの腕は岩をまとって膨れ上がった。


「行くぞ! うおおおーっ!」


 すべてを忘れてオレは叫び、突進した。驚いて振り向くオークのどてっぱらを、右手で思い切り殴りつける。


「吹きとばせ、マドル!」


 オークの腹にめり込んだ拳の先で、土の魔力が爆発した。


(エクスプロージョン!)


 爆発は背中まで貫通する大穴をオークの腹にぶち抜いた。


「やったぞ! これがオレの魔術なんだ」

『ソウダス。サア、ハヤクリリアンヲタスケルダス』


 右腕から抜け出したマドルが、第三層への階段にオレを誘った。


 ◇


「さあ、これで終わりよ。ファイアストーム!」


 勝利を確信してリリアンは火魔術を飛ばした。長い戦いで傷だらけになっていたが、ダメージは敵の方が大きい。この術でとどめをさせるはずだった。

 第三層のフロアマスターはリッチ。骸骨の姿をした死霊系の魔物だ。


「無駄だ。スキル吸収!」


 このリッチはユニークスキルを持っていた。それが「スキル吸収」だった。他人のスキルを自分のものとして吸収する能力だ。


 火属性の魔術スキルを奪われて、リリアンのファイアストームは空中に散った。


「そんな……。くっ」


 決め手の魔術を奪われたリリアンはがっくりと膝をついた。もはや立ち上がる気力もない。


「最後はお前自身のスキルで殺してやろう。ファイアストー……」

「やめろーっ!」


 オレは飛び込みざまにリッチを殴りつけた。火属性のアバター、ラッシュを宿らせた右腕がリッチのどてっぱらに業火を爆発させる。


「ごはっ! なんだ、お前は?」

「ケイン! どうして?」


 部屋の奥まで吹っ飛んだリッチを警戒したまま、オレはリリアンの様子をちらりと見た。


(――勝負を急いだほうがいいな)


 早く治療しないとリリアンの命が危ない。


「スキル吸収!」


 部屋の奥でリッチが叫んだ。オレの右腕から抜け出たラッシュがリッチの体に吸い込まれる。


「ふふふ。スキルがなければ戦えまい」


 ゆっくりと立ち上がりながらリッチが言い放った。くそっ、その通りだ。あと一撃、魔術スキルが使えればきっとあいつを倒せたのに。

 だが、オレにはまだスキルが残っている。


「そのふわふわ飛んでいるやつらもお前のスキルか? スキル吸収! スキル吸収! スキル吸収!」

『ウワー!』


 水属性のフローが、風属性のゴドフリーが、土属性のマドルが、次々とリッチに吸い込まれていった。


「くそっ! お前、スキルが見えるのか?」

「ははは。もちろんだ。もうお前のスキルは品切れだな」


 もうだめだ。スキルを持たないオレの拳ではリッチを倒せない。絶望しかけた俺の頭に、小さな声が響いた。


『アキラメルナ!』

『ソウデスゾ!』

『ワシラヲツカウダス!』

『ケイン、シンジテ―!』


 アバターたちがオレを呼んでいた。あいつらがあきらめていないのに、オレがあきらめるわけにはいかない!


「そいつらはオレのスキルだ! お前の好きにはさせないぞ!」


 オレは腹の傷あとのことも、足の震えも忘れていた。体中がかっと熱くなった。


「オレのスキルを返せーっ!」


 オレは叫びながらリッチに殴りかかった。


「うぬっ、ファイアストーム!」

『ジャマシマスゾ?』


 リッチの火魔術をフローが阻止した。あいつは吸い込まれてもリッチのものにはなっていない!

 だったら――。


「ラッシュ、フロー、マドル、ゴドフリー! 極大爆裂拳だ!」


 オレはリッチの体内にいるアバターたちに呼びかけた。使うのは四つの魔力を複合した爆発魔術だ。


 リッチの胸にさく裂した拳は、体内に大爆発を引き起こした。リッチの体は粉々に消し飛んだ。


「やったぞ!」


 黄金色の光とともに、部屋の中央に宝箱が現れた。これがきっとエリクサーだろう。


「リリアン、これを飲むんだ」

「でも、ケインの傷を治さなきゃ……」

「いいから飲んで」


 エリクサーの瓶を押しのけようとするリリアンの手をつかみ、オレはリリアンの口にエリクサーの瓶を押しつけた。


「オレにはもうエリクサーは必要ない。オレの傷は治っちまったからね」

『ソウダヨー』


 四つのアバターたちがオレのまわりを飛び回っている。ありがとう。お前たちのおかげで勇気を取り戻せたよ。


「ケイン……。また助けられちゃったね」


 リリアンははにかむようにそういうと、エリクサーを飲み干した。


 ◇


「こらあっ! ケイン! また昼寝してる!」

「ふわあ……。やあ、リリアン。怠けてるわけじゃないさ。アバターたちがちゃんと修行してるからね」


 オレのアバターたちは一糸乱れぬ集団行動で今日も修行に励んでいた。

 その先頭に立っているのは、新しいアバターのミッシェルだ。


『ミンナ、ナマケナイデハシルデシ!』

『ワカッタヨー』

『スコシヤスマセテホシイダス』


 ミッシェルはリッチとの戦闘後に顕在化した「アバター制御」のスキルだ。ミッシェルのおかげでオレが昼寝をしていても、スキルの育成ができるというわけ。


「ミッシェルに任せておけば、俺がいなくても修行は完璧さ」

「そんなのインチキよ! あんたもしっかり体を鍛えなさ~い!」


 リリアンはオレを蹴飛ばして、ランニングに追い立てた。


「いてて。蹴らなくてもいいじゃないか?」

 

 尻を押さえて走り出すオレを見送り、リリアンは小さく独り言をいう。


「頑張ってね、ケイン。本気になった時のあんたはちょっとだけかっこいいんだから」


 夕日を受けてリリアンの頬は少し赤らんで見えた。<了>

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