透明な容疑者たち
田無 竜
本編
もう少しのところだった。
もう少しで、犯人を捕まえられるところだった。
なのにまさか……まさか!
こんなことになるなんて……ッ!
「さあサトウ。お前だけが頼りだ。この中の……一体誰が犯人なんだ?」
署の奥にある牢屋の前。
コンクリート打ちっ放しの部屋の中で、私と課長を前に四人の容疑者が並べられていた。
並べられている……と、思う。
そう断言しにくいのは、彼ら四人の姿がどうしてもこの私には──見えないからだ。
「まさか『透明人間薬(液剤)』を特売セール中の露店に突っ込むとはな。傍にいた三人も一緒に全員頭から薬を被っちまった所為で、誰が誰だかもう分からん。つーか逆にどうやって捕まえたんだ? 着てた服まで見えなくなってんじゃねぇか」
「液体に触れたものすべてが透明になるんです。ただ、この薬には副作用があります。効果が出た直後、少しの間だけ薬を浴びたものが痺れて硬直することになる」
「なるほど。だからその場にいた全員を捕まえられたってわけだ」
「……問題はここから。奴の時効まで、残りあと十分しかありません。折角……折角ここまで追い詰めたのに……ッ!」
「話してる場合じゃないな。声は覚えてないのか?」
「残念ながら聞いたこともありません。おまけに四人とも、性別はもちろん髪型も体格も似たり寄ったりなんです。見えない彼らを適当に触っても判別は出来ない。しかも全員、今は身分を証明できる物を持っていないときた。薬を被った所為で電子機器が壊れてしまったようで」
「解除薬が届くのも待てねぇし、何かしら質問してみるしかないな」
この場で我々からの質問に答えない者ほど怪しい者はいない。
真犯人をあぶり出すために、他三名は協力してくれることだろう。
さて……何を質問するべきか……。
「一番左の方」
「はい」
見えない誰かが返事をする。
私はコンクリートの壁に向かって話し掛けている気分だった。
「年齢は?」
「三十四です」
「隣の方は?」
「十八です!」
「その隣の方」
「……二十七……です……」
「一番右の方」
「あ、えー……四十一です」
「では皆さんにお聞きします。……二十六世紀前半のスター、ヨキ・ヘルベラのファーストアルバムのタイトルは?」
「え……ご、ごめんなさい。分かりません……」
「マジか!? 嘘だろ!? ジェネレーションギャップなんだが……」
「黙ってください課長」
最初に分からないと言ったのは、自身の年齢を『十八』と答えた左から二番目の人物だった。
しかし続けて口を開く者はいない。
他三人は同じように『分からない』と言うのが正解なのか、普通に答えるのが正解なのか、迷っているのかもしれない。
「答えられる者は? いらっしゃいませんか?」
「む……うぅむ……」
「……」
「あー……何だったっけな……」
「おいおい本気か? 十八のあんちゃんはまあ分からなくてもギリギリ納得できるが、三十越えてて知らない奴はいねぇだろ」
「犯人は三十代です。年齢からして、まずこの質問の答えが分からないはずはない。いくら何でも、この局面で白々しく自分は十代だと名乗り、そのうえ三十代の男性にとっては常識とも言える今の質問に対して、『分からない』などと自然に言えるとは思えません」
「あ、ああそうだな。左から二番目は除去して良さそうだ」
「おお! じゃあオレ解放っすか!?」
「ごめんなさい。それはもう少し待って下さい。捜査報告書を書くために、また別の質問をこの後にさせて頂きたいので」
「はぁ……」
どこからともなく溜息が漏れ出てくる。
これが冬だったなら、白い煙が何もないところから出現する奇妙な絵面になっていたことだろう。
そうこうしているうちに時効のカウントダウンが進んでいる。
私は腕時計を確認した。
「あとどれくらいだ?」
「五分です。……次の質問に移りましょう。二十代の貴方」
「!? じ、自分ですか……?」
「先月の水道光熱費はいくらでした?」
「え……。あ、えっと…………に、二万……いくらだったかな……」
「ペットは飼ってますか?」
「え……い、いえ……飼ってません……けど……」
「恋人は?」
「……いません……」
質問の途中なのだが、課長はここで苛立ちながら頭を搔き始めた。
「おいおいそんなこと聞いてどうすんだサトウ」
「黙っててください課長。……本当に? では一人暮らしですか?」
「え……あ、いや! 両親と住んでます!」
「……なるほど。課長、これは嘘ではなさそうです。いきなり光熱費を聞かれて、偽の家族を頭の中で作ってから答えられる人はいません。逃亡中だった犯人は一人暮らしのはずです」
「あ、あー……確かに……」
私はまた腕時計を確認した。
急いでいるつもりだが、どうも焦りを消すことが出来ない。
「ま、まだ大丈夫か?」
「あと二分。決め打ちしないとですね。……正直言って、自分の年齢を犯人と近い年齢であると当たり前のように言った右から二番目の方は、怪しく見るのが難しいです」
私がそう言うと、一番右の人が動揺を見せ始めた。
いや、実際には何も見えていないが。
「わ、わわ私が犯人だと!?」
「そうは言ってません。……ただ、私にはもうこれ以上容疑者を絞る質問が思い付きません。初めの質問に答えられなかった理由を聞いても?」
「僕は流行りに疎いもので」
「わ、私も別に……いや、分からなかったというか、なんか言い出しづらくて……」
「……ふむ……」
「おいおいどうするんだサトウ! 何か……何かいい方法ないのか!? そうだ! 光熱費は!?」
「今質問したら、一人暮らしの平均的な額を言われるだけでしょう」
「それもそうか……くッ! せめて個別に質問する時間があれば……」
「……あと一分……」
「カウントダウンしてる場合か!? クソ……何も見えねぇから何も分かんねぇし! 大体透明人間ってのは服だけは見えるもんだろ……って、あ! そ、そそそうだ! サトウ! 犯人が着ていた服は!?」
「黒のウィンドブレーカーです」
「触って確かめればいいんだよ! 手触りで分かるだろ!」
すると課長は早速、一番右の人物から確認を始めた。
「おお!? これってウィンドブレーカーじゃないか!?」
「ひぃぃぃ! ち、違う! 私は違う!」
「……課長。隣の方の服も触ってみてください」
私はそう言って、課長に右から二番目の人物の衣服も確認させた。
「え? あ、あれ……こっちも……同じ……?」
「偶然にも、四人はみな似たような手触りの衣服を着ていたんです。だから……衣服では判別できません」
「そん……な……」
そして私は、全身から力が抜けるような息を吐きながら腕時計を確認した。
「……十分、経ちました」
「クソ……クソッ!」
課長が悔しがって床を蹴り出すと同時────左から二番目の男が笑い出した。
最初に自身の年齢を十八だと言った男だ。
「ハハハハハハ! 馬鹿がッ! 警察ってのも大したことねぇなぁオイッ!」
「ッ!? ま、まさかお前が……!?」
「ああそうさ! クク……自分の声が高くて助かったぜ! 流石に十代って言うのは無理あるかなって思ってたけどよぉ!」
どうやら彼が犯人だったらしい。
なるほど、それは想像できなかった。
全く姿が見えないままだが、恐らく腹を抱えて高笑いしているに違いない。
とにかく私は、勝ち誇ったように高笑いする透明な犯人に近付き、そして────手錠を掛ける。
「……は?」
「午後七時五十五分。時効完成前に、逮捕完了」
「は……はぁぁぁぁぁぁ!?」
「はぁぁぁ!? ど、どういうことだサトウ!」
「どういうことも何も……見ての通り、まだ時効になっていません」
私は課長と犯人の男に腕時計を見せた。
嘘は吐いてない。ただ私は、時効の五分前までのカウントダウンをしていただけだ。
「そ、そんな……そんなの認められるか! 不正だ! ズルだ! 卑怯だ! 反則だ!」
この部屋に置いてあった時計は、容疑者の彼らが入る前に片付けておいてもらっていた。
正直半分はギャンブルだったが、どうやら賭けには勝てたらしい。
私は透明な彼に向かって、鼻でフッと笑ってやった。
「お前だって自分を見えなくしたじゃないか。だから私も時計を見えなくしてやった。それだけのことだ」
「そんなぁ……」
「あ、そうだ。教えておこう。今は警察の取り調べも『透明性』を重要視していてね。さっきのお前の自白は……全部録音済みだ」
「く……ぐぐ……くっそぉぉぉぉぉぉぉ」
不気味な怪奇現象のように、音源の見当たらない叫び声が響き渡る。
いずれにしろ。これにて、透明な容疑者たちへの取り調べは終了だ。
透明な容疑者たち 田無 竜 @numaou0195
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます