第7話 天人堂の「古書の間」
天人堂の静かな庭園に囲まれた小さな店内。その奥に、誰もが普段は目を向けない一つの扉があった。それは、目立たず、ひっそりと隠されているように見えるが、その扉を開ける者には、別の世界が広がっている。大和が作り上げた「古書の間」へと続く扉だった。
この部屋には、何世代にもわたって受け継がれてきた、古代からの知恵が詰まった本が並べられていた。スパイスや漢方に関する古書から、「天人堂」の創設にまつわる秘密まで、どれも一冊一冊が歴史の中で失われることなく守られてきた貴重なものばかりだった。大和にとって、この「古書の間」は、単なる知識の集まりではなく、天人堂の本質を成す重要な場所でもあった。
ある日、アキが偶然その部屋を訪れることになった。アキは、カレー教室を終えた後、店内の隅に置かれた古い本を見つけた。興味本位で手に取ったその本が、アキの運命を大きく変えることになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。
アキは、ふとした瞬間に古書の間の扉が少し開いていることに気づいた。普段は開けることのないその部屋の存在に、何となく引き寄せられるような感覚が湧いた。心のどこかで、ここに何か大切なものがあると感じていたのだ。
静かに扉を押し開けると、そこには薄暗く、長い年月を感じさせる本棚が並んでいた。埃が積もった本が整然と並び、その中に不思議な魅力を放つ一冊の本が目に入った。
その本の表紙は、金色で装飾されており、タイトルははっきりと読めないが、どこか神秘的な力を感じさせた。アキは、その本を手に取ると、手が震えるのを感じた。なぜか、強く惹きつけられるものがあったのだ。
本を開くと、そこに記されていたのは、天人堂の創設にまつわる伝説とともに、スパイスや漢方に関する深い知識が綴られていた。しかし、アキが目を奪われたのは、その中に記されていた「幻のスパイス」についての一節だった。
「幻のスパイスとは、一度使う者に、無限の力を与えると言われている。しかし、その力を得る代わりに、計り知れない試練を受けることになる。最も重要なのは、試練を乗り越える者にこそ、真の力が授けられるということだ。」
その記述を読んだ瞬間、アキは何かが胸に響くのを感じた。これこそが、自分の求めていたものだと直感した。しかし、同時にその力の代償についても理解していた。試練を受ける覚悟はできていた。
大和が部屋に入ってきた時、アキはまだその本を手にしていた。大和はアキの顔を見て、何かを感じ取ったように静かに声をかけた。
「その本を見つけたのか。」
アキは本を見つめながら、少し驚いた顔をした。「これ、天人堂の創設に関する本ですよね。『幻のスパイス』についても書かれている。」
大和はゆっくりと歩み寄り、アキの隣に立った。「そのスパイスは、天人堂の歴史においても特別な存在だ。過去に、それを手にした者がいたが、その者はすぐに試練に直面し、結果として天人堂の伝統を守る者として選ばれた。」
「試練?」
アキは本に戻ってその一節を読み返した。「力を得るために試練を受ける…でも、その試練を乗り越えた者には真の力が与えられるんですよね?」
大和はしばらく沈黙し、深い息をついた。「試練とは、決して楽なものではない。しかし、それを受け入れ、乗り越えることで本当の力が得られる。それは、ただの力ではなく、心と体の調和をもたらす力だ。」
アキはその言葉に心を打たれた。彼女は、今まで自分の心と向き合い、少しずつ成長してきた。しかし、この本に書かれた試練の内容を読むうちに、自分に足りないものがあることを感じていた。それを知ることが、次の一歩へと繋がるのだろう。
「私は…その力を手に入れたい。」
アキは決意を新たにして、大和に向き直った。「その試練、受けてみます。」
大和は静かに頷き、微笑んだ。「そうか。では、試練の道を歩む覚悟ができたのだな。」
アキの決意が固まったその瞬間から、試練の道は始まった。大和は彼女に告げた。「幻のスパイスを手に入れるためには、まず自分の内なる闇を受け入れることが必要だ。その闇こそが、真の力を引き出す鍵となる。」
アキはその言葉を胸に、試練に挑む覚悟を決めた。
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