アあ。

STORY TELLER 月巳(〜202

アあ。

千切れたお守りの紐。


嫌な予感がした。

胸が重くなる、息がし難い感じ。

虫の知らせは当たる。



職場を離れた先輩が亡くなったと言う知らせが警察から入った。


まさかじゃなく、やっぱりだった。

今朝切れたお守りは未だ一年経っていない、数ヶ月前先輩が送ってくれたもの。

なんともなかったのにその紐は、よられた糸が蛸足の様に開き切れ落ちた。


何故うちにと思うと、思い出した。


先輩にはもう親も、早く逝き、兄弟はいない。

身寄りが無いのだって言っていたので確かに私は言ったのだ。


何があれば私が骨を拾いますよと。

軽く。





弁護士さんとのやり取り。

遺体を確認し、遺言を読み。

遺体を火葬場へと送り、待つ。



式はいらない。

ただ骨を、拾って両親の墓に共に。

それが彼女の要望。


死因は突然死、と処理された。





手持ち無沙汰の中、記憶がハラハラと開いて開いて止まらない。

悲しみが未だ来ない、現実味が薄い、ずっと夢を見ているようにうつらうつらしていればまるで一緒に過ごした時に舞い戻ってしまった様に。



記憶があまりにありありと思い出るもんだから

つい話しかけ、様々な時の先輩を見ては離れた

中で。


ふと。

一緒に行った露天風呂で太ももを撫でた先輩。

赤ちゃんの手ぐらいのあおアザに目を止める私に先輩は言ったのだ。


これは、遺伝。

そして、もしかしたら私もいつ死ぬかわからない原因。



困った顔で私をあやす様に抱きしめて、さ。


私は原爆3世。

皆が皆そう言う訳じゃ無いが、うちの母も早く、なんの前触れなく、亡くなってサ。祖母もそう。


みんなお揃いのアザ持ってさ。



だけど、過去付き合って来た奴ら氣持ち悪いと言うんだよね。これ。

だから見せたくなかったんだけど、ヨリちゃんも嫌?不快?


そんな事思う訳なく、先輩を振った男どもに憤慨したら初めて心から影なく笑って、それがとても美しくて。

美しくて。



と、お呼びが入り。

お骨を拾う。何やら脆い。

いや初めてだからみんな、骨になればこんなもんなのか。



小さな骨壺分になった先輩をひとまず我が家に、そして数日後、遺言にあった墓地へ行く、が。


カラカラと音が聞こえる、雨。

あっという間バケツを返す様な大雨で、墓地内の屋根に雨宿ると、同様に濡れた男の人。



すぐ止みますよね夏の通り雨、と。

会話をしつつ待って、雨上がり。


男が向かう場所が、まさかの同じ墓石の元。


それはと言う男に先輩の名を口にした時、また墓石には雨が。

いつまで待っても、来ないと思っていたらまさかと、崩れ落ちるよう座り込み、車のエンジンの様に唸って泣いて咽せて喘ぐ、大の大人。




男の人は、先輩の後輩だと言った。

濡れた地面に座り込み泣きじゃくりすぎて、あんまりでたまたまあった兄の服を車から出して渡す。


トイレで着替えると言うのを聴き、服は返さなくていいと伝えたらまた心細そうにするのを見ないふりして。


連絡先交換も、断り。


私は帰る。

だけど。方向転換、今日は。


もしもし母さん?と掛けて見ると珍しく父が出た電話口に聞こえる様にと声張り上げて、帰る旨を伝えたら。


あ。


ほおが熱い。


ああ、先輩はもう、居ないのだ。

突然身に染みて。

よりこ?と叫ぶ母の声をかすかに耳にしながら。


喉がなる。

言葉にならない。

唸る様な、叫ぶ様な声だけだ。


もう、骨もない。

今手元にあるのは切れた紐付きのお守り、ただ一つ。



ああ。ああ。

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