テーマ「諦め」

@ichi0606

テーマ「諦め」

 世界が煌めいている。

 比喩ではない。あちこちに張り巡らされたイルミネーションや丸い街頭、ビルの窓から見える光。全てが女の世界を輝かせている。

 女は、駅前にひとりの男を見つけ、駆け寄った。幸せそうに隣の男の腕にすり寄り、抱きつく。男は何も言わずに自分より頭ふたつほど小さな女を見つめていたが、やがて二人は歩き出した。

 赤と白の衣装に身を包んだキャッチや店員があちこちで声をかけている。それをものともせず、全て無視をして男女は歩き続けた。明るく賑やかな商店街を何を買うわけでもなく抜け、静かなビジネス街へ。

 女は、ひときわ高いビルを見て指をさした。男は何も言わずに小さく頷き、2人はそのビルを目指して歩き始める。コツ、コツと硬いコンクリートを女の靴が叩き、ビルの前で音が止んだ。女は男を見上げ、そっと背伸びをすると、男は女に口付けをした。

 一瞬しかなかった接吻に不満はないらしく、女は躊躇することなくそのビルに入っていく。警備員が立ち上がりかけるが、女が何事か話すと座り直し、鍵を女に渡した。忘れ物をしたとでも言ったのかもしれない。

 エレベーターホールに進むと、消えていた電気がつき、女は男の手を引いてエレベーターに乗り込んだ。迷いなく女は屋上へ向かうボタンを押すと、心底楽しそうに口元を歪めた。


 何分経っただろう。エレベーターの扉が開き、冷たい風がぶわっと女のスカートを膨らませた。屋上へは鍵はいらないらしい。

 女はうっとりとした顔で屋上を突き進み、柵を超えて月を見上げた。男もそれに倣って柵を超え、女の顔を見つめる。

「ねぇ、今度はここでプロポーズしてよ」

 女は男にそう投げかけるが、男は困ったように眉を下げるばかりで答えない。すると、女は懐から女と男が笑顔で写っている写真を取りだし、にっこり微笑んだ。

「次も私を選んでね」

 ぎゅっと手を握り合い、男女は前へと足を踏み出した。


 ***


 十二月二十五日深夜二時過ぎ、女性の遺体がビジネス街で発見された。女性は頭を強くうちつけており、警察は身元の確認を急いでいる。

 その手には、彼女と昨年無くなった彼女のパートナーの写真が握りしめられていたという。



『今世を諦め来世に託す』

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