僕らの英雄譚

もちもちハクト

第1話『fast step』

夢を見た。

無限に続いているような星の世界で、漂い続ける夢—

誰かが泣いてる声が聴こえる―

僕は知っている、これは後悔の涙だと―

僕は分かっている、声を出したくても出せないことを―

星々が輝き、光が身体を包み込む。

痛いくらい白くなっていく世界を見て…。

僕_柊 白兎は目覚める。


静かな病室で目が覚めたため、まだ夜なのか一瞬疑ってしまった。

少年の身体はひどく痩せていて、ベッドには血反吐の痕がいくつも残っている。


「よかった・・今日は生きてる」


霞んだ声で言う、医者からはいつ死んでもおかしくないと言われているため、生きていることが奇跡なのだ。

2年前、突然家で倒れてしまい緊急搬送、医者からは原因不明で手の施しようがないと診断された。両親はいないため延命するためにもお金はなく、手術を受けることができないのだ、恐らく医者からの情けで、残り少ない余生を無償で入院させてもらっている状態だ。身寄りは1つ年下の妹しかおらず、見舞いに来るような友達もいない

窓の外を元気に走っている小学生たちを眺めているとどうしても孤独を感じてしまう

コンコンと、病室のドアをノックされる


「・・・入っていいよ」


ドアが開き、1人の少女が入ってくる。


「おはようございます!兄さま」


元気な挨拶をしてくれたのは柊雪乃、白兎の1つ下の妹である。


「兄さま、具合はどうですか?」


持参してきた林檎の皮を剝きながら声をかけてくる雪乃

こうして明るく振舞っているが、本当は学校の友達と遊んだりしたいはずだ。

構う必要はないと言っているのだが、決まって雪乃は

「ダメです、兄さまは私が支えたいんです」

と、真面目な顔で言うものだから、断われなくなってしまったのだ。

だが、妹の優しさに救われている自覚はあるため、やっぱり感謝している。


「・・・なあ、雪乃」


時間とは救いになる時もあるが、無情な時もある

普段特別意識していない人が多いため、見落としがちだ。


「なんですか?兄さま」


不思議そうに首をかしげている雪乃。

今から告げる言葉でその可愛らしい顔を曇らせてしまうのは心が痛む。


「・・雪乃、明日から家で過ごしたいんだ」


言葉が言い終わる前にはもう、雪乃の顔は曇っていた

わかる、残された時間はもう僅かなのだと

だからこそ最期は、愛する妹と普通の生活を送りたいと願うのだ。


「わかり・・ました」


頬に伝う涙を、僕は拭ってやれない

伸ばそうと思えば届く距離なのに、身体は言うことを聞いてくれない

自分を情けなく思う

怒りで唇を強く噛んでしまう、それだけでも薄く血の味を感じた。

愛する人の涙も拭えない悔しさが、心に重くのしかかった


翌日_

医者との手続きを終え、車椅子を押されながら病院をあとにする

長く住み、お世話になった場所だ

最後に一礼をし感謝を伝えておく。


「兄さま、大丈夫ですか?体調が優れなくなったら遠慮せず私に言ってくださいよ?」


病院を出てから雪乃はずっとこの調子だ。

過保護になり世話を焼こうとしている


「・・・ありがとう雪乃、僕は大丈夫だよ」


嘘である。ほんとのところはいつ死んでもおかしくない状態だ

意識がはっきりしていなければ、目も碌に見えていない


「帰ったらどうします?私と一緒にゲームしますか?あ!お昼寝でもいいですね!兄さま専用の抱き枕になります!」


敢えてテンションを上げ、優しくこれからのことを話す雪乃。

ほんとう、よくできた妹だ。


「お?雪乃じゃねぇか」


突然、知らない奴に声をかけられた

がっしりした体つきで

腕も太い、髪を金髪に染めている男は飄々とした様子で僕らに手を振る

雪乃の知り合いだろうか?


「・・・坂口さん、何か御用ですか?」


少し声を低くして話していることから察するに、仲は良くないらしい

坂口と呼ばれた男は雪乃の態度に少しの苛立ちの様子を見せながら、視線を車椅子に乗っている僕に移す。


「コイツか?お前が言っていた病弱の兄様とかいうのは」


声を上擦らせ、小馬鹿にしたような話し方をする坂口。


「そうですよ、兄さまは病弱なんです。ですから早く家へ帰らないと」


雪乃が車椅子を押し、その場から立ち去ろうとしたとき、坂口が車椅子にワザと足を引っかけ、僕らを転ばせる

投げ出された僕は、無様に血反吐を吐くことしかできない

残された命の灯が、消えていくのがわかる、わかってしまう。


「何をするんですか!・・・兄さまを傷つけるなんて・・!」


声を荒げる雪乃、いつのまにか周りにはたくさんの人だかりができていた。


「ああ?わりぃわりぃ、そこのお兄様が認識できてなかったわ、今にも死にそうで存在感ないしな!」


坂口が声を上げ笑う。

周囲からの敵意、殺意をも帯びた視線に気づけないことに、心底呆れてしまう

特に雪乃がこれまでにないほどの敵意を向けている。


「お前、気持ちわりぃんだよ!その年でブラコンとか?せっかくこの俺が告白したときもよ、兄さまがいるから付き合えないだ?ふざんけんじゃねえ!俺に恥をかかせやがって!!」


つまるところ、ただの八つ当たりだった

坂口が雪乃に手を伸ばす

止めたかった、だが身体は動かない。


「そこを退けよ、俺がお兄様を楽にしてやるよ」


坂口も止まりはしない、否、止まることができない

周囲の人だかりや状況が、彼の精神をおかしくしている。


「やめてください!これ以上はもう警察を呼びますよ?」


必死に雪乃が制止しようとするも、坂口が乱暴に胸倉を掴む

華奢な雪乃の身体は簡単に持ち上がってしまう。


「うるせぇ!お前は大人しく見とけ!!」

雪乃を振り飛ばす。

その身体は宙を舞い、道の真ん中_道路へと投げ出されてしまう。


「・・・っ・・・ゴホッ!」


飛ばされた衝撃で咳き込む雪乃

危ない!

速く逃げろ!!

叫びたいが声が出ない、周りもワンテンポ遅れて気づいたが、1台のトラックが猛スピードで雪乃に向って走ってきていたのだ。


「・・・・・え?」


驚きで硬直して動けなくなる

周りの誰も、助けようと走り出さない

だから

僕が

残りの命の灯を代償として走り出す

それが『』へのはじめの一歩_

口から幾度も血を吐き散らし叫ぶ。


「雪乃おおおお!!!!」


愛する妹の身体は弾き飛ばす。


「にい・・・さま・・?」


困惑の表情で見てくる雪乃に、歯を見せ、笑った

_大好きだよ

口の動きだけで伝える

身体が轢かれ、砕かれる音が聞こえた

それが最期だった


こうして、『ただの交通事故』として世間の記憶には残らず

病弱な『』、柊 白兎の物語は幕を閉じる

1人の少女の心に、深い傷を残して

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