🪠スッポンのスッポン🤿

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

Plunger(プランジャー)!

「サブロウ先生! Plungerプランジャーないですか?」


「ちょっと待て。ああ、あった。これだ。ほい。古いけどまだ使えるんじゃないかな」


 そう言ってサブロウはヨシノにその道具Plungerプランジャー 🪠を渡した。


「たしかにちょっと古いし、柄が木でできてるのも今どき珍しいですね」


「まあな。前にフリマで買ったんだよ」


「フリマでわざわざ買うようなものですか、コレ?」


「ちょっとわけありなんだよ」


「ふーん。ところでサブロウ先生。これ🪠、英語だとPlungerプランジャーだけど、日本語だとなんて言うんですか?」


「吸盤のところがゴムのカップになってるから、ラバーカップと言うそうだ」


「へ~え」


「もっともラバ―カップは商標名だから、一般名は通水ポンプらしいぞ」


「うーん」


「どうした?」


「チカさんやカズマさんはコレ🪠のこともっと違う名前で呼んでいたような気がします」


「ああ、そうか。普段みんな呼んでいるのは通称だからな。トイレの吸盤とか。トイレのスッポンとか。パッコンとか、カッポンとか、キュッポンとか、プカプカとか、シュポシュポとか。擬音系が多いな」


「トイレのスッポンって妖怪みたいですね」


「それはトイレの花子さんだろ。でもトイレにスッポンがいたらたしかに怖いな。大事なところにみつかれそうで」


「でしょう? あれ、このスッポンの柄のトコロによく見たら、なにか筆記体で書いてありますね。えーと」


Theodoreセオドア Rooseveltルーズベルトと書いてある。第26代アメリカ大統領のサインだとさ。四人の大統領の顔が彫られたあのラシュモア山の岩肌ではこっちから見て右から二番目。リンカーンとジェファーソンの間にいる人だな」


「ええええええ! なんでこんなところにアメリカ大統領のサインが……」


「俺はそれを米軍基地のフリマで買ったんだ」


「米軍基地のフリマ?」


「そうなんだよ。フリマの一角にお爺さんが店番やっている董品売り場があってだな。そんなところにトイレのスッポンが置いてあるからなんだこりゃ?ってなるじゃないか」


「たしかに」


「店番のお爺さんが言うには、今から120年ほど前にお爺さんのお爺さんだかひいお爺さんがアメリカ海軍の潜水艦乗りだったそうだ。その潜水艦に、当時のセオドア・ルーズベルト大統領が乗艦して一緒に潜水した記念のサインなんだとさ。ほら、よく見るとAug. 23rd 1905って日付も入ってる。Wikipediaで調べたらその日たしかにルーズベルト大統領はその潜水艦に乗っていた」


「潜水艦ってそんな昔からあるんですね。120年前のトイレのスッポンだったら、しかも当時の大統領のサイン入りだったらたしかに貴重な骨董品です! でもなんでこんなものにルーズベルト大統領がサインしたんでしょう?」


「それが傑作なんだよ。大統領の乗ったその潜水艦の名前は『潜水夫』を意味する一般名詞からつけられたそうだ。ところが、それがよりによって、Plungerプランジャーなんだ」


「えええ! Plungerプランジャーって、それじゃあトイレのスッポンになってしまうじゃないですか!」


「そうなんだよ。トイレのスッポンはアメリカで1875年にはもう売られているんだ。潜水艦のPlungerプランジャーが実際に海に出たのは1902年だから、スッポン登場から四半世紀以上たっている。だから、わかっていて潜水艦に『トイレのスッポン』とか『トイレの吸盤』なんて意味になるふざけた名前を付けたとしか思えない」


「うわああ。それは冗談がきついと言いますかドン引きですねえ」


「だよなあ。それで大統領の話に戻るんだけど、そのお爺さんが言うにはPlungerプランジャーの艦長が『大統領閣下、せっかくですからこの艦、PlungerプランジャーPlungerプランジャーにサインをお願いできませんか?』とか言って備品のトイレのスッポンをルーズベルト大統領に差し出したんだ。アメリカン・ジョークって奴だな」


「サブロウ先生、それってただの親父ギャグですよ」


「そうとも言う。ともかくそうしたら無茶苦茶うけたらしい。大統領は喜んでトイレのスッポンに日付入りのサインをしてくれたんだと。それが家宝となって艦長の家族に代々受け継がれてきたそうだ」


「へ~え。じゃあ、大統領のサイン入りのって訳なんですね。でも、サブロウ先生、そんな貴重な骨董品をトイレ掃除で使っていいんですか?」


「全然問題ない。そのサインは油性だから濡れても平気だ。それになにより、ニセモノだからな」


「ええ⁈」


「次の日のフリマでも、骨董品売場のお爺さんはやっぱり大統領のサイン入りのスッポンを売っていたんだよ」


「なあんだ。インチキでしたか」


「お爺さんに、『大統領はいったいいくつのスッポンにサインをしたんだ?』と聞いたら……」


「聞いたら?」


「『そっちは本物だけど、こっちはレプリカだから内緒にしてくれ』だとさ。言うじゃないか。一本取られたよ」


「そんなこと言われても、説得力ないですよね。絶対にコレもニセモノにきまってます!」


「そうだな」


「サブロウ先生、このニセモノいくらしたんですか?」


「2万円とふっかけられたけど値切り倒して5000円に負けさせたぞ」


「それでも、5000円は高いです! サブロウ先生もすっかりだまされてしまったんですね」


「いいや。全然だまされていないぞ。実は最初からインチキだとわかっていたからな」


「ええ⁈ どう言うことですか⁈」


「このトイレのスッポンの大統領のサイン、筆跡もよくできてるんだけど油性のマーカーペンで書かれてるんだよ」


「それがどうしたんですか?」


「セオドア・ルーズベルト大統領は1919年に亡くなったんだ。油性のマーカーペンが発明されたのはアメリカだけど、第二次世界大戦中のことだ。1905年はもちろん、セオドア・ルーズベルト大統領の生存中に油性マーカーなんて存在しない」


「ああああ、そういうことだったんですね! まるで名探偵です! でもサブロウ先生、だったらどうしてニセモノに5000円も出したんですか?」


「そりゃあ、いいネタになったからさ。わざわざあんなストーリーでっち上げた上で、口上もなかなか堂にっていた」


「そんな理由でしたか。サブロウ先生も、もの好きですねえ」


「ペテンとは言え、古びたトイレのスッポンをわざわざ集めて大統領の筆跡に似せてマーカーでサインだなんて、それなりにが折れただろうなあ。ご苦労なことだ」


「それが今回のオチですか!」




<(_ _)>

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🪠スッポンのスッポン🤿 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

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