第22話:花とラジオが繋ぐもの
千代は、花かごの棚に並べたカーネーションの鮮やかな赤に目を細めた。森から戻った後の静かなひとときを求めていたが、今日は不思議といつも以上に客足が多いようだ。
ラジオから流れる昭和歌謡が、店内の空気を柔らかく包み込む。母の遺したこのラジオは、千代にとって心の支えであり、店の象徴のようなものだった。歌詞の一つ一つが、花に命を吹き込むような気がしてならない。
「今日は賑やかですね。」
青年が花束を包む千代に声をかけた。彼も自然と手伝いを始めており、来店する客たちと笑顔を交わしている。
「そうですね。何故だか今日はいつもよりも多い気がします。ラジオが呼び寄せたんでしょうか。」
二人が軽口を交わす中、また一人、常連の老人が入ってきた。
「千代ちゃん、今日はいい香りがするねえ。」
「いらっしゃいませ、今日は特に新鮮な花が揃っていますよ。何かお探しですか?」
老人は棚を眺めながら、ポツリと答えた。
「いやね、ただこの歌が聞こえてきて寄ってみたんだよ。懐かしくてね。」
千代は驚きながらも微笑んだ。このラジオの音色が、店の外にも届いていたのだ。
「花もそうだけど、この店の空気は、どこかほっとするんだよ。」
そう言い残して、老人はカーネーションを一輪手に取り、代金を支払うと静かに去っていった。その背中を見送りながら、千代は胸の中に小さな温もりを感じた。
気がつけば、店内は人の笑顔と花の香りで満たされていた。ラジオの音楽がそれぞれの心を繋ぎ、花がその思いを優しく包み込む。今日は特別な日だと、千代はふと感じた。
「この店には、人と人を繋ぐ何かがあるんですね。」
青年の言葉に、千代は深く頷いた。ラジオと花が作り出す温かな世界。それは、今日という一日の奇跡だった。
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