5センチ。 -高1・残暑-

「はぁ!?」

 素っ頓狂な声を出した尚斗に、並んでいた朋希が眉を寄せる。

「嘘だろ?マジで?」

「マジで」

 尚斗の問いに応えたのは、共通の友人である颯太そうただ。尚斗と朋希をまじまじと見比べてから、うん、と頷く。

「やっぱり、朋希の方が背高くなってる」

 ほんの少しだけど、と颯太は付け加えた。

「マジか…」

 尚斗ががっくりしたような声を出したのに、隣に並ばされていた朋希の方はムッと眉を寄せた。


 

 夏休み明けの新学期。

 たまに顔を合わせた友人もいれば、このひと月半全く会わなかった友人もいる。颯太もその内の一人で、夏休み中は母方の実家に長期滞在していたとかで、会う機会も少なく、結果7月の終業式以来となった。

 その颯太が、始業式を終えて下校の準備をしている二人をじーっと見据えた後に、言ったのだ。

「朋希、背伸びたな」と。

 それを聞いて、尚斗と朋希はパチパチと瞬きをしてから、互いの顔を見る。

「背、伸びた?」

「や。わかんない」

 小首を傾げる朋希に、颯太が歩み寄る。

 ちょっと並んでみて、と言われて、素直に横並びになったところ、颯太が「朋希の方がちょっと高い」と言って、冒頭に戻る。


 高校に入学したときは、確かに自分の方が身長は高かったはずだ。いや、高かった。そこは言い切れる。なんなら、小さいころからずっと。これまで何度となく行われた身体測定の結果を、さんざん見比べてきたのだ。

 尚斗は頭の中でぐるぐる考えを巡らせ、隣に並ぶ尚斗を見る。

 入学してから約半年。

 まさか、こんな現実が待っているとは……。

「は――――……」

 そんなことあるか?と、尚斗は大きなため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。

「……何。そんなに、俺に背ぇ抜かされんの嫌なんだ」

 頭上から、朋希の呆れたようなため息交じりの声が降ってくる。

「当たり前……」

 別に競っていたわけでもないが、なんとなく抜かれたくなかった。

「じゃ、もうちょい伸ばそっかなー」

「おい、トモ……」

 顔を上げると、朋希が悪戯そうな笑みを浮かべている。

「でもさ、こればっかりは分かんないし」

 コントロールもできないし、と呟く朋希に、確かにその通りなのだが…と尚斗は再び視線を床に落とした。

 知らず、大きなため息がでる。

 正直、こんなことで……と思うが、ショックなのはショックなのだ。

「ね、もう一回立って」

 そんな尚斗の心情をよそに、朋希が促す。しぶしぶ、といった体で尚斗が立ち上がった瞬間、朋希が真正面からぐっと身体を寄せてきた。突然のことに驚いて後ろに下がった尚斗に、朋希がまたその距離を詰める。

「ちょ、トモ、近い……」

「んー。でも、これくらい近づかないと、いまいち実感がさ…」

「そ、だけど……」

 思わず顔を逸らす。だからといって、この距離の詰め方はないだろう、と尚斗は心の中で大きな声を出した。

「んー、確かに、ナオと視線の高さ同じくらいかも」

 何でも無いような風に言う尚斗の声の近さに、小さく心臓がはねる音を聞いた。

 人の気も知らないで。

「毎日くらい一緒にいても、気づかないもん?」

 事の発端をもたらした颯太が問うのに、朋希は「いやー…」と苦笑し、

「逆にほぼ毎日だと気づかないもんじゃない?それに、一緒にいても、こんなに近づくこともないし」

「はは、確かに!毎日この距離はないな」

 笑う二人に、尚斗はどう反応していいのか分からず、頼むから離れてくれ、と、心の中で繰り返すのみだ。

 朋希は、ほぼ毎日一緒でもこんなに近づかない、と言った。

 けれど、尚斗の方はその言葉に少しだけギクリとした。

 もしかしたら、一緒にいる時、わざと少し距離を取るようになっていたのを気づかれていただろうか。ほんの少し、朋希には気づかれない程度の、それでも尚斗にとってはギリギリの距離。

 だとしたらー……。

 途中から無言になってしまった尚斗の顔を、朋希がまた横から覗き込む。

「ナオ、どした。黙っちゃって」

「うるさいな。ショック受けて悔しいだけだよ」

 ふいっと、変に思われないように顔を逸らし、唇をとがらせてみせた。

「はは、負けず嫌いだなぁ」

 笑う朋希に、違う、と頭のなかで否定する。

 朋希の顔を、こんな間近で直視できるほど、心臓は強くないだけだ。寧ろずっと、弱くなった。

 小さい頃、おでこをコツんと合わせて笑っていたのを、無駄に思い出してしまう。今同じことをしろと言われたら、多分、いや、確実に耐えられない。

 が、朋希はそんな尚斗のことなど知る由もない。

「なぁ、もうちょい伸びるかな?」

 少しわくわくしたような口調で言う朋希に、「どうだろうな」と素っ気ない返事を返す。

 不意に視界が暗くなって、ん?と思わず顔を上げてしまい、尚斗はまたも心臓が跳ねる音を聞いた。

「つま先立ちで……5センチくらいかな」

 少し上から、にこりと笑った朋希の顔を、今度はじっと直視する。

「ナオのこと見下ろすとか、何か新鮮」

 楽しそうに笑う朋希の目に、自分が映っているのが見て取れて、心臓が痛くて仕方ない。

 朋希の身長が伸びたことも、もしかしたら追い抜かれるかも知れないことも、尚斗にはもうどうでもいい事だった。

 この距離が、いつか再び、おでこを合わせて笑い合えるくらいまで縮まるだろうか。普通に、幼馴染みとしての距離を保っていられるだろうか。

 それとも、もっと近く……そんな日が、来るのだろうか。

 自分の感情をさらけ出して、隣に並んで笑える日が、来るだろか。

 

 半年後。

 少しずつ伸びた朋希の身長は、尚斗を5センチ上回った。


 

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