第3話

 旅立を明日とした今日の朝、あっという間に時間は経った。

 目覚めはなぜかふしぎと爽快で、日の出と同時の起床だったのは、激動の訓練生時代以来のことだった。

 必要だと思う手続きや、会話は一通り終えて、予定通りに滞りなく今日を迎えた今日は、時間が余ってしまっていた。目覚めは最悪だ。熱があるかもしれない。風邪でも引いただろうか。熱があったら行かなくてもよいだろうか。

「そんなわけないか」

 準備期間は業務期間でもあるが、準備以外の業務は与えられていないため実質、有給のような扱いである。旅経つ私にせめてもの恩情と考えることができなくもないが、明日からの過酷さ思えば当たり前である。

「死刑囚の気分だな。いかんいかん、きりかえろ。着替えよう」

 嫌な事を考えすぎるのはよろしくない。

 今日はそうだ、とびっきりご馳走を食べよう。

弟と妹たちも誘ってやろう。

 と、思ったら。

「ごめんなさい、お姉さま。普通に今日は学校です」

「そうだよお姉ちゃん、学校なんだよ。さすがにやすめないよ、テストだから」

「姉上! 私は休んででもお付き合いを――って、おいやめろ二人とも!」

「お兄様、今日は中等部と高等部合同の学生会の会合が控えているはずです。とちくるったことは言わないでくださいな」

「そうだよお兄ちゃん。本当にどうしようもないね。お兄ちゃんはどうしようもない」

 痛烈な物言いに押し黙る嫡男を二人はずるずると引きずりながら家を出ていった。

ああ、あの妹たちがいる限り我が家は安泰だな。ていうか、弟よ、もっと頑張れ。

一人でのお出かけにがっかりを隠せないがないが仕方ない。

「よし、しこたま食ってやる」仕送り以外はこの先、給料の使い道などないのだ。この際、暴食の限りを尽くしてやろう。がはは。「まずは朝ごはんからだ」

 

 と、家を出てまずは一件目、焼き立てのパンをサンドイッチで提供してくれるカフェだ。ここは贔屓にしている店であり、月に数度は訪れる。おすすめはハード系のパンにレタスとゆで卵のスライス、そしてよくわからないがとてつもなくうまいソースが入ったサンドイッチと一緒に飲む柑橘系の果実を複数合わせたジュースである。

 これが当面食べられないとなると本当に萎える話だ。

 次のお店はこれまで行ったことがない所にしようと思考を巡らせ上の空でいると、足元を颯爽と何かが駆け抜けた。

 視線をそちらに向けると、二人の女の子が手をつなぎ走っている様子が見て取れた。

横顔も見えた。

なんて微笑ましい光景だろう。

 自然と後姿を目で追いかけていた。

「おっと危ない。これじゃあ不審者だ」

ん?

「2人か、3人……」

息を潜め、気配を押し殺している、そんな存在がこの近くにいる。

「なんだなんだ、これから強盗でも押し入ろうってこと?」

 いや……そうではない。

 私の視線は再び、ここを駆け抜けていった二人の後姿を捉える。

 まだ見える。やや遠いがまだ二人の後ろ姿はまだ見える。

走れば追いつける、歩いても気を付ければ見失うことはないだろう。

 身なりは整っている、いやかなり上等だ。容姿も申し分なし。

狙いはおそらくあの子たち……だろう。

 正義感なんて高尚な動機ではない、ただ軍属として、国民の血税によって生活しているこの身であるし、末席を汚してはいるがこれでも帝国貴族のはしくれだ。しなければならない。そういうことだ。

「まぁ探査や感知の苦手な私がなんとなくでわかるぐらいだから、子悪党ってとこかしら」

 よし。

 小走りに走り、二人の元へ。

 ぎこちなさをださないように、自然に自然に。


「ちょっと君たち!」


 声をかける。

 この一声が私の人生を大きく変えることを私はまだ知らない。

 

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悪神魔王の最愛家族 石坂あきと @onikuosake

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