41人目の嫁が私を溺愛してきます

ココヤマダ

第1話 せんせいとけっこんしたい

「あたし、おおきくなったらせんせいとけっこんする!」

 そう言ってくれる園児は毎年十名ほどいる。幼稚園の中で私はモテモテの悪女である。

「結婚しよう」と言ってくれる子みんなにOKしているから、毎年股が十ずつ増えていく。今年でもう四十股目ほどになるだろう。


 四十一股目は、珍しく女の子だった。

 斎藤未来ちゃん。私が担任を務める、バラ組さんの年長さん。男の子に混ざって校庭を走り回って遊ぶこともあれば、女の子とおままごとをしていることもある。年中さん、年少さんの面倒も率先して見てくれて、まだ小さい子どもだけれど、いいママになりそうだと思う。


 未来ちゃんが私にプロポーズをしてくれたのは、卒園式のことだった。式を終え、親御さんたちと一緒に教室に戻り、私が感動的なお別れの言葉を述べた。みんなの成長が見れてよかったよ、素敵なお姉さん、お兄さんになってね。いつでも遊びに来てね。なんて、ほぼ毎年同じ文言を言ってしまうけれど、本心なのだから仕方がない。


 みんなは最後に教室を出るとき、先生のいる場所(大人向けに言えば教卓)に寄って、挨拶をしてくれる。ありがとう、元気でな、達者でな、結婚しろよ!など、好き放題言われる。男の子は笑いながら出ていく子も多いが、たまに泣きながら抱き着いてくれる子もいる。女の子も同様だが、未来ちゃんは、まっすぐに私の目を見て言った。


「あたし、おおきくなったらせんせいとけっこんする!」


 思わず「おぉ」と声が出てしまう。今まで見たことのない、情熱にあふれた目をしている未来ちゃん。目線に合わせてしゃがんでいる私の手を取り、会話を続ける。


「ゆびわ、ないけど。おおきくなったらもってくるから」

「うん、わかった。先生待ってるね」


 私の指先をいじいじと触る。


「やくそくだからね。ほかのひととけっこんしないでよ」

「わかったよ。未来ちゃん、元気でね」


 後ろの子が私たちをじっと見ながら待っているので、教室を出るよう背中を押し、最後の言葉を贈る。


「うん!またね」


 手を振る未来ちゃんの後ろ姿に「四十一人目の……配偶者? お嫁さん?」とつぶやく。「せんせいばいばい!」次の子どもの声で、現実に戻った。


 子どもを全員送り出し、職員室に帰る途中に未来ちゃんのお母さんが立っていた。忘れ物かな、と思い近づく。お母さんは「明後日、引っ越すんです」と言った。


「そうでしたか。寂しくなりますね」

「未来、本当に先生のことが大好きで」


 未来ちゃんの笑顔はお母さんに似ているんだ、と思いながら続ける。


「さっきもプロポーズしてくれましたよ」

「うちでも予行練習してたんです。薬指に輪っか、作りませんでした?」

「指先をいじいじ触ってたんですけど、そういうことだったんだ」


 自分の手を改めて見つめる。かわいらしいプロポーズをしてもらったものだ。


「それでね、先生。よければ私と連絡先を交換してもらえませんか?」

「連絡先……ですか」


 はて。という顔をしていたのだろう。お母さんは続けて、「引っ越しの理由、離婚なんです」と言った。


「だからって先生に頼ろうってわけじゃないですよ。県外ですし。県外じゃなくてもそんなご迷惑かけません。ただ、将来的にですよ。もし、もしあの子が家出をするなら、先生のところに行くだろうって思っていて」


 気が早いですよ、考えすぎじゃないですか。と言いそうになったが、お母さんの目がさっきの未来ちゃんと同じ目をしている。


「わかりました。他言無用でお願いしますよ」

「ありがとうございます!」

「あと、もうお別れなのでいいますが、思っているよりただの小娘なので。子育ての相談とか上手にのれませんから」


 お母さんが声を出して笑う。


「先生、面白い方だったんですね。もっと早くに知りたかったな。そうしたら、もしなにかあったら相談にのりますよ。私、ちゃんとただのババアなので」


「お元気で」と玄関でお母さんを見送り、職員室に戻った。

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