蛇と猫と熊の呪い

蟹場たらば

あるいは、村長と息子と孫の呪い

○蛇の話


 新年あけましておめでとうございます。


 ええ、あなたのことは、僕ももちろん存じております。昨年さくねん、村に引っ越してこられた方ですよね。本日はどのようなご用向きでしょうか?


 ……そうでしたか、祖父に年始の挨拶を。それはどうもご丁寧にありがとうございます。


 ただ、たいへん申し訳ないのですが、祖父は現在所用の最中でして。お部屋までご案内いたしますので、そちらでしばらくお待ちいただけますでしょうか。


 年始といえば、今年は巳年なのだそうですね。


 しかし、蛇というと、僕にはどうも不気味な印象があります。細長い体や無機質な眼、地面をう奇妙な動き、執念深い性格など、たとえ毒のない種類だとしても恐ろしさを感じてしまうのです。……ああ、あなたもそうですか。


 それでは、手負蛇ておいへびの話はご存じですか?


 その昔、ある村の子供たちが、遊び半分に蛇を殺すということがありました。それも体を寸刻みにして、木の枝に串刺しにするという残酷なものだったそうです。


 この光景を目撃した村人の一人はひどく怯えたといいます。こんなむごたらしいことをしたら、蛇にたたられてしまうに違いない、と。


 実際、そのあと村では異変が起こりました。


 もっとも、蛇を殺した子供たちは何事もありませんでした。居合わせただけだったはずの件の村人が、病にかかって苦しむことになったのです。


 神主によれば、これは恐怖心のせいで、蛇の霊を呼び込んでしまったことが原因なのだそうです。


 ですから、蛇に限らず動物の死体を目にした時には、「祟られる」とは決して考えないようにしてくださいね。




○猫の話


 新年あけましておめでとうございます。


 本日はわざわざ父への年始の挨拶にお越しくださったのだそうで、ご丁寧にありがとうございます。


 差し出がましいことをお聞きしますが、挨拶のことはどなたからお聞きになられたのでしょうか? ……なるほど、あの家ですか。


 申し訳ありませんが、父はまだ雑事が片付かないようなので、今しばらくお待ちいただけますでしょうか。こちらお口汚しではありますが、お茶とお菓子にございます。


 年始といえば、今年は巳年なのだそうですね。


 しかし、私は子供の時分にまむしに噛まれて以来、恥ずかしながら蛇が苦手で。「猫に胡瓜きゅうりを見せると、蛇と勘違いして驚く」という話を聞いた時にも共感を覚えたくらいです。そんな理由もあって、私は猫が好きでしてね。……ああ、あなたもそうですか。


 それでは、猫憑きの話はご存じですか?


 その昔、ある村の住人のひとりが、野良猫が餓死しているのを見つけまして。その際に、ひどく憐れんだのだそうです。飼い猫だったら助かったかもしれないのに可哀想だ、と。


 すると、それ以来、件の村人は奇妙な行動を取るようになりました。


 これまでは働き者だったのに、寝てばかりいるようになって。起きている時も、四つんばいで歩いたり、行灯あんどんの魚油を舐めたりして。その姿は、あたかも猫のようだったと伝えられています。


 神主によれば、これは同情心のせいで、猫の霊を呼び込んでしまったことが原因なのだそうです。


 ですから、猫に限らず動物の死体を目にした時には、「可哀想」とは決して考えないようにしてくださいね。




○熊の話


 新年あけましておめでとうございます。


 お待たせしてしまいまして、まことに申し訳ございません。もう三が日もとうに終わってお忙しい時期でしょうに、ご丁寧にありがとうございます。


 他所よそからおいでのあなたには、村長に年始の挨拶をするというこの村の風習は、おそらく奇異なものとして映っていることでしょう。ま、田舎者が昔からのしきたりを頑迷に守っていると、どうか笑って許してやってください。


 年始といえば、今年は巳年なのだそうですね。


 しかし、正直に申しますと、私は十二支だの十干じっかんだの、非科学的なものは信じておりませんでね。「乙巳きのとみの今年の運勢は云々」と言われても、大した感興が湧かないのですよ。……ああ、あなたもそうですか。


 それでは、シロクマ実験の話はご存じですか?


 参加者に対して、「シロクマのことを考えて」、あるいは「シロクマのことを考えないで」という指示を出します。次に「今から五分間、好きなことを考えていいけれど、シロクマのことを思い浮かべた時はベルを鳴らすように」と伝えます。


 すると、「考えて」とだけ指示された参加者よりも、「考えないで」と指示されたあと「考えて」と改めて指示された参加者の方が、ベルを鳴らす回数が多くなるという結果が出たとのことでした。


 学者によれば、これはシロクマについて考えるのを禁じられたせいで、反動からより多く考えるようになってしまったことが原因なのだそうです。


 ですから、あなたも動物の死体を目にした時には、「祟られる」だの「可哀想」だのとは決して考えないようにしてくださいね。






(了)

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