14話 怨敵たる王女を捕らえん

 クルーゴは飛竜を駆って、凄惨な戦場と化した砦の中に直接降り立った。

 屋上ではユニコーンの死体がゴロゴロあり、騎乗していた女騎士達がラナルク族に捕獲されていた。

 女達は一人残らず武装を剥がされ、半裸のまま縄で縛られている。

 男達に無遠慮に体を弄られ、悔しさと羞恥で顔が歪んでいた。

 ユニコーンの乗り手は処女と決まっており、飢えた戦士達にとって垂涎の標的でもあった。ホクホク顔で戦果を見せつける同族に、クルーゴは「戦いが終わったら好きにしていいぞ」と呆れた笑みを見せてやった。

 「さすが若様!」と歓声を上げる戦士達を手で追い払い、クルーゴは階段を降りる。背後には足取りの軽いウラノスがいた。

 口元には隠し切れない笑みが浮かんでいる。

 僅か二日———堅牢なヴォーダイン砦をここまでほぼ犠牲なしで落とせた。督戦のみの任務とはいえ、竜王の娘としては大戦果である。

 階段には足の踏み場がないほど人間が死体となって倒れていた。兵や司祭、砦の中に避難していた民間人も含めて、数えきれないほどの躯が積み重なっている。

 人間の亡骸を踏みしめながら、クルーゴ達はこの砦の長である王女の元へと急ぐ。

 クルーゴは珍しく自分が高揚しているのに気付いた。


(母上を石にした奴。村を焼いた女。どんなツラしてやがるのか楽しみだ)


 だが、階段を降りて、廊下に出た先には、なぜかシグを含め数人の兵達が立ち往生していた。右往左往した様子で、王女の間を覗いている。


「どうした? 何があった?」

 

 クルーゴの顔を見て、シグが苦笑いを浮かべる。


「どうしたもこうしたもねぇって。あれを見てくださいや」

「何?」


 クルーゴが破壊された扉の中、王女の居室であろう部屋を見た。

 部屋の中には美しい金髪の少女がいた。

 肌の色素が濃い種族が多い魔族と違い、その少女の肌は見たことがないくらいに白く神秘的なまでに曇りがなかった。

 王女という肩書に似合わず、三本脚の猛禽類の象形が描かれた青のシャツに、タイトな黒のタイツに茶色のブーツを履き、胸元に白の二連のストライプが刺繍された黒の軍服を羽織っている。

 ほっそりとしたやや長身の黒髪の司祭が傍で槍を構えている。

 侍女なのか護衛なのか、青い女司祭の装いに戦闘用に改造されたスリットのある長いスカートを身に着け、首には聖教のシンボルである青い水滴を形どったネックレスがあった。

 彼女らを中心に土塊の竜巻が暴風となって部屋を包み込んでいた。天井を吹き飛ばし壁すら破壊し、砦の中だというのに居館の外が丸見えとなっている。

 魔法で作った土の魔法の嵐。

 本来敵を薙ぐための魔法を防御に使っていることが分かった。

 砂粒一つ一つに多大な魔力が込められていることが分かる。竜巻に触れたであろうラナルク族の一人が倒れている。砂粒に触れたであろう体のあちこちから石化が始まっていた。

 クルーゴの母を石化させた魔法の使い手で間違いなかった。大地の魔法の中でも高位である石化をいとも簡単に操っている。


「あの時の……竜騎士!」


 王女はクルーゴを見て、慄いたかのように後ずさった。

 

「姫様、力が弱まっています! 石化は攻撃ではありません! この竜巻は防御です! どうか防御にだけ専念してください!」


 侍女がやたら攻撃ではなく防御を強調して叫んだ。石化に苦しむ竜人族を見てなぜか心苦しそうに眉を顰める王女。


「さっきからずっとこんな調子でさぁ。さっさと捕まえてお楽しみといきたいところなんだがよ……」


 シグが小石を竜巻に軽く投げ入れた。すると、小石は少し触れただけで数倍の大きさに膨れ上がり、巨石となって空高く打ち上げられた。


「駄目だな。これは突破できん」


 高位の大地属性に、風の属性の複合、それにさらに王女の圧倒的な魔力が上乗せされ、もはや突破不能の鉄壁の防御と化していた。


「若様でも無理っすか? なぜかあんた毒、麻痺、混乱、魅了、あらゆる状態異常が無効化されるんでしょ」

「ああ、生まれつきな。だが石化に耐えられるかどうかはまだ試してみたことがない。王女ってことは勇者の子孫だろう。なら多分無理だ。勇者の子孫の攻撃ってのはどんな防御でも関係なく敵に通っちまう。俺でも数秒くらいしか持たないんじゃないか」

「はぁ。ってことは王女の魔力切れを狙うしかありやせんね」

「そういうことだ」


 シグが美しい主従を前に、手を出せないことを悔しがる。

 しかし、それはクルーゴも同様であった。

 復讐の対象が今目の前にいる。

 村を焼かれた恨みを、母を石にされた恨みを、どうやっても王女にぶつけねばならないのに、その手段が見つからない。


「さがれ、魔族ども! 私の魔力はあと数日は持つ! それだけの時間があれば必ず援軍がやってくるわ! 町は落としたのでしょう。それで満足しなさい!」


 勇壮に長い金髪を振り乱しながら、王女は石化の竜巻をさらに巨大なものとした。

 既に砦の壁は大きく抉り去られ、黒煙を上げながら燃え盛る町の様子がここからでも見えた。ウルヒガ族が滅茶苦茶にしているのであろう。女子供の悲鳴と男達の断末魔が聞こえてきた。


「若様、あと数日ってのは本当ですかい?」

「どうだろうな。MP……魔力量ってのはメンタルの調子次第で狂う時がある。どっちにしろ待つしかないだろう」

「援軍が来るって話は本当なんですかい? 近くの人間どもの砦の様子を探らせましょうか」

「そうだな。出来れば元気が有り余ってるウルヒガ族に行ってもらいたいところだが」


 クルーゴはウラノスをチラッと見る。すると彼女は思ったよりも良い反応を示した。


「構いません。ラナルク族がこの戦で疲弊していることは知っています。イドに言って聞かせましょう」

「ありがとうございます」


 素直に頭を下げるクルーゴ。

 ウラノスは顔を少し赤くして目をそらした。

 実際、非常に助かった。この戦で18名のラナルク族が死傷し戦力が落ちている。 

 それに、砦内の略奪をこれ以上我慢させるのは士気が落ちることになるからだ。

 ウラノスは竜人族の男の欲求が、抑えがたいことを知っているのだろう。興味なさそうに「好きにしなさい。私はウルヒガ族の幹部とこれからの会議をします」と去ろうとしていた。


「ふぅ。お許しが出たぞ。お前ら、好きにしていいぞ」 

『ひゃっはー!!!』


 ラナルク族の男達が久しぶりの略奪に拳を天へ振り上げた。

 勝利の雄たけびを上げる者、砦内で見つけた金目のものに飛びつく者、砦で捕らえた女達に覆いかぶさる者、様々な歓声が響き渡った。

 これからしばらくは勝者の特権である宴が始まるのだ。


「獣ども」


 竜巻の中にいる王女と侍女が獣を見る目でこちらを見ている。この砦にはラナルク族の村を焼いた部隊の騎士や司祭が大勢いる。村の者達の復讐が完全ではないが、これでやっと満たされるのだ。


「よっしゃー! 若様、王女は魔力切れになるまで見張りでも置いといて、いったん俺らも楽しみましょうや!」


 シグが膨らむ股間を隠そうともせず、クルーゴの肩を叩いた。

 少年も饗宴に混ざりたいところではあったが、なぜか敵の王女から目線を外すことが出来なかった。


「俺はいい。王女の見張りは俺がやる。聞きたいことが山ほどあるしな。お前らだけで行ってこい」

「おいおい、マジかよ。こういう時は頭から楽しむもんだろうが」

「俺は後でいい」


 クルーゴは完全勝利してもいないのに、女を抱く気にはならなかった。

 先ほどから王女とやたらと目が合う。何かこちらに言いたいことでもあるのか、複雑な表情でクルーゴの様子を覗っている。


「いや、若様だって溜まってるだろうに」

「いいんだ、シグ」

「もしかして。若様、お前不能———」

「んなわけあるか」


 シグの尻を蹴り飛ばして追い払うクルーゴ。

 馬鹿みたいに笑って逃げていく中年男の背に、肝心の一言をぶつける。


「その代わり、うまくいったらだが。魔力切れの王女とそこの侍女は俺がもらうからな」

「あっ、一番の奇麗どころを一人占めかよ!」


 シグが悔しそうにこちらを振り返った。他の竜人族も未練がましく不平不満を述べた。「族長ずりー」「後で俺らにも回せよ」「一人で美味しいところ取りやがって」などほざくが、クルーゴのひと睨みで逃げ散っていった。

 しかし、去る途中にふと真面目な顔で振り返るシグ。


「おい、クルーゴ。———ケジメはきちんとつけろよ」

「……」

「俺も今はふざけて見せてるが、そこの雌豚どもは許せねぇ。何度殺しても足りないくらいに憎んでるんだ。他の連中も同じだ。お前が族長だって言うんなら、村の皆の復讐心をきちんと満たせ」


 シグの言いたいことは分かる。ラナルク族の皆の希望は、王女に惨たらしい死を与えることだろう。それか、村人全員で輪姦し、犯しぬくことか。シグはクルーゴが王女に甘い措置を取ることを危惧しているのだ。

 この中年の男も飄々としているが、息子二人をソラリス兵に殺され、内縁の妻二人と娘三人が奴隷として連れ去られている。

 3年前集落を襲撃した元凶が今そこにいる。

 シグの目が薄く赤に染まった竜眼になっていた。

 殺したくて殺したくてたまらないのだろう。

 怨嗟を必死に耐えているのだ。

 シグの殺意に怖れを感じたのか、二人の女は顔を青くして身を寄せ合っていた。


「安心しろ。皆の期待には応えるさ。王女とその侍女は皆の前で徹底的に辱めを与えてやる」


 クルーゴの瞳も真っ赤な竜眼に染まる。母から言われた言葉が脳内に反響する。

『あなたが魔王———お願い、人間を滅ぼして』

 これは母の願いであり、一種の呪いとなっていた。

 母が言うには、この後30年以内に人間は魔族を根絶やしにし、魔大陸を完全に征服する。さらに20年後には天界にまで攻め上り、神々の土地まで我が物としようとするらしい。絶望的な未来を予知した神によって、母は主人公として選ばれ、人間の野望を挫く魔王となる絶対的な強者を孕んだ———それがクルーゴとのことだ。

 あまりに馬鹿々々しい妄想だと思う。

 皆とは違う特殊な力を与えられた実感はあるが、あまりに巨大な軍勢である人間を滅ぼす未来なんて描けない。

 クルーゴは魔王という存在がどういう者なのか、ビジョンが全く思い浮かばなかった。

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