第7話 親御さんに黙って改名させちゃおう
「スーフェリア様、リズ様、ご迷惑をおかけしますが、ヴェリシェールをよろしくお願いします」
「いえいえ、ご心配かと思いますが、娘さんを危ない目には合わせませんのでご安心ください」
「リズお姉さまっ! あたしを守ってくれるのですか!? なんとお優しい! でも大丈夫です! 自分の身は自分で守ります!」
俺たちはエルフの長との会合を終えた後、ツリーハウスから降りて地上に降り立ち、そのままエルフの村を出立しようとしている。
ヴェリシェールは俺たちとの会話を終えると飛び出すように応接室から出ていった。
現在の彼女は大きなリュックを背負い、革製の長袖長ズボンを着ている。部屋を出たのは旅装に着替えるためだったらしい。
「その通りだヴェリシェール。むしろ、お前が体をはってお二方を守れ」
「はい、わかっています」
「体調には気を付けろよ。困ったことがあったらちゃんとお二方に相談するんだぞ」
「はい、もちろんです」
「本当に大丈夫か? 忘れ物はしてないか?」
「大丈夫ですってお父様。心配ご無用です」
「そうか……」
ヴェリシェールは苦笑し、エルフの長は心配そうな顔をしている。可愛い娘が旅に出るのだ。そりゃ心配してしまうだろう。
現在、俺たちとエルフの長は別れの挨拶をしている。
噂を聞きつけたのか、だんだんとエルフたちが俺たちの元へと集まってくる。見送ってくれるようだ。
「ヴェリシェール、私たちの分もスーフェリア様に恩を返してくれ」
「うるせえ奴がいなくなっちまうぜ。体にいいモン食って、病気には気をつけろよ。病気になったら俺が殺しに行くからよぉ」
「ヴェリシェールちゃん好き!」
ヴェリシェールにエルフたちが声をかける。彼女は照れながら恥ずかしそうに笑い、一人ひとりに別れを告げていた。
彼らの中には感極まって涙を流す者もいる。このお嬢様は皆から愛されているようだ。
俺とスーフェリアにも別れの挨拶をしてくれる方がたくさんいる。
スーフェリアは自分を慕ってくれるのがとても嬉しいようで、朗らかに優しく返事をしていた。
皆が明るく会話するのを見ていると、釣られて俺も暖かな気持ちになってくる。俺は別れの挨拶をしてくれる方へ、にこやかに笑いながら挨拶を返した。
「おい、皆そこまでにしよう。スーフェリア様、リズ様、時間を取らせてしまい申し訳ありません。そろそろご出発の頃でございましょう。我々エルフを救って下さり、ありがとうございました。この恩を忘れることは決してありません」
長が神妙な表情でそう言うと、エルフたちは俺とスーフェリア、ヴェリシェールから離れていき全員が深い礼をした。隣ではヴェリシェールも俺たちに礼をしている。
「顔を上げてよ。感謝してくれるのは嬉しいんだけどね、明るく見送ってよ」
「はい、ですがこの思いを改めて伝えたかったのです。皆、聞いていたな? スーフェリア様は明るいお見送りをご所望だ。思いっきり笑顔になろう」
エルフたちが顔を上げ、次々に感謝の言葉を言う。その顔は全員が満面の笑みだ。
しかし、長だけは号泣していた。顔は歪み、目からは大粒の涙が流れ続けている。
先程との表情の違いに驚いたが、長の気持ちを考えてみれば当然のことだといえる。
恩人とはいえ、よくわからん不審者二人組に娘がついていってしまうのだ。泣かないほうがおかしい。本当にごめんね。
俺たち三人はエルフたちから離れ、村の外へと歩いていく。村から完全に出た頃には、背後から盛大なスーフェリアコールが聞こえていた。
「いい人たちだったな」
「うん、そうだね。人助けって悪くないね」
エルフたちを助けることができた上、落ち込んでいたスーフェリアが元気になってくれたのだ。最高の結果だと言っていいだろう。
だけど、俺は大したことできなかったんだよな。
俺がやったことといえば、神の使徒らしくなるように演出を考えたことと、雑草を毟ってエルフたちの家具や食器、衣服などの小物を作ったくらいだ。あんなに感謝されると逆に申し訳ない。
もっと再生の貯蓄を増やすべきか。そのために考えていることはあるのだが、エルフの村ではできなかった。
「とうとうリズお姉さまとの旅ですね。楽しみです」
ヴェリシェールが応接室で話した時より落ち着いている。お父さんとの別れでしんみりしているのだろうか。
長い間会えなくなるからな。寂しいだろうな。
「あ、そうだ。ヴェリシェールの名前、考えよっか。」
「え? どういうことですか?」
一人で感傷に浸っていると、スーフェリアがそんなことを気にもせずにヴェリシェールの改名を提案した。
多分、スーフェリアは俺の名前を考えたときと同じ感覚なのだろう。
だけど、俺とは事情が異なる。俺はこの体に似合うような名前になりたかったから、スーフェリアの命名はちょうどよかった。
ヴェリシェールには立派で可愛い名前があるし、本人に改名希望などないだろう。
ましてや、ついさっきにお父さんの涙を目にしている。
あの姿を見てすぐに改名させようとするのは、もはや悪魔と呼んでもいいだろう。
「リズをリズお姉さまって呼んでるなら、私の娘みたいなものでしょ? だから私が名前を考えるつもり」
「……よくわからないのですが、リズお姉さまはスーフェリア様の娘なのですか?」
「まあ、そう言えなくはないのかな?」
「わかりました! スーフェリア様の好きな名を付けてください! あたしは今日からスーフェリア様の娘でリズお姉さまの妹です!」
「ちょ、ちょっと待て! よく、考えよう。ヴェリシェールという立派な名前があるんだ。改名しなくていい」
今のヴェリシェールの言葉を聞いたら、長が泣き崩れてしまいそうだ。俺は長のために戦わなければならない。
「大丈夫です! 問題ありません!」
「なに? リズは私が名前を考えるのに反対なの? なんで?」
二人ともヴェリシェールという名前を変えたいらしい。
しかし、そう思い通りにはさせない。スーフェリアは話せばわかってくれる。ヴェリシェールも俺のことを好ましく思っているらしいから大丈夫だろう。
ごり押しで、かつ妥協案なら納得してくれる、はずだ。
「スーフェリアは、これからヴェリシェールを娘として接する。そうだな?」
「うん、だから名前考えるんだけど」
「だが、それで本当の娘にはならない。愛が足りないんだ」
「愛ならいっぱいあるけどね。この星よりも大きいのに気づいてないのかな?」
スーフェリアは適当なことをすぐに言う。頑張れ俺。ヴェリシェールが村へ戻った時、長を悲しませないようにするんだ。
ここが踏ん張りどころだ
「スーフェリアの愛があるのはよくわかってる。だけど、ヴェリシェールからの愛はそのぐらいあるのか? 今日出会ったばかりで、お互いのことをよく知らないんじゃないのか?」
「ヴェリシェールも私のこと愛してるよね?」
「もちろんですスーフェリア様!」
「お互いの好きな食べ物は知ってるか?」
二人は黙って俯いてしまった。当たり前だ。さっき出会ってすぐに出発したんだ。そんなこと知っているはずがない。
俺がスーフェリアに命名されたときもお互いに好きな食べ物を知らなかったので、そこを突かれたら反論できない。
だが、今は無視して話を進めよう。
何なら、今でも俺とスーフェリアはお互いの好きな食べ物を知らない。
神の使徒は食事の必要が無いから、この体になって何も口にしたことがない。だからしょうがないね。
「そういうことだ。まずは仲を深める、それが先なんじゃないか?」
「うん、そうだね。だったら、ヴェリシェールの新しい名前を皆で考えよう。そしたら仲もちょっとは深まるんじゃないかな?」
「待って、違う、それは違う。新しい名前よりもっと仲が深まるものがあるんだ」
「え、凄い。何それ、教えてよ」
やばい、何も考えていない。どうしよう。
もうこうなったら無理やり説得するしかない。俺の淋しい弁論術よ、力を貸してくれ。
「えーと、それはな、その、愛称を考えるんだ」
「愛称、うん。それがなんで仲良くなるの」
「愛称というものは特別なんだ。新しい名前だと、ただ名前が置き換わるだけだろ? でも愛称は違う。特別なんだ。その特別感は仲を深めさせる。親愛の証だ。」
なんとか説得しようとするが、中身の無い内容になってしまう。
スーフェリアを説得するには……そうだ、かっこいい言葉。かっこいい言葉を使おう。
「ヴェリシェールという名を、そうだな……。そう、偉大にして崇高、なおかつ愛情溢れる名へと昇華させるんだ。どうだ? 昇華、させたくないか?」
「おお……おお! いいね! 昇華! ふふ、昇華、させちゃおっか!」
なんとか説得できたようだ。やはりスーフェリアはかっこいい言葉が好きなようだ。これからもスーフェリアを説得するときもこの技を使おう。
「ヴェリシェールもそれでいいか?」
「はい! かまいません! リズお姉さまが考えてくれるんですよね!?」
「え?」
「そうだね、リズが考えてよ。私もね、金髪のパツとか長耳のナガとか考えてたんだけどね。残念なことに、愛称ってのは考えたことないんだよ」
本当にこいつに名前を決めさせなくて良かった。俺がリズという名前になったのは奇跡かもしれない。神に感謝しよう。
でも、愛称か。どうしよう。
可愛い愛称にしてあげたいが、俺のセンスが不安だ。ヴェリシェールの文字から取るとして、うん、決めた。これにしよう。
「リーシェ、リーシェってのはどうだ?」
「素敵ですリズお姉さま! あたしは死ぬまでリーシェと名乗ります!」
「いいね、悪くないんじゃないかな。昇華、させちゃってるね」
そして、ヴェリシェールは死ぬまでリーシェと名乗るようになった。
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あとがき。
次回、リズがチェーンソーガールになります。
チェーンソーガールって何なんだ……?
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